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夜と令嬢 昼界ー9



 主街道に沿って進んでいる間は何の問題も起きなかった。時計の針が一周しかかったら宿を探して泊まる、それだけでよかったからだ。――きみたちの世界では一日に時計の短針が二周するんだって? それってどうして? わかりにくくないのかな。

 それはともかく、馬も人も定期的に休憩し、宿や街道沿いの店で食事をし、三人の旅は順調だった。サリアンでは作物を買い付けに来る他国の人も多いし、基本的に豊かだから、街道は整備されていて周辺も拓けていたんだ。

 だけど、主街道を離れてからが大変だった。

 今回はできるだけ目立ちたくない、とロージャーが言いだして、三人を乗せた馬車は国境付近で脇道にそれたんだ。

 サリアンとソレノアの境には、トゥナ川が流れている。川幅が広く、流れは穏やかで、それゆえに蛇行しており水色も澄んでいない。

 両国間を行き来するには、この川を越える必要がある。サリアン歴八四年――この年の二十年前――に完成した街道沿いのキスカ大橋のおかげで、物流はずいぶんスムーズになっていた。当然この橋を渡るものと思っていたカークは、ロージャーの提案に驚いたが、まあたまには舟に乗るのもいいかと深く考えずに了承した。してしまった。しかし。


「まずい」

 カークはぼそりと言った。言わずにはいられなかった。

 今すぐに吐き出したいというほどではない。だがまずい。肉は固くなり、味付けはしょっぱすぎ、不揃いでいびつな形の野菜は芯が残っている。

「ご、ごめんなさい……!」

 サリーは勢いよく頭を下げた。そのままひっくり返るんじゃないかと思うくらいに。


 そう、問題は食生活にあった。主街道をそれて裏道を行くと、周辺に飲食店などなく、宿もなく、あるのは麦畑ばかりだった。彼らは座席の下や草の上で毛布をかぶって眠ることにした。サリアンは温暖だから、野宿には向いてる。だからまあ、睡眠はともかくとして、食事だ。こうなることは予想されていたので、彼らは街道を外れる前にあらかじめ食材を買い込んでいた。

 しかし、男二人女一人のこの構成で、調理は経験豊富そうなメイドに任せようと短絡に考えたカークを誰が責められるだろう。彼はここまで馬を走らせてきた。メイドはなにもしていない。だから薪を積んだ後はうたた寝しながら食事が出てくるのを待ったっていいじゃないか――実にありふれた発想だ。

 だが、結果はこの有り様だった。

 ロージャーの「本当に大丈夫ですか?」という確認の台詞の意味を、少しは疑ってみるべきだった。カークの後悔は先に立たず、彼の歯はざりっと嫌な音をたてた。砂か何かが混じっていたのだ。

「まあまあ。大丈夫、このくらいなら食べられます。一食目のように炭になっているわけではありませんから」


 ぼくらの世界ではふつう、一日に二回ごはんを食べる。夜ごはん、なんて言葉はもちろんないよ! だから一食目、二食目、というふうに言うんだ。


「私は二十日前に焼いたパンだって食べたことがありますよ。いやあ、あれは固かった」

 ロージャーはフォローなんだかなんなんだかわからないコメントをして、そのスープを口に運んだ。ゴリゴリいっているのはたぶんニンジンだろう。

 まったく、なんだっていうんだ。カークはスープをそのまま地面に捨てたい衝動にかられ、だが空腹を思い出して踏みとどまった。口に入った砂をなんとか捨て、野菜をスプーンで潰す。

 この至極単純なるスープを作るのに、サリーは実に三時間をかけた。多分、味付けが濃くなったのを誤魔化そうとしたのだろう、あふれそうなほど大量になったスープの鍋は今も火にかけられている。

 一食目の炭になったパンケーキはまだ、野外での火加減に慣れていなかったんだろうとかいうロージャーのフォローを半信半疑ながらも受け入れることができた。炭では評価のしようがないからだ。だがこのスープは違う。言い訳のしようがない。まず野菜の切り方からしてなっていない。はっきり言って子どものお手伝い以下だ、とカークは胸の中で断じた。


 いったいこのメイドはなんなんだ。「はいっ、やらせていただきます!」なんてやる気にあふれた返事をしておきながら、料理ひとつまともにできないとは。

 一食目の段階で気づくべきだった。せめてそばで監視しておく必要があった。お疲れでしょうからカークさんは休んでいてください、という、気遣いにあふれた台詞にのっかって、ありがたくさぼってみたのが間違いだったのだ。


「ふむ、この歯ごたえはなかなか」

「あ、あの、ご無理はなさらなくても……」

「いえいえ。せっかく作っていただいたものを、残したりするはずがありません。人間、なにごとも、経験です。何度もやっていくうちにいくらかまともにできるようになります。いえ、これがまともではないという意味ではなく」

「何度もやっていく必要はありません。次からは僕が作りますから!」

 カークはきっぱりと宣言した。時間も材料もこれ以上無駄にしたくない。というより、まともな食事がしたい。これは人間として当然の欲求だ。一食目は炭のかわりに果物を食べたが、毎食それでは栄養が偏ってしまう。


「おお、さすがだ、カーク。よく言った。君を同行者に加えたのはまさしく、太陽の導きだ」

「期待はしないでくださいよ……」

 と言いつつ、百倍はましなものを作れる自信がカークにはあった。ありあわせのものでスープを作ったことくらいある。一人暮らしの独身をなめるな。


「あの、あの、カークさん、本当にありがとうございます」

「まあ、マッチくらいは擦れますからね」

 こう言ってやると、サリーは顔を赤くした。彼女がマッチ一箱分をだめにしたのも一食目の時のことだ。ちなみに二食目はロージャーが火をつけた。


「そんな言い方はよしたまえ。サリーさん、気にされることはありませんよ」

「いえ……あの、本当に……ご迷惑をおかけするばかりで……」

 蚊の鳴くような声でサリーは言った。

 こいつは実に役に立たないメイドだ。サリアン一の名門アクラ家で働いていたというにはお粗末すぎる。どうせコネだろう。花嫁修業とかなんとか言って、放り込まれたどこぞの大農園のお嬢さんに違いない。羨ましい限りのいいご身分だ。


「なんのなんの。マッチなら私が擦りますからいいんですよ。サリーさんが火傷でもしたら大変だ」

「そんな。私、明日はきっとマッチを上手く扱えるようになりますから!」

 なんという低次元な会話だろうか。


「あまりゴミを増やさないでくださいよ」

「そう噛みつくな。カーク、実は彼女は」

「いいえ、ロージャー様! おっしゃらないで。私、恥ずかしいです」


 カークは汗が流れるのを感じた。塩辛すぎるせいだ。もう我慢できない。

「ちょっといいですか。これ、流しますよ」

 カークは鍋つかみを装着し、どうせ食べきれないスープの半量をバケツに捨てた。煮えにくくなるからだ。ついでナイフを取り出して、鍋の中の具を皿に取って細かくし、酒を入れて味を調えた。

「十分くらい待ってください」


 カークの作り直したスープは、「まあ普通に食べられる」という程度の味でしかなかった。だがメイドはやたらと感嘆してカークを褒め称えた。

 まったく、先が思いやられる。





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