第73話 楽しいという感情
恵梨は俺が恭平に危害を加えねえか心配で俺のことを監視していたんだろう。
もしものときには自分がいつでも動けるように、とそんなところで居たんだろうが全く甘いことに俺にはその気配がないどころか恭平の言いたいことが伝わっていたと聞いて恵梨は甘くも帰るという選択を選んでいた。
「恭平のことを頼むね……竜弥」
「ああ……」
恵梨の姿が見えなくなってから俺は恵梨の言葉に了承を示していた。
人間の心というものは結構単純明快なものみてえだ。自分のことを否定されたというのに今一度自分が自分だということを認められて少しばかり気持ちが軽くなっている自分がいた。本当に甘いの俺の方なのかもしれないな……。
「竜弥、さんなにしているんですか!早いところやっちゃいましょうよ!!」
「悪いな、今行く」
恭平に急かされる形で俺は音ゲーの方へと向かう。
音ゲーに向かった俺の先に現れたのは洗濯機のようなものが置かれていた。懐かしいな、まだこれあったのか……。これは俺の少し前の世代がやっている人達が多かった音ゲー。奇妙な形をしているがゲームの筐体だ。俺は硬貨を入れようとしているとき、隣でこのゲームをやっている人物に見覚えがあった。
あの特徴的な黒髪、間違いない……。
「げっ!?紀帆!?」
「ん……?恭平と竜弥やないか!?」
一曲目を終えた紀帆が俺達の存在に気づいていた。
紀帆は結構特徴的というかボーイッシュな見た目をしているのもあってすぐに紀帆だというのが分かるな……。
「というか今ウチに対してげっ!!?って言うたやろ恭平。ほんま失礼な奴やな」
「い、言ってないですよ!!空耳ですよ!!」
「ふーん?ほんまにか?さっきウチに会うたとき思いっきりうわっ……ってゆう顔をしとったけどな。ウチは恭平のこと割と気に入っとんのに」
「き、気に入ってる……!?」
顔を赤くしながらも年頃のような反応を見せる恭平に対してケラケラと笑う紀帆。
恭平もそういう時期なんだな。
「なーに間に受けとるんや?ほんま可愛い奴やな」
「か、可愛い……!?」
恭平が畳み掛けられるようにして弄られている。
俺は詳しくは知らなかったがどうやらこの二人は同じ大会で同チームになったときもこんな感じらしいみてえだ。
「と、というか紀帆はなんで東京にいるのさ」
「ああ、それは舞台劇とか色々あって一週間ぐらい風夏の家に泊まらせてもらってるんや」
「ああ、確かにあれ紀帆さんも出てましたよね」
「出てましたよねってなんやその言い方……。ウチ竜弥と白熱する戦闘を行ったんやで!な?竜弥」
「え?あ、ああ……」
舞台劇か……。
俺はあのとき舞台劇というものに対して楽しいという感情を抱いていた。俺は今まで復讐というものを大事にしていたからこそ自分の中で楽しむという感情がなかったはずだったのに俺は楽しいという感情を味わっていた。あのときは千里が見ていたからというのもあったはずだ。
あのときの楽しいとは違うが、さっきまで恭平とやっていたゲームだって俺は楽しさを見出していた。この楽しいという感覚、俺は従っていいものなのか未だに迷っている。恭平の場合は俺のことを純粋に尊敬してくれている恭平に対するご褒美に近いものだったが……。
「竜弥と恭平、どうせ暇なら一戦せぇへん?一曲これと決めたものでスコアが高い奴が勝ちっちゅうのはどうや?」
「僕は構いせんよ」
「竜弥は?」
「俺も……構わないぞ」
これもまた恭平を楽しませる為のご褒美と自分の中で言い聞かせていたが先ほど千里や恭平の名前を自分のなかで出していてある共通点が自分の中で出ていた来ていたような気がしていたのだ。
「単純だな、俺は……」
口からボソッと出たのは自虐の言葉だった。
最年少である恭平が最近のボカロを選択すると曲が始まり出したの同時に外側に向かって現れ出したリングがラインに重なったタイミングで画面のふちを触る。こういう音ゲーというものは自慢じゃないが得意な方だ。だからこの試合少なくとも恭平には悪いが二位は確実と言えるだろう。
恭平の方の筐体をチラッと見ると悪くない感じではあったが、俺には少し遠く及ばないと言った感じだった。此処まで三連勝されていたが此処に来てようやく恭平に勝つことが出来るかもしれない。
さて紀帆の方はどうだろうか……。
俺は紀帆の方を一瞬見ると隣にいる紀帆という女の気配というものに圧倒されていた。
「笑っている……」
俺は隣に紀帆を一瞬だけで見てすぐに分かったことがあった。
それは神木坂紀帆という奴はゲームを楽しくやっており、こよなく愛しているというのがこっちまでに伝わってきているのだ。楽しくてしょうがないという感情が、だ……。
「間違いない、紀帆は……完全なる天才ゲーマー……!!」
そういえば高校生の頃、聞いたことがある異名があった。
そいつはゲームというものを本当に楽しそうにやっているのが見ているだけで伝わって来て、偶々通りかかった人達を惚れ惚れとさせる達人の腕前。魅せるだけじゃない実力も備わっているそんな黒髪ウルフのゲーマーのことを人狼の別の呼び方を取って「ライカン」と呼ばれている女の異名を……。
そして大阪の神とも呼ばれていたのを……。
「間違いねえ、こいつが……!」
一瞬だけ見たとき只者じゃねえと判断していたし、恭平の配信を偶に見ていたが彼女の腕前は俺の全盛期や恭平を上回る可能性が高い。更に後になって分かったが彼女はプロからの誘いも受けたことがあるらしい。
「こんなチーター染みた奴が隣にいるなんて聞いてねえっての……!!反則じゃねかクソが!!」
だけど俺だって負けるわけにはいかねえ。
俺だってゲーマーとしては他の奴らと比べて今じゃ腕は落ちているも同然かもしれねえが、ゲームの愛なら俺は誰にも負けねえ……。こういう音ゲーで最後に物を言うのは練習量だ。俺は高校生時代憂さ晴らしをする為によくゲーセンに来て音ゲーをやっていた。その手の感覚は未だにどうやら残っているようだ。この残された感覚で俺は戦う。
次々と出てくるリングや長押しなどに俺は対処しつつ俺は再度紀帆の方を見ると彼女は笑っていた。噂通り本当にゲームというものを楽しそうにやる彼女に俺は次第に手を止めて彼女のプレイというものに見惚れてしまっていた。
「これがライカンの実力……」
無駄のない手捌き、動き。リズムを取るためか首を振っている。
無邪気に笑いながらも楽しそうにしている姿はこっちの心まで温かいものにさせていくものがあった。宮下風夏が優しさの人間だと言うなら神木坂紀帆は……情熱を持った人間だ。それもかなりの……。
彼女の動作に心を奪われながらも俺はこれが本当の楽しむということなのかもしれないと思っていた。
「よっしゃああああ!!竜弥と恭平に勝ったで!!勝ったで!!勝ったやけど……竜弥ずっとウチのこと見てたやろ?」
「え?ああ、悪い。本当に楽しそうにゲームをするんだなって」
恭平が紀帆に負けたことに対して落ち込んでいるのを紀帆が無視しながらも話しかけていた。因みに恭平は絶対に紀帆に勝てると確信していたらしい。
「ゲームが楽しいのは当たり前やろ……?竜弥は違うんか?」
それが常識だとでも言わんばかりに彼女は不思議そうにしている。
紀帆にとってゲームという者は楽しくてたまらないというのが当たり前のことなんだろうな。
「いや楽しいっていう気持ちはあるな、ただそれに従っていいものかって……な」
「ええに決まってるやろ?そこに楽しいという感情があるなら思う存分に楽しめばええんや!熱中することは悪いことやないからな!!」
……この言葉、俺は何処かで聞いたことがある気がする。
ああ、そうか……。この言葉は今の俺が與那城に似たようなことを言ったことがあったんだ。
『趣味ってのは要は一芸みたいなもんだ。何かを好きになるっていうことは極めることに繋がるだろうし、熱中したくもなると思う。だからそうやって趣味っていうものにハマれるっていうのは俺はすげえかっけえと思うんだよ。もちろん、熱中し過ぎるのも良くない時はあるけどな』
まさかこんなときになって今の俺が言った言葉が似たようなもので違う言葉で聞くことになるなんてな……。人生というものは何が起こるか分からないなんてのがあるが、まさにこれがそういうことなのかもしれない。
それに俺は恭平にも似たようなことを言っていたのを覚えている。
『ゲームが好きならゲームが好きって誇れ。誰に何を言われても気にするな!あっでも勉強は忘れるな』
SNSで恭平が俺に質問をしてきて返したあの内容……。
まさか過去の俺である俺が未来の俺の言葉が突き刺さって自分の言葉にも突き刺されることになるとはな……。
「紀帆、次のゲームやろうぜ……今の言葉聞いて俺は完全に火が付いたぜ。眠れる獅子を呼び覚ましたこと後悔させてやるよ」
「面白いこと言うやないか……恭平もそこで落ち込んでないで次のゲームやるで!!次こそはウチに勝てるかもしれへんで!!」
「は、はい……!」
次こそは勝てるかもしれないというのに反応するような形で恭平は立ち上がり、紀帆が次のゲームを選ぼうとしていたときだった。紀帆のバッグの中からスマホが鳴り響くような音が聞こえていた。
「なんやこんなときに誰……亜都沙!?」
「亜都沙……?」
亜都沙というのは俺が知っているあいつだろうか。
電話を取った紀帆は最初は何故電話が来たのかすら理解していなかったがすぐに自分がとんでもない過ちを犯したことに気づいていた。
「ああ!!ウチそういや今日は亜都沙との打ち合わせがあるんやったやわ!!此処でゲームしとる場合やなかったわ!!ほんますまん亜都沙!!」
電話越しから俺たちが知っている亜都沙が若干怒っているのが伝わってきている。打ち合わせって言うのは3Dお披露目ライブのことか……と聞いてると恭平が俺に耳打ちで何かを言ってくる。
「多分紀帆さん、亜都沙さんの3Dライブの現地ゲストで呼ばれるとかで打ち合わせだったのを忘れてたんじゃないんですかね……」
「……まあ、それは怒られるだろうな」
紀帆に対して気の毒と言う言葉を言うこともなかった。
電話を終えた紀帆は汗がダラダラになりながらもスマホをバッグの中にしまう。後になって分かったことだが紀帆と亜都沙は京都と大阪の人間ということもあり互いにライバルような関係らしいそうだ。
「二人共ほな!!ウチは大至急家に戻らなアカンことになったからこの勝負は預けるで!恭平、竜弥!!絶対忘れへぇんでな!!」
紀帆は嵐の如く過ぎ去って行きゲームセンターを出て行くのだった。
恭平は居なくなった紀帆の姿を見て「なにしてんだろうあの人……」と言っているのが聞こえないぐらい、俺はあるものを思い出していた。
「楽しい、か……」




