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夜と令嬢 夜界ー12



 いくつの階段を登っただろうか。このところずっと、ろくに動いていなかったミルファは、脚がだるくなるのを感じた。完全に運動不足だ。しまった。これじゃダンス二曲で息が上がってしまうかも。

「あ。待って待って。ゾラナ!」

 リオが呼び止めたのは、まだら模様のヘビだった。


「ほら、ミルファ」

 どうやら挨拶する機会を作ってくれたらしいが、できれば最初はネズミとかカラスとか、もう少し話しかけやすい種類ならよかったのに、とミルファは思った。

 まあ、ナルジフよりはいいか。

 勇気を奮い起こして、なんとか笑顔を作ってみる。


「はじめまして。お世話になってます、ミルファです」

 ヘビはゆっくりと頭をもたげ、しゅるしゅると舌を動かしながら喋った。

「これはこれは。ずいぶんとま、仲のよろしいことで」

 そういえば、リオと手を繋ぎっぱなしだ。ミルファはますます緊張した。

「そうだよ。ミルファは友だちだもの」

「フフ。ニンゲンが、友だちね」

 ゾラナ、ゾラナ。ミルファはリオの話を思い出していた。アカヘビで、鼻がよくて、泳ぐのがうまい。あとなんだったかしら。

「そう。だから食べちゃダメだよ」

「アタシの口にゃ合いませんや。そういうのはエンディアあたりに言ってやんな」


 エンディアは確かオオカミだ。群れのリーダーで、ゾラナとはずっと前からの知り合い。

 ちょっと待って、エンディアには人間はおいしいの? ミルファはリオの手を無意識に強く握った。


「平気だよ、ミルファ。ゾラナはね、こんなこと言ってるけど、すごく面倒見がいいんだ」

「持ち上げてもなにも出ませんぜ」

「ナルジフは?」

「ダンナなら中庭にいきましたよ。また団体さんがおいでなすったようで」

「ふうん。じゃあ後で行くよ」

「伝えませんよ」

 そう言ったかと思うと、あっという間にゾラナは去っていった。ヘビって、あんなに速く動くのね、とミルファは感心していた。それとも、魔物だから特別?


「じゃあ行こうか」

 リオがまた階段を登りだしたので、ミルファは少しほっとしていた。ナルジフのところに連れて行かれる前に、疲れたとか言って帰れないかしら。




 氷の塔は、ミルファの想像よりだいぶ大きな建物だった。天井も高く、その割に装飾はほとんど見られない。元は軍事用の砦だったのではないだろうか。ずいぶん堅牢な作りだし、武器がたくさんあったというリオの話もそれを裏付けている、と思った。

 大部分は埋もれてしまっているが、地下の部分も魔物たちはねぐらにしているようだ。そして、高い一本の塔だけが地上に突き出ている。そのてっぺんが、リオの話した「屋上」だった。


「はー……」

 なにが見渡せるでもない。ミルファには暗すぎた。

 それでも、空気は穴の底とは大違いだった。風が頬に当たる。髪を揺らしてくれる。それだけで、辛いのをこらえながら登ってきた甲斐があった。ミルファは深く息を吸い込んだ。


「何も見えないけど、どうなの? ここは見晴らしがいい?」

「うん、だいぶね。近くには、これより高い建物はないし。そうだ」

 リオはミルファの持っていた灯りに手をかざした。ジュッ、と音がして、辺りが完全な闇に落ちる。

「えっ?!」

 ミルファは思わずリオにしがみついた。


「こうすれば、ミルファにも見えるんじゃないかと思って」

「な、なにが?」

「空。見上げてごらん。どう」


 どうと言われても、なにも見えない。どこが空なのかもわからない。リオのまだらの左目だけしか、世界にない。

 けれど次第に、なにかがあるのがわかってきた。

 天に、小さな、本当に小さな、砂糖粒のような光が。


「あれのこと? なに? きらきらしてる」

 そう、誰かがスプーンにすくった砂糖を一面にこぼしたみたいだ。白く、点々と、弱い光が散らばっている。

「空の針穴だよ。昔はなかったんだけどさ、闇の国がなくなってから、こんな風になったんだ。光の雨が降り注いだせいだって、ナルジフは言ってる」


 なんてことだろう。夜界で、光が見えるなんて。ほんとうにささやかな光だけれど。

 なにかを囁きかけるように、ちらちらと揺れている。いや、明滅しているのか。


「きれいね……」

 これはきっと、昼界の誰も知らない光だ。なんて美しいんだろう。

「そうなのかな」

「そうよ! そう思わない?」

 視線をリオに向けてみても、不気味なあの目が見つめ返してくるだけだ。

 どうしても、慣れたと思っても、この目だけはぞっとしてしまう。それでミルファはもう一度、空を見た。まばらに広がっている小さな光たち。見つめていると、どんどん増えていくように感じる。


「すごい……」

 リオのように、言葉が足りなくなっていく。

「すごいわ。ほんとうにきれい」

「そっか。こんなちっちゃな光でも、ミルファが喜んでくれてよかった」

「大きいとか小さいとか、そういう問題じゃないのよ。これはね。なんていうの? 均一じゃないし、規則性もないし、ばらばらだけど、輝いてる! ただあるだけじゃなくて、生きてるみたいに――ほら、色もよく見たら違うわ。みんな白だけど、青っぽいのとか、赤っぽいのとか」


 言いながらミルファは、様々な物の色を、もう長いこと見ていないことに気づいた。青白い光に照らされ、深く沈んだモノトーンの世界。リオの緑と紫のまだらの目、それ以外には。

 ミルファはリオの目を見た。右目と違って、表情のない左目を。

「うーん」

 その目が動いた。空を見たのだ。


「闇の国だったころみたいに、ほんとの真っ暗に戻らないかなぁって、みんなは言うよ。あんなに美しかった闇が、いまでは無数の綻びに覆われてしまった……って」

 風が冷たい。

 この風はどこから吹いてきているのだろう。ミルファはしがみついているリオの腕を、胸に抱くように寄り添った。リオの体は、ひんやりとしている。初めて会った時から、変わらない。


「でも、空を繕うことは誰にもできないし、ミルファの言うように、綺麗だって思えたらいいのにね。いつまでも悲しんでないでさ。そうしたら、嬉しくなるのに」

「そうね……」


 どうしようもない事を、終わってしまった事を、嘆いていても仕方ない。わかっているのに、考え方はなかなか変えられないのだ。


「僕も好きになろうかな、この針穴」

「え?」

「もっと褒めてよ、この空のことを。そうしたら僕は、それを憶えて、見るたびに思い出すようにするからさ。どんどん好きになるよ、きっと」


 リオはきっと、今、微笑んでいる。ミルファにはそれがわかった。

「任せて」

 ミルファは空を見上げ、感じた事を思いつくままに話しはじめた。




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