第77話 不穏な影
「馬鹿野郎……!!」
亜実を抱える力を少し強めにしながらも俺は彼女に対して声を荒げていた。
「お前あんなところに登りやがって……!あーいや、登るのは別に構わねえけど足踏み外したらどうなるのかなんて分かってるだろ!?ちゃんと下見ながら降りて来いよ!!足踏み外したりしたら……親のところに帰れないんだからな……!本当に気を付けろよ!!」
彼女が助かった。
それだけで本当に良かったという気持ちが確かにあったのだが俺はどうしても彼女に忠告しなければならないという気持ちがあった。もし足を踏み外したりして死んだりしたら彼女は最悪死ぬという事態もあり得たのだから。
「う、うん……ごめんなさい……」
萎縮しながらも亜実は俺の言葉を聞いていた。
それに対しては先ほどまで冷静ではなくなっていた呼吸が安定したもののになり、息が荒くなっていることはなくなっていた。
「いいんだ……亜実が無事で……本当に良かった……」
両手で抱えている亜実を見ながら俺は微笑んでいたような気がしていた。それほどまでに俺にとって亜実の命というものを救いたかったんだ、と自分でも実感しながらも亜実は俺の手から離れて立ち上がり、俺に対して「ありがとう」と言って俺は無言で頷きながらも本当にホッとしていた。
「大丈夫かい?その子も竜弥も」
「ああ、俺も亜実も大丈夫だ」
「……変わってないんだね竜弥、あの頃から」
秀治は俺の行動に何処か誇らしげな感じにいた。
内心ヒヤヒヤとしていたのも伝わっていた俺がこうして誰かを助けて相手の行動を完全に否定したりせずちゃんと相手に忠告するというところが変わってないと言いたいんだろう。俺からすれば変わっていないと言われるのは少し嫌なところもあるが何も言わないでいた。俺はあの頃の自分が嫌だったはずなのにな……。
俺は亜実や秀治から目を逸らしていると、三人ほどの子供がこちらに向かって来ているみたいだったがその中であの少年だけが俺のことを輝いた目で見ていた。
「かっけぇ!!」
先ほど俺のことを警戒心を強めで見ていた少年の姿はなく純粋に憧れという目線で俺のことを見ているようだったが俺はそれに対してすら難儀な気持ちになっていると、少年の方が声を再び出していた。
「あっ!お兄ちゃんじゃなくて……えっと名前を教えてくれよ!!」
「ん……ああ、竜弥だ」
「竜弥お兄ちゃん!その……今日はごめんなさい!!お兄ちゃんがみさかのことを勝手に好きだと勘違いしたりして……亜実のことも助けてくれたりして……!本当に……本当にごめんなさい!!」
少年は自分が助けるべきだったはずだったと後悔していたのかもしれねえ。
自分は指を咥えて見ているだけしか出来なかった。そう言いたかったのかもしれねえ。
「気にすんなよ……それにお前だって何もやってねえ訳じゃねえだろ。俺はお前がちゃんと助けようと走り出していたのは知っていたし、そう気にすんな」
俺は目の前にいる少年が亜実のことを助けようとしていたことを知っていた。
足を踏み外そうになっていた亜実にいち早く気づいて走り出そうとしていたのを知っていたのだ。だから俺は少年に自分のことを悪く言うなと伝えたのだ。
「えへへ、竜弥お兄ちゃん……優しいんだな。あっそういえばこのかくれんぼの勝敗ってどうなるんだ?」
確かに言われてみれば、このかくれんぼでの勝敗はどうなるんだろうか……。
見つけたのはほぼ同時と言っても過言ではないこの状況を勝敗で判定するのはかなり厳しいもんじゃねえのか……。いや一つだけ判定を下す方法があったな……。まあこれで納得してくれるかは分からねえけどよ……。
「いやこの勝負はお前たちの勝ちだ。俺達がジャングルジムのある場所に来た頃にはお前達が既に亜実の姿に気づいていたみたいだからな、俺が声を出したときだってお前の少し後ぐらいだっただろ?だから今回の勝負はお前の勝ちでいい」
「え?え?ほ、本当にいいの!?」
「ああ、俺達が少し出遅れたみたいだからな」
「やったああ!!みさか見たか!!俺本当に竜弥お兄ちゃんに勝ったよ!!」
少年はみさかともう一人の少女と一緒に自分達の勝利を喜び合っている様子を俺が眺めていた。
「偉いねお兄ちゃん」
「竜弥はいつもこうだからね」
秀治と亜実が喜んでいる三人の姿を眺めながらも今回の勝負をあの三人に譲ったということを認識していた。
「じゃあ竜弥お兄ちゃん!!俺達、そろそろ帰るから……じゃあね!!」
「ああ、じゃあな少年……!!」
「うん!!後……俺の名前は勝矢!!それじゃあね!!」
かくれんぼを終えた俺達。
その後も少しだけ勝矢達の遊び相手になって遊んでいたが時間も時間ということになり、勝矢とみさかは手を繋ぎながらも帰って行く姿を見つめるのだった。二人共、少しずつでもいいから仲良くなって行けよ……という気持ちは心の中で閉まっておくことにしたのだった。
その後も亜実以外にかくれんぼに一緒に参加していた子供達が帰る時間になり二人ほど帰って行くのを見送り、俺は秀治にベンチで眠っている恭平の姿を見て来て欲しいと言って亜実と一緒にいたのだった。
「そういやお前母さんたちとは上手くやれてんのか?」
二人っきりになっていた俺は亜実に少しだけ気になることを聞いていた。
「うん!お母さんね、この前私がテストで90点以上取ったら褒めてくれたんだよ!!それで頑張ったから熊のぬいぐるみ買ってくれたの!」
「そうか……良かったな」
いらない杞憂だったか。
俺は亜実が平手打ちされているところを見たからもしかしたら両親とは上手く行っていないのかもしれないと一瞬考えちまったけど……そんなことはなかったか。俺は亜実のことを見ていると、両親と思われる人物がやって来て亜実が父親の方に気づく……。
「すいませんあの子と遊んでくれていたみたいで……この前スカイツリーで私達を一緒に探してくれた方ですよね……?」
「え?は、はい……」
「貴方のことは娘からあの日の夜よく聞きました。私が心配にならないようにずっと話しかけてくれて私達のことを探してくれたということを……今回もきっと私が居ない間に遊び相手になってくれていたんですよね?」
……俺は何も言えないでいた。
スカイツリー、あの日一方的に彼女のことを平手打ちした母親のことを今で俺は憎んでいるという気持ちがあったからだ。思えば俺達が表に出てくるようになったのは今の俺にもああいう感情があったということをちゃんと認識出来ていたからなのかもしれない。
「そ、そうですね……ただ俺は不注意で亜実には少し怖い思いをさせてしまったかもしれません。あの子がジャングルジムで遊んでいるとき、足を踏み外しそうになって落ちてしまいましたから……」
「それも貴方がきっと助けてくれたんですよね?それにきっと亜実が一緒に遊ぼうと言って誘ったんですよね?でしたら貴方は悪くありません。寧ろ、私の娘を助けてくれた命の恩人です」
父親は俺に自分の娘を助けてくれた命の恩人だとにこやかな表情で微笑んでいた。
本当にいらない杞憂だったのかもしれない。亜実が平手打ちされ、一人にされたこともあって彼女の両親のことをクソ野郎だと思っているところもあったが、彼女の親というものはちゃんと出来ている人間だったということを思い知らされていた。
「本当にありがとうございます……」
「いえ、こちらこそすいません……」
頭を深々と下げている父親の姿を見ながらも俺は複雑な気分になっていた。
此処まで自分の娘のために頭を下げられる親に俺はなんて感情を抱いていたんだと反省した気持ちになっていたのだ。
「じゃあね!!竜弥お兄ちゃん!!またね!!」
「ああ、じゃあな亜実!」
父親は俺に再度頭を下げながらも俺にお礼を述べていた。
俺も軽く頭を下げると亜実は父親と手を繋いで一緒に歩き始めていた。
「父親か……」
俺は父親の顔というものを知らない。
いや多分知っているはずなんだが俺の記憶には全くないんだ。母さんもあの人のことは喋りたがらなかったし、多分ろくでもない人だったんだろうけどああいうふうな場面を見るとなんか羨ましいなって言う気持ちが湧いて来るな、俺は自分の手のひらを広げながらも去って行く亜実の姿を見ていた。
「ああいうのいいよなぁ……」
しんみりとした気持ちになりながらも視界に映らなくなっていた亜実とその父親が手を繋ぐ場面を思い出していた。微かに残っているかもしれないラーメン屋を食べた後、母親の手を取った自分のことを今になって思い出していると、何処からか何かを感じ取っていたのだ。
それは……。
「母さん……?」




