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夜と令嬢 夜界ー10



「はぁ……最高」

 ベーコンと芋のソテーをたらふく平らげて、ミルファはほうっとため息をついた。

 美味しい物を食べるのは元から好きだったが、ここに来てから「まともな」食事のありがたさが身に染みるようになった。よってリオが成功した時には賛辞を惜しまないことにしている――というか、自然に言葉が出てきてしまう。

 帰ったら、料理長をはじめとする厨房のみんなに今までのお礼を言って、色々作ってもらおう。そして、少しは作り方も憶えよう。と、ミルファは決意していた。

 これまでミルファが料理をした機会はといえば、数えるほどしかなかった。母とクッキーを焼いて兄の誕生日にプレゼントしただとか、そういう特別な時だけだったのだ。ちゃんと習っていれば、少ない食材でももっとバリエーションを出せたかもしれないのに――まあ、今更悔やんでも遅いが。


「僕も今日はそう思うよ。お芋って火を通して食べると美味しいね。ミルファの言う通りだ」

「でしょ!」


 リオはミルファの向かいに座って、同じ料理を食べていた。手をかけて昼界の料理を作るようになったら味が気に入って、自分の分も作ることにしたけれど、ミルファが食べてからだと冷めてしまう。だったら一緒に食べればいいと気づいたらしい。


「うん。僕、ごはんを食べるのが好きになってきた。あ、これもう少し食べる? 分けてあげるよ」

「いいわ! もうお腹一杯だし、それにリオはもっと食べた方がいいと思う。あんたが痩せてるのって、絶対まずいごはんを食べてたせいよ」

「うーん、そうかも……今までは、あんまり食べたいって思わなかった」

「そんなので平気なの? ふらふらになっちゃわない?」

「えーっとね」

 リオはフォークの先で芋を転がしながら言った。


「これは話していいのかな? まあいいや。ナルジフには内緒で。簡単に言うと、僕らは食べ物だけで生きてるわけじゃないんだ。魔力を食べてる」

「魔力を、たべる?」

「うん。前にほら、聞いてたよね。夜には昼みたいにお金はないのって。それはないけど、かわりに魔力を使うんだよ。なにかしたらかわりに魔力をわけてもらう。それで交換する。うん。だから、魔力がお金のかわりだ」

「渡せるの? 魔力を?」


 魔力といえば、ミルファにとっては限りある、いつか尽きてしまうもの――誰かにあげるなんてとんでもないし、しようと思ってもできないものだ。光の魔力はそうだからね。


「そう。夜じゃみんなが魔力をほしがってる。とびきりのごちそうみたいなもの。でもそれだけじゃずっとは生きていけない。魔力さえあればしばらくは食べ物抜きでもやっていけるんだけど、おなかがすくとイライラしてくるし、あんまりいいことじゃないからね。だから時々はぼくも食べるよ」

「ふぅん……」

 それでこいつは普通の食事を怠ってこんなに痩せていたのか、とミルファは思った。


「まあ、少しはましになったかしらね。あんたってほんとにガリガリだったもの」

 リオの手首を掴んで、ミルファは顔をしかめた。親指と人差し指が届いてしまう。

「でも、まだまだ。少なくともあたしよりは肉をつけなさい! ちゃんと食べるのって大事なのよ」

「痛い痛い。ごめんミルファ、わかったよ」

 ぐぐぐ、と力を込めていた指を、ミルファは開いた。そのまま、リオの手に自分の手を重ねる。


「ほら。長さはあたしよりあるくせに、ほっそいんだから」

「本当だ。ミルファの手は小さいね」


 リオはミルファの手のひらを無造作に軽く握った。


「それに、きれいだし。爪もつやつやだ」

「痛いわ」

「あ、ごめん」


 ひねられた手首をさするふりをして、ミルファは手をひっこめた。

 本当は痛くなかった。自分から触りにいったくせに、触られると居心地が悪くて、適当に言い繕ったのだ。


「……痛かったから、やっぱり一口もらうわね」

 ミルファはフォークで芋を一切れ失敬して、自分の皿に載せた。

「うん、どうぞ」

 リオはいつものようににこにこしてミルファを見ていた。

 ミルファはその視線をさけるように、グラスを取ってワインを飲んだ。これもベーコンなどと同じく「黄昏の者」に仕入れてきてもらったものだが、リオはひと舐めで「変な味」と顔をしかめ、相変わらず水を飲んでいる。紅茶は気に入ったようだが。


「ミルファが来てから、僕はちょっとニンゲンっぽくなったみたい。でもなんか、ナルジフは君に感謝してたよ。僕がフウサイを気にするようになったとかなんとか……」

 ナルジフもたまにはいいことを言う。

「それはあんたが今まで適当すぎたんだと思うわ」


 服は古着を仕立て直してやったものだが、かなりこざっぱりとしたのではないかと思う。あくまで、ぼろぎれを巻きつけていたような元と比較すれば、だが。


「あんたはあんまりひどかったもの。周りの人がきちんとしてると、気持ちがいいものよ。見た目って大切なの。……少なくとも、昼界ではね」

「髪も洗ってもらったしね」

「リオを……、猫の方よ。リオを洗ってる気分だったわ」

「あれ痛かったよ。ものすごく」

「それは絶望的にもつれてたからよ。あんたが悪いの」

「ええー」


 リオは唇を尖らせてみせた。ミルファの真似だ。

 確かに、リオは「人間っぽく」なった。見た目をととのえただけでだいぶ変わった。だからこんな違和感を覚えるようになったのだろうか?

 ミルファは自分の中に起こっている変化を、そんな風に分析した。


「でも、洗ってさっぱりしたでしょ?」

「うーん、たぶん」


 リオは前髪を引っ張りながら言った。これもミルファがハサミを入れて整えてやったのだった。伸びすぎると邪魔なので気になった時にだけ適当に切っているとか聞いたからだ。

 しかしこれはミルファの思い通りにはいかず、短くなりすぎてしまった。リオはまったく気にしていないようだが、もう少し伸びたらまた揃えてやろうとミルファは思っていた。


「たぶんって、なによ。はっきりしなさい」

「はい。さっぱりしました」

「よろしい」


 ミルファはうんうん、と満足したようにうなずいた。

 まるで我が子の成長を見守るような思いだ。そう、こんな子どもっぽいじじいにときめくなんて、ありえない。これはそういうのじゃない。ないったら。


 夜の闇にさらわれると、心を魔物に食べられてしまうんだよ――


 幼い頃に聞いたそんな言葉が、ふいに蘇って、ミルファは首を振った。

 大丈夫、あたしはいつも通りだ。帰るんだから、昼界へ。お兄様のところへ。




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