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夜と令嬢 昼界ー6


 ミルファが姿を消してから、一週間が過ぎようとしていた。

 正気を取り戻してからのロージャーは、実に精力的に情報を集め、今回の「異常」について検証しようとしていた。助手のカークもとばっちりを受けてあちこち走り回らされ、不満たらたらだった。


「やはり、ソレノアでも予測されていなかったか……。これは前代未聞だ」

 届いた報告書を斜め読みしながら、ロージャーは足を組んだ。

「わずかにでも前兆があれば、事前に報告があったはずですよ。いくらソレノアと我が国の関係が良好でないとはいっても、波の予測結果の共有は絶対綱紀の条文に盛り込まれてますからね」

 絶対綱紀というのは、昼界にあるどの国も遵守しなければならない統一ルールだ。島の大賢者府によって定められていて、破ると罰せられる。言うまでもなく、この世界を安定させている大賢者府に表だって逆らおうなんて考える国は皆無だ。


「もちろんだ! だがこの資料によれば、空が色あせて紅く染まりだすまで、ソレノアで最も境界に近い観測所でなんと九分! たったの! これは計測史上最小の数値だ」

 ロージャーは報告書の束をばしばしと叩いた。


 ちなみに、ここでの時間や長さなんかの単位については、きみたちにわかりやすいように換算して小数点以下切り捨てで表記することにしている。まあ、若干の誤差は大した問題じゃないから、気にせず読んでいってほしい。ありがとう。よろしくね。


「そんなに興奮しなくても、異常事態だったってことはみんなわかってますよ……」

「いや、ただの異常ですまされる問題ではない。そもそも、過去五十年にさかのぼってみても、この時期にサリアンまで波が到達したことはない。安全だと判断されていたからこそ、国外の要人を招いての宴を開くことができたのだ。それなのになぜ?」

「自然現象なんだから、考えたって無駄じゃないですか?」

「ああ、思考の放棄! それこそが人間という種の衰退を招くのだ」

「人類の繁栄についてはあなたにお任せします」


 カークのつっこみにうんうんとうなずいて、ロージャーは南地域の詳細な地図を机に広げた。鉱山の国ソレノアと実りの国サリアンの全土に加え、境を接する霧の国ファコイ、泉の国アスト、草原の国ラスラキの一部分が入っている。

「通常なら……」

 ロージャーは肘を軸にして、コンパスのように手のひらを動かした。

「南から来る大きな波は、ソレノアの大部分とファコイ、ラスラキをかすめる。サリアンも場合によっては、最南端がかぶる。円を描くように拡がるんだよ。ところが今回は、いいかい? ソレノアの中央部をまっすぐ抜けて、まるでこのサリアンの王城を目指しているかのように波がきている。横幅が狭すぎるんだよ」

 カークは彼の言いたいことをさとった。確かに、興味深い。だが、そんなことがありえるだろうか? 夜が生き物のように意志を持って動くなんて。

 ロージャーはコインを地図の上に並べはじめた。

「君が各地から持ち帰った資料によれば……サリアンで完全に今回の波をかぶった町は、ここと、ここ、そして……」

 細長い三角ができた。その頂点はまさに、王城だった。


「王城の北に位置する地域では、まったく報告はない」

「で、でも、たまたまここまで来て止まったのかもしれませんよ」

「違うな」


 ロージャーはペンをとって地図に直接数字を書きつけはじめた。

「この資料こそが私の仮説を裏付ける。通常、夜の進行速度は、波打ち際近くでは次第に衰えるものだ。ところが今回の波は……、こうやって、それぞれの到達時間の記録を並べると……、どうだ。ただ速いだけでなく、サリアンに入ってからもほとんど減速していないことがわかるだろう」

 カークは内心、舌を巻いた。当日の各地の天測室の記録を全部写してこいなんて、無茶な要求はこのためだったのか。はじめからこれを予測していたのだろうか。


「不審な点はまだある。被害の少なさだ。波の到達を事前に予測できなかったにもかかわらず、だよ。家畜が暴れたとか転んでケガしたとか、そういう細かい部分を省いて重傷者に絞ると十数人だ。死者にいたってはなんとゼロ。ソレノアでもまだ死者の報告はあがっていない」



 闇に心をさらわれる。

 夜に死ぬことを、そんな風に言う。明るい場所へ、つまり月光灯をたくさん照らして何重にもがっちりと扉を閉めた発光室へ逃げ込むことでほぼ避けられるとされているけど、うっかり外に出たり、避難が間に合わなかったりした場合、眠ってしまってそのまま意識が戻らなくなり、死に至ることがある。これは体の中にある光の魔力が抜け出てしまうことが原因だと言われていた。


 そう、魔力の話をまだあまりしていなかったね。

 昼界の魔力は、有限だ。人間は誰もが生まれつき、大なり小なり、それぞれの魔力を持っていて、それを使って魔法をかける。そうだな、火をおこしたりとか、空を飛んだりとか、ケガや病気を治したりとか、きみの想像するような効果を発揮するものだと思ってくれて間違いない。

 ただ、さっきも言ったように、これは有限の力なんだ。

 それぞれの魔力は、回復することがない。生まれた時に持っている量だけしかないんだ。つまり、使いすぎたらすぐになくなってしまう。充電できない乾電池みたいなものだよ。

 そんな大事な力を、火をおこすことなんかに使いたいと思う?

 たいていの人は、魔法に頼らず生活することにしているし、魔法と関係なくできることに魔法を使ったりしない。魔力が尽きても生きてはいけるけど、元気がなくなったり性格が豹変してしまったり、肌が荒れたり、禿げたり、個人差はあるけどまあとにかくいいことがないんだ。これは「魔力枯れ」っていう病気の一種として恐れられてるんだよ。


 本格的に練られた魔法は、一般的に魔術と呼ばれてる。魔術の使い方は、一応学校なんかでも教えているんだ。いざって時に使えるようにね。でも子どもが面白半分に魔法を使ったりしないよう、怖さをみっちり教えてからつまらない理論の時間が長々と続き、最後に実践をちょっとだけ、という感じになってる。

 そんなだから魔術師になりたいという人間は少ないし、その中で、特に生まれつきの魔力が膨大だという才能ある人間はさらに少ない。しかも、魔力だけでなく、センスと頭の良さも必要なんだよ。

 有望な魔術師というのがどれだけ珍しいか、わかってもらえたかな。


 ちなみに、魔力が尽きたのに無理矢理魔法を使おうとするとね――

 一応、使える。でもその時消費するのは、魔力じゃなくその人の命なんだ。

 大切な人の病気を治すためだったり、人々を魔竜から守るために大魔法を使ったりして、死んだ魔術師の話はよく聞くよ。各地に残ってる。

 どうしても魔術師は早死にすることが多いんだ。便利な力があって、使えるとわかっているのに使えないのは苦しいだろう? なにかあるたび、使うべき時かどうか、考えなきゃいけない。使うたび、あとどのくらい使えるだろうかと思い煩わなければいけない。

 魔術師は大変なんだ。

 その分、尊敬されてもいるんだけどね。


 さて、話がだいぶそれてしまった。

 闇に心をさらわれる、っていうのはつまり、まず光の魔力を闇に奪われ、それでもまだ闇にさらされた時、体を守ろう、光を作ろうとして魔法が働いてしまって、結果的に命が消費されて死ぬ、ということなんだ。

 みんなが夜を怖がっていた理由も、これでわかってもらえたかな。



「死者がいない……。夜の滞留時間が短かったせいでしょうか?」

 カークは首をひねりながら言った。

「かもしれんな」

「で、行方不明が約一名……と」

 カークはロージャーの顔色をうかがった。

 行方不明者。アクラ家の令嬢。彼女だけが、どこにも見つからない。


「あの夜のトカゲだ。きっとあれが原因だ。あいつを捕まえてこなければ、こんなことには――全て私のせいだ!」

 ああ、もう落ち着いたと思っていたのに。

 再びわめきだしたロージャーから逃げるように、カークは資料をまとめてそそくさと研究室を立ち去った。




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