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夜と令嬢 夜界ー15


 青白い世界にたたずんで、リオはただ静かにミルファを見ていた。

 ミルファの怒りは反射された。傷つけるために投げた言葉はなんの手応えも残さずに返ってきた。鏡のように、揺れ動きもしないで。


 自分のことをまるでモノみたいにリオは言った。

 魔族がどうやって生まれるのか、ミルファは知らない。夜界が昼界とは異なった摂理で動いている世界だということもわかっている。

 けれど、たとえそうだとしても、生きる世界が違うのだとしても、それを否定したかった。

 そう、リオが前に言っていたように。

 違うと知っているから、認めるわけにはいかなかった。


「……嘘だわ」


 ミルファは手を伸ばした。そして、リオの頬を思い切りつねった。


「痛っ! 痛いよ、ミルファ」

 ミルファは指の力を抜き、そしてそのひんやりとした頬を撫でてやった。

「ほら、違うじゃない。人形は痛がったりしないの。ねえリオ、あんたは喋るし、笑うわ。あたしを心配してくれたでしょう? そうよ、さっきのは嘘よ。人形なんかじゃない。あんたはあんただわ。……ごめんなさい」


 リオは黙ってされるがままになっていた。

 信じられるわけがなかった。この素直な、子どものような存在が、操られるだけの人形だなんて。つねられて怒りもしない、仲間のことを楽しそうに話すリオが、魔物を率いて戦った魔族だなんて。

 なにか変な風に思いこまされているに違いない。やっぱりナルジフが怪しい。


「ねえ、あんたが人形だなんて、誰が言ったの? ナルジフなの?」

「違うよ」

「じゃあなんで、あんたは自由にできないの? いいように利用されてるんじゃないの?」

「そうじゃないんだよ。僕はほんとうにナルジフが大好きなんだ。……ナルジフは僕を起こしてくれた。ナルジフに会わなかったら、僕はきっと、まだ眠っていた」


 リオはミルファの手を握ることで、彼の頬からそれを離した。


「眠ってた?」

「うん。闇が世界からなくなって、僕は放り出されて、ひとりになった。なにもできなかった。それまでできた見ることも、聞くことも、なにひとつ。それから夜がうまれて、僕はまた聞こえるようになった。見ることもできた。でもまだ眠ってた。なにもしなかった。できることを知らなかったから。僕はずっとそこにいた。どうして僕は動かないんだろう、って思ってた……」


 この不思議な話を、ミルファは一言も聞き漏らすまいとしていた。わからないことだらけで、いつものように質問を重ねたかったけれど、リオがどうにか自分の言葉で話そうと努力しているのを感じていたから、口をつぐんでいた。


「でも、そこでずっとじっとしていたら、ある時ナルジフがやってきたんだ。ナルジフは僕に話しかけてくれた。無事で良かった、生きてて良かったって喜んでくれて、必死で掘り起こしてくれた。僕はいつの間にか埋まってた……蔦がいっぱい絡まってて、大変だった。それから、僕は自分が自分で動けることがわかった。僕はそのとき生まれたんだと思う。ほんとの僕は」


 まるで詩みたいだ、とミルファは思った。よくわからない言葉を書き連ねた詩。わからないけれど実は何重もの意味が込められているらしい詩。そういうのを深読みするのが昔から苦手だった。思いつきの解釈を並べて、先生によく怒られた。

 だからこれもきっと、自分にわからないだけで、本当の意味がどこかにあるんだろうと思った。


「ナルジフがいたから、ウーシアンに会えた。サウザーも、ゾラナも仲間になった。氷の塔で、ピピがいた。住まわせてもらうことになった。仲間が増えた。僕は嬉しかった。もっと仲間を増やそうってナルジフが言った。僕は賛成した。ひとり増えて嬉しいのが、もっと増えたらもっと嬉しいもの。だから……それだけなんだ。ナルジフは僕が嬉しいのを喜んでくれる。ナルジフが喜ぶと僕も嬉しいんだ。ナルジフのことが好きだから」

「ナルジフって、オスよね?」

「そうだよ。どうして?」

「別に……」


 どうして今更そんなことを確認したのか自分でも意味がわからなかったので、ミルファは言葉を濁した。


「ナルジフはね、僕に命令したりしないんだよ。僕のためになにかしようって、いつも考えてくれるんだ。ねえ、だから、ナルジフを悪く言わないでよ。いいやつなんだよ」

「わ、わかったわよ。もう言わない」

「ありがとう!」


 リオはそれは嬉しそうににこりと笑った。

 要するに、ナルジフはリオにとって親のようなものなのかもしれない。もしくは先生? ともかく、力でいえば取るに足りないほど格下なのにも関わらず、リオはナルジフをとても大切にしているということは伝わってきた。話の内容は半分も理解できなかったが、リオが訴えたかったのはそれだけなのだろう。

 だとしても、気になる話ではある。

 魔族は全滅した。魔王と一緒に消えた。

 そういうことになっているのに、リオは眠っていたという。


「ねえ、あんたのほかの魔族、その、人間と似た姿をしてる夜の生き物って他にいないの?」

「ニンゲンの姿の?」

「その、あんたたちの王様だったのは、人間みたいな見た目だったって聞くけど。あんたのように」

「ああ、うん。闇の王みたいなかんじの。前はいっぱいいたけど、さあ、わからないな。いないかもしれないし、会ってないだけかも。夜界は昼界を囲む輪になってるから、連絡がつきにくいんだよね」


 そうか、魔王は、ここでは闇の王というのが正しいのか。ミルファは今後使えるように、その言葉を憶え直した。


「会いたい?」

「別に。……どっちかというと、嫌かな。いたらきっと、僕なんていらなくなっちゃう。ここから追い出されちゃうかも」

「そんなことないわよ! 塔のみんなは仲間なんでしょ。あんたのことを好きなんでしょ。自信を持ちなさいよ。あんたがそんなんじゃ、あんたを慕ってくれてるみんなに失礼だと思わないの?」


 また自分を卑下するのかと思って、ミルファは真剣に言い募った。

 人形だと言った時のリオの表情が、痛くてたまらなかったから。


「ははは」

「まじめに聞きなさいよ!」

「お説教、僕は好きだよ。ナルジフみたいだ」


 よりによってカエルと一緒にされるとは。

 けれどそれはリオにとっては最大級の賛辞なのかもしれなかった。


「でもね、やっぱり、僕の力をアテにして、それだけで集まってきてるのが多いのは事実なんだ」

 笑いをおさめて、リオは言った。

「仲良くしてくれるやつもいるけど、僕の力をこわがって、食事の時以外は寄ってこないようなのがほとんどだよ。……さっきもそうだったでしょ?」

「さっきって……」


 小さな魔物たちが、ミルファを遠巻きにしていた。すぐに逃げていった。

 あれは、昼界の「ニンゲン」を避けているわけではなかったのか。


「あァ、大将! まだこんなとこにいらしたんで」

 唐突に割り込んだのは、聞き覚えのあるだみ声だった。

「ウーシアン。どうしたの?」


 リオがかがんだ先を見れば、確かにそこにトカゲがいた。リオが手の甲を床につけると、するするとそれをよじのぼっていく。


「黄昏のモンがやってきて、もめてるんでさァ。なんでも昼界で戦争がおっぱじまるとかって」


 リオの肩で発せられたその台詞に、ミルファは驚愕した。

「何ですって?!」





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