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夜と令嬢 夜界ー7



「うへっ。まぶし……これ、上じゃねぇや。また間違えた……」

 その呟き声に、暇で暇に暇を重ねて暇だったミルファは、がばりとベッドから跳ね起きた。


「また来た! ピピでしょ? 知ってるわ」


 ここに来てはじめて聞いた、あの時の声の主だ。ちょくちょく現れてはすぐ消えるので、リオに聞いてみたら、方向音痴な仲間のモグラだという。名前はピピ。魔物のくせに可愛い響きだ。

「ねえ、ちょっとお話していかない? あたし、退屈なの」

 毛布をぐるぐると自分の体に巻きつけて、顔の辺りだけ外に出す。


「ね、これなら少しはまぶしくないんじゃない? どう?」

「……まぶしいです」


 やっぱりダメか。


「でもおいらもあんたを知ってます、昼からのお客人」

 忙しく視線を動かすと、テーブルの陰に小さく黒いなにかが盛りあがっているのが見えた。頭だけ出しているのだろう。……床から。

 闇から闇へと移動する闇モグラは、地中のどこでもあっという間に移動できてしまうらしい。穴を掘るわけではないから、岩でも何でも関係なく通れてしまう。ただ、入り口と出口は闇でないといけない。

 そんな説明をリオから受けていたから、ミルファは驚かなかった。

 ミルファがリオから聞いていたのは、夜界を研究している者にとっては――たとえばほら、ロージャーみたいなね――垂涎ものの話ばかりだったが、ミルファにはその価値などさっぱりわからないので、夜界にとっては幸いなことに、ほとんど意味がなかった。


「ウーシアンが帰ってきておいらもほっとしてます。世話になりました」

「あ、ううん! いいのよ! 偶然っていうかなんていうか。ウーシアンとは仲がいいの?」

「へえ、まあ。長い付き合いですから。もういいですかい? 目が潰れっちまう」

「あ。ごめんなさい、ありがとう」

 モグラの頭はすっと潜って消えてしまった。


 ミルファは毛布を肩から落として、ため息をついた。

 これでまた、リオが来るまで誰とも話せない。退屈だ。でも、魔物たちは本当に耐えられないくらいまぶしいみたいだ――なのに、ピピはあたしの頼みを聞いて少しだけ、話相手になってくれた。

 夜界といえば気味の悪いところ、というイメージしかなかったし、魔物なんて怖い化け物だと思っていたが、ミルファはすっかりそんな先入観を捨ててしまっていた。

 だって、リオの話してくれる「仲間」たちの話がとても面白いのだ。

 そしてどうも、聞いていると「仲間」たちはどれも、ヘビだのワニだのコウモリだので、皿を持つことすらできなさそうな連中ばかりなのだった。これは、リオがここへの配膳を命じられるのも仕方がないのかもしれない――と、リオをいじめている奴らだという反感も薄れてしまい、ミルファは見知らぬ氷の塔の魔物たちに好感すら抱きはじめていた。

 すっかり光が抜けて、この地下牢から抜け出せる日が、楽しみなくらいだ。挨拶して、お礼を言って。ああ、でもナルジフのことは好きになれそうにない。あの偉そうなカエル! でも刃向かったらまずいだろうし。


 色々と想像しながらどうにか時間を潰していたが、すぐに飽きてしまった。

 リオが次に来るのはいつだろう。おなかがすいてきたから、そろそろのような気がする。そうであってほしい。時計と鐘の音がないと、時間の経過がさっぱりわからなくて困る。もう一ヶ月くらいこうしている気がするが、実際にはまだその半分といったところだろう――多分。


「おなかすいたー……」

 ぼやくと、笑い声がした。

「ごめん、お待たせ」

「リオ!」

 ミルファは喜んでベッドを降り、靴を履いた。食事が出てきたことより、リオが来てくれたことの方が嬉しかった。


「君に言われた通り、焼くんじゃなくて煮込んでみたよ。もちろん一度あぶってから。僕もちょっと食べてみたけど、確かにおいしいね」

「ちゃんとあつあつ?」

「まあ食べてみてよ」


 ミルファの指導で、リオの運んでくる食事は少しずつ料理といえる物になりはじめていた。今まで食事係としてなにをやっていたのだと思わなくもないが、考えてみればヘビやワニやコウモリの食事である。調理が必要なはずもない。


「うん。上出来」

 肉とキノコとがさがさした葉っぱの煮込み。それはミルファが昼界で食べていたどの料理よりも手が込んでいなかったし、味付けも塩だけだった。けれどこの時、ミルファは心からそう言った。

「本当?! よかった。この前みたいに失敗してるんじゃないかって、心配だったんだよ」

「ちゃんと味見したんでしょ?」

「そうだけど、でもミルファがおいしいかどうかはわからないからさ」

「大丈夫。自信をもっていいわよ」

 そして、ミルファはスプーンですくいきれない残りまで全部たいらげた。下品なことに、皿を傾けて直接飲んだのだ。


「おいしかった! ごちそうさま」

「お粗末様。ねえミルファ、ピピと話したんだって?」

「ええ。もう聞いたの?」

「さっき、食事の時間にね」

 食べ終わるまでじっとミルファを眺めていたリオは、待ちかねたように話しはじめた。

「でも、ナルジフに怒られちゃった。あんまり僕たちのことを喋りすぎるのはよくないって」

「あら、なんで?」

「ミルファは昼界の人だから。帰してあげる人だから。色々知られるのは困るって」

 しゅんとしながらリオは言った。


「それは……ここでの生活のことは秘密ってこと? でも、あたしはここが具体的にどこなのかもよくわかってないし……そもそも、昼から夜には行けないんだから、知られちゃ困ることってある?」

 ミルファはむしろ、魔物ってあんまり怖くないのよとみんなに教えてあげたいくらいだった。きっと信じてもらえないだろうし、バカにされるだろうから、「みんな」の候補は兄とサラくらいしか思いつかなかったが。

「よくわからないけど、ナルジフがだめだって」

「よくわからないんじゃ理由にならないじゃない。別にあんたたち、悪いことしてるんじゃないんでしょう」

「そうなんだけど、ナルジフがそう言うんだから、やっぱりだめなんだと思う」


 ミルファは呆れた。

「相変わらず言いなりなのね」

 そして、自分で考えることもしない。

「そんなんじゃないよ。でも、ナルジフは絶対正しいんだ。だから」


 これにはさすがに苛立って、ミルファは語調を強めた。

「あのねえ、わざわざ言うようなことじゃないかもしれないけど、教えてあげる。あんたがあんまり考えなしだからよ。これは忠告というか、なんというか。いい? 絶対に正しい、なんて人はいないのよ。いくらその人のことを信じていても、いつでも間違わないなんて思い込みはよくないわ」

 予想通り、リオは不快そうにしたが、返ってきた言葉は予想とはまるきり違っていた。

「ナルジフは人じゃないよ」

「ああ……そうね……そうだったわ……」

 ミルファはがっくりと肩を落とした。


「ミルファって面白いね。僕のことぜんぜん怖がらないし、僕たちが人じゃないってこと忘れてるし」

「わ、忘れたわけじゃなくてねぇ、つい……。だいたい、あんたがすごく人間っぽいから、話していると気にならなくなっちゃうのよ」


 本当は「子どもっぽい」と思っているのだが、それを言うと嫌がられそうだ。

 そこでふと、ミルファは疑問を抱いた。


「ねえ、あんたって何歳なの?」

 魔物だから、見た目通りの年齢ということもあるまい。

「……それは僕が僕になってから何年かってこと? それとも今の姿になってからっていうこと?」

 この切り返しに、ミルファは数瞬答えに詰まった。脱皮でもするのだろうか。あまり詳しく聞きたくはないところである。


「――今の姿になってからは何年?」

「三百年くらいかな? いや、まだかな。でも二百年は絶対過ぎてると思うよ」

 ミルファは唖然とした。

 子どもどころか、とんでもないじじいである。今まで幼いと思っていた言動は、ひょっとして単にボケていただけなのだろうか。三百年前といえば、混沌期を軽く越えて光闇期である。まだ二つの世界が混ざり始めた頃の。


「……それは……思ってた以上だわ……」

「ナルジフはもっとすごいよ。前も言ったけど、すごく長生きなんだ。よく知らないけど、千年くらいなのかも。だからいろんなことに詳しいんだよ」

 またナルジフ賛美がはじまってしまった。


「話を戻してもいい? あのね、それでもね、誰にでも間違いはあるものなのよ。そもそも、正しさっていうのが人それぞれ……えーと、なんて言ったらいいのかしら! ああ、もう、人でいいわ。とにかく正しいか、間違ってるかっていうのは、個人の判断によるわけ。あんたにとって正しくても、あたしにとって間違ってたりするわけ。だからいつでも絶対に正しい人なんて存在しないの。いい?」

「でも、僕にとって正しいこととナルジフにとって正しいことは同じなんだ」

 完全なる思考放棄に、ミルファはくらくらした。


「……あんたそのナルジフってのがよっぽど好きなのねぇ……」

「うん、もちろん」

 にっこり笑ったその表情は、やっぱり子どもとしか思えなかった。


 思わず、じゃああたしを殺せってナルジフに言われたらどうするの、と聞きそうになって思いとどまる。

 だって、もちろん殺す、などと言われてしまったら、これから先気持ちよく過ごせないではないか。




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