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夜と令嬢 夜界ー5


 遠い昔、光の国があった頃、人々は眠りに蝕まれることなく生きていた。

 しかし、混沌期を経た後、生き延びた昼の人間は定期的な「眠り」に冒されるようになった。

 意識を保っていられなくなるこの現象を、人々は恐れ、疎んじたという。

 ミルファくらいの世代では、すでにそういう嫌悪感とは無縁だ。眠くなったらベッドで寝る。それが当たり前になっている。

 あくびを不吉とするなどの風習は根強く残っているものの、若者たちにはすでに「眠り」は日常なんだ。

 ――え、昼界ではふつう夜が来ないのに、明るいまま寝るのかって? その通りだよ。別におかしくないと思うけどなぁ。



 話を戻そう。

 そんなわけで、夜が来なくても昼界の人間は眠るんだけど、夜に来るとさらに眠気が加速するものらしい。ミルファは慣れるまでずいぶんよく寝たそうだ。

 だからこの時眠っていたのも、疲れていたからとか、安心したからとか、そういう心理的な状態とはあまり関係がないと思う。


 さて、目を覚ましても、ミルファはやはり暗闇の中にいた。

 夢の中では、兄と一緒に笑っていたのに、ここではひとりだ。


 どれくらい経ったのだろう。すぐに戻るようなことを言っていたくせに、遅いじゃないの。あの嘘つきの魔物め、とミルファは心の中で悪態をついた。

 それにしても、本当にここは夜なんだろうか。あの魔物に会ったのも夢だったんじゃないだろうか。だって、夜に眠ったら死んでしまうはずだ。

 それなのに二度も眠ってしまって、あたしは本当は死んでいるんじゃないだろうか。

 いや、違う。

 魔物の持ってきた毛皮を体に巻きつけ、ミルファは鼻をすすった。この毛皮がある。あれは夢じゃなかった。

 あいつの言っていたことは変だったけれど、信じるほかない。帰るなら少し待っていてほしいと確かに言った。帰れるのだ。そのはずだ。


 ひとつくしゃみをして、震えたら、なんだか泣き出しそうになった。

 ばかばかしい。泣いたって無駄だ。なんにもならない。

 ミルファは熱くなる両目をぎゅっと閉じた。

 ひとりきりで、下を向いているから、泣きたくなったりするんだ。

 首を上向けても真っ暗なのは変わらなかったが、ひとついいことを思い出した。

 誰かいないかと声を張り上げた、あの時は怖さを感じなかった。そうだ。そうしよう。

 ミルファはなにを言おうかと考えた。

「助けて」「早く来て」「おなかが減った」「ここから出して」……

 どれもとても空しい。

 もっと元気の出ることにしよう。もしくは、気の紛れるようななにか。

 ああ、歌にすればいいんだ。



 頭上がほのかに明るくなった。ミルファはすぐに気づいて歌をやめ、目をこらした。

 階段を誰かが降りてくる。軽い足音が聞こえる。あれは螺旋階段だ。丸い壁をぐるぐるまわりながら、底にいるミルファに近づいてくる。

 まだるっこしい。なんでまわるの。まっすぐ降りてくればいいのに。

 そう思った途端、そいつはミルファの考えを読んだように飛び降りてきた。よく見ると、階段が途中で途切れていたのだが、ミルファにはそこまで観察している余裕がなかったのだ。


「きゃっ」

 目の前に着地した魔物に驚いて、ミルファは一歩さがった。

 さっきの魔物だ。間違いない。緑と紫のまだらの左目が、眼窩いっぱいにぱっくりと広がっている。


「お待たせ。灯りを持ってきたよ」

 それはミルファの想像よりだいぶ暗めの照明だった。炭のようなものが網の中にごろりと入れられていて、それが青白く発光しているのだ。

 とはいえ、そんな灯りでもないよりはましで、ミルファは一応の視界を確保した。

 だが、この薄暗い光の中で見ると、魔物の顔は片目だけがぼうっと浮き上がっていたはじめの時よりさらに輪をかけて不気味だった。奇妙な左目以外は、ミルファの予想通りの若い男の姿だったが、腕も脚も子どものように細く、関節が出っ張っている。頬もこけていて、骸骨を連想させた。

 こうして見ると、やはり普通の「男」と思って話すのは無理がある。


「ねえ、今のすごいのはなに? なんの魔法?」

 突然問いかけられて、ミルファは身構えた。

「え……? なんのこと」

「なにか不思議なお喋りをしてたじゃない」

「……もしかして、歌のこと?」


 歌が珍しいだなんて。でも、夜界にはないのかも。


「うた? ……なんの力があるの?」

「別になにも」

 言ってしまってから、ミルファはしまったと思った。なにか不思議な力だと思わせておけばよかった。

「なにもないの? すごいなぁ。ねえ、もう一度やってみせてよ」

 なにもないのにすごいという感想が出てくるのがよくわからない。


「あたしは別にうまくないわよ」

 みんな褒めてくれるけれど、お世辞だとミルファにはわかっていた。正直普通だと思うのだ。サラの方がずっとうまい。

「そうなの? でもなんだかすごかったよ」


 こいつはさっきからすごいしか言っていない。語彙が貧困すぎる。こいつは、バカだ。バカというより――そう、幼い子どもみたいだ。

 だけど、お世辞じゃないと感じた。だから、もう一度歌ってやろうという気になった。


 ほとんどやけくそで歌っていたさっきよりは、ましに歌ってみたつもりだった。


 魔物は奇妙なランプを持ったままぼけっと突っ立って、口を開けたままで聞いていた。拍手をするのも知らないようで、終わると興奮したようにまくしたてた。

「すごいすごい! おもしろいね」

 また「すごい」だ。

「べつに誰でも知ってる歌だし……あなただってやろうと思えばできるわよ」

「本当?! 教えてくれる?」


 正直、言わなければよかったと思った。面倒くさい。

 でもよく考えてみれば暇なので、なんの問題もなかった。


「いいけど、その前になにか食べるものを持ってきてよ。おなかがすいたわ」



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