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夜と令嬢 夜界ー13



「あれ」

 どれほど時が経っただろうか。ミルファの話を遮って、リオがなにかに注意を向けた。

「どうしたの?」


 リオがなにを見ているのか、ミルファにはわからなかった。なにひとつ変わっていないように思えた。音はしないし、風も柔らかに吹き続けている。

 けれどその左目の向いている空の方向に目をこらすと、針穴がひとかたまり消えて――否、隠されていることに気づいた。その闇はだんだん広がっていった。針穴が覆われていく。なにか大きなものが近づいてきているのだ。


「ヤズーだ!」

 リオは声を上げて数歩前に出た。ミルファの手を離れて。

「あ……」


 リオが背を向けている。左目が見えない。なにも見えない。

 闇の真ん中に放り出されたようだ。溺れそうになる。足元に確かにあるはずの床が、ぐにゃりと歪むような錯覚に囚われる。


「やだ、置いてかないで」

「あっ、ごめんごめん」


 ぱっと左目が現れた。振り返ってくれたのだ。

 パチっと音がした。それと同時に、ミルファの腕にかけていたランプが、周囲に石造りの世界を描きだした。

 リオはこちらに右手を伸ばしているだけだった。触れずに灯りをつけるなんて。しかも呪文も使わずに。ミルファは驚いた。リオはこんな魔術が使えるのか、と。

 リオはすぐにまた背を向けて、空を仰いだ。ミルファも同じようにした。けれど針穴すら見えず、強い風を髪に受けただけだった。

 リオがゆっくりと宙に両手を差しのべる。

 次第に、ミルファにも見えてきた。翼を広げたなにかが、降りてきている。鳥なんかではない。視界全てを覆い尽くすような、こんな巨大な鳥なんて。

 ごうっと耳元で風がうなりをあげた。

 立っていられずに、ミルファは尻餅をついた。大きな生き物は、外壁に後肢をひっかけ、塔のてっぺんに被さっていた。ぎらりと光る目、閉じられていく翼――そこに柔らかな羽はない。こういう魔物に、ミルファはひとつだけ心当たりがあった。


「竜っ?!」

「うん、そう」


 リオはあっさりと肯定した。

 竜といえば、魔物の中でも特別に強い力を持っているという話だ。夜界の生き物のことなんか興味のなかったミルファでもさすがに知っていた。


「ちょ、ちょっと……」

 ミルファは痛みを忘れて立ちあがり、リオの後ろにかくれた。竜にまつわる怖い話を思い出したのもあるが、単純にその巨体が鱗が見えるほどに近づいていることが恐ろしかったのだ。


「翼竜のヤジュヤッツィフ。ヤズーって呼んでる。大丈夫、仲間だよ」

 リオはミルファの盾になってくれず、いそいそと竜に近づいていった。


「おかえり、ヤズー!」

「空腹」

 岩が地面を叩くような低い音で、竜は短く喋った。


「わかってるよ」

 リオは片手を天に突きだした。その手の先に、竜の前肢の爪が触れる。途端にリオの左目が炯々と昏い光を放った。

 ミルファはその光景をぼうっと見ていた。黒い煙のようなものがリオの体から立ちのぼり、いくつもの帯になって竜へと吸い込まれていく。

 聞こえているものが風のうなりなのか、自分の呼吸の音なのか、それとも竜の翼がきしんでいるのか――ミルファにはわからなくなった。


「満腹」


 やがて竜が言った。リオは手を引いて、腰に当てた。

「よかった。じゃあナルジフのところへ行って、報告を頼むよ」

「承知」

 勢いよく翼が鳴った。身構えるのが間に合わず、ミルファはまた転んだ。竜は塔から離れて降りていった。


「ミルファ、大丈夫?」

「だ……いじょうぶじゃない……わよ……!」


 助け起こされながら、ミルファは愚痴った。なんなのだこれは。綺麗な光を見て、いい気分でいたのに、デカいのがくるわコケるわ怖いわわけがわからないわ、おまけにそう、さっきは振り向いてもくれなかった。痛かったのに。


「なに、今の!」

「だから、ヤズーだよ」

「名前じゃなくて……!」


 あんな仲間がいるなんて聞いていない。それにあれは何。魔法のような、幻想的な光景だった。美しかったけれど寒気がした。


「そういえば、話してなかったっけ。ヤズーは飛べるからよく出かけてるし、でもこの前帰ってきた時にミルファのことはちゃんと話しておいたから平気だよ。びっくりしてなかったでしょ? ……まあ、お腹がすいて、ミルファに気づいてなかっただけかもしれないけど」

 確かに見向きもされていなかった。いや、言いたいことはそれではない。


「今度ちゃんと紹介するからね。ああ、そうだ、帰る時はヤズーに送ってもらおうよ。ヤズーは飛ぶのがとっても速いから、夜の波に乗ればミルファのうちまでひとっ飛びだと思うな」

「そ、それはちょっと遠慮したいような……というか、ええと、ああもう! なんだったかしら!」

「うん?」

 リオは首をかしげた。

 ミルファはため息をついた。ついでに深呼吸につなげた。まずは落ち着こう。


「なんで竜なんて……すごく強くて、命令なんて聞かない、群れることもない……そういうまも、生き物じゃなかった? あたしの知ってるのとは違うかもしれないけど」

「うん。翼竜は強いよ。気位が高いし、親元を離れてからは単独で巣を作るのが普通だ。だってよく食べるから。近くに仲間がいたら、エサが足りなくなっちゃう。よく知ってるね、ミルファ」


 だって竜ほど頻繁に物語に登場する魔物はいない。いるとしたら魔王くらいだ。


「じゃあなんで、あんたたちの仲間になってるの? おかしくない?」

「おかしくないよ。簡単だ。夜の命は強いものに従うんだから」

「……そんな強い生き物がこの塔にいるの?」

「うん」


 翼竜をたやすく従わせるほどの魔物とはなんだろう。想像もつかないが。


「まさか――ナルジフ?」

「いや、僕だよ」


 リオは事もなげに言い切った。




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