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第70話 動き出した鼓動

『俺の手を取れ竜弥!!』


 俺はあのとき……瑛太の手を取ることができなかった。

 差し出された先の手以外俺にとっては闇に近いのようなものが見えてしまっていた。周りが黒いモヤに覆われてそれ以外次第に何も見えなくなってしまっていた。あの手を握って楽になれることも出来たのかもしれない。


 まるで今の俺の気持ちを表すようにして雨粒は当たる。

 瑛太……俺は結局自分が復讐に走るという衝動を抑えることが出来ない。お前は父親に愛されていたという気持ちがあったのかもしれないが俺は違った。母親の愛情なんて受け取ったことは……。





『竜弥、なにか食べたいものはあるか……?』


 低めな声で妹である結衣と俺を引き連れていた俺の母さん。


 ……愛情なんて愛情なんてないんだ。

 あの日母さんといっしょに初めて食べに行ったラーメンの味は俺にとって忘れられるものではない。なによりも母さんと妹、三人一緒で食事を取るということに意義を感じていたし、俺は楽しかったという気持ちはあったんだ。


『注文したラーメンはそれはそれで格別で美味かったのは今でも覚えているんだ』


 やめろ、なんで今になってあの日配信で話していた内容が……。

 今の俺はただあのとき、話さなければダメだから話していただけだ。あのときの動作に、表情に俺は喜びなどというものを感じていなかったはずだ。ただ千里との仲を印象づかせる為のものでしかなかったはずなのになんでこんな込み上げるものを感じているんだ。


 なのに……。


『美味しいね竜弥……』


『うん……」


 なんで今になってこんな記憶を……。

 俺は走りながらも振り払おうとしていた、自分の中に眠るものを……。







「何処まで逃げるの竜弥……」


「……琉藍」


 珍しく琉藍が俺のことをリューとは呼ばず、竜弥と呼び俺の前に立ちはだかるようにして立っていた。こんな都合よく俺の前に琉藍が現れるのだろうか。いや、俺は知っている。琉藍が何故此処に居て何故俺のことを先回り出来たのか。


「俺のこと此処最近付けてたの……お前だったんだな」


「……気づいてたの?ずっと私がリューのこと付けてたって」


「ああ、ずっとって訳じゃないが誰かが俺のことを付けているのは気づいていた。それが琉藍だって気づいたのは俺が付けてるって感づいたときに偶々誰かを巻いたときにそこに居たのが琉藍だっただけだ」


 気づかれていた、そんな表情をしている琉藍。

 俺の中に眠っている今の俺だったらきっとずっと俺のことを追いかけているのは俺達だと鈍い反応をしていただろうが、俺は気づかない訳がなかった。向けられている視線が俺に集中していることに……。


「そっかぁ……気づかれてたんだ。もっと上手くやるべきだったよ」


「意味ねえけどな」


「そうかな……でも暫くの間は上手くやれてたでしょ?」


 俺にとってストーカーされていたことはどうでも良かった。

 相手が琉藍だったから良かったとかではなくて尾行されていたこと自体がどうでも良かったのだ。それよりも俺が一番気にしているのは俺ではないと言われることだった。今更俺じゃないなんて言われること自体最早慣れた。琉藍だって俺が恵梨に問い詰めているときに俺じゃないって目をしていたからきっと今の俺のことを俺じゃないと見ているだろうが……。


「ねぇ……リューは「リューだなんて思ってねえだろ」」


 傷つけられる前に自分で傷つける。

 最早俺の中で傷つくということ自体が怖くなっていたのかもしれない。これじゃあまるで母さんにいつ殺されるか分からなくて怯えていた頃の俺と全く変わらな……いや、俺はきっとあの頃から何も変わってないから悪夢でいつも魘されているのだろう。俺は毎晩毎晩母さんに殺される夢や千里のことを守り切れず、千里が刺されてしまう夢を見てしまっている。隣にいる千里の腹が血が徐々に広がって、彼女が倒れて行く姿を俺は何度も見ていた。



「帰ろ?」


「何処に?俺の家にか?」


 確かに俺の家に帰れば今の俺の気持ちは少しぐらい安らぐかもしれないがそれはきっとその場しのぎにしかならないだろう。俺は今ずっと迷い続けているが、復讐という気持ちに囚われるのは終わることないだろう。


「復讐か……」


 俺はいつになったら望みを果たすことが出来るのだろうか。

 俺のことを刺して千里の声を奪ったあいつのことを殺すなんてことはしたくても出来はしないが母さんが今何処にいるのかは今の俺でも知っていることなのになぜいつまで経っても……。それはもちろん俺が母さんに復讐するのか悩んでいるからというのはよく分かるが、俺はいつになったらこの願望が叶うのだろうか。


「みんなの下に帰ろうよ?みんなが待ってるからさぁ……」


 琉藍はいつものようにめんどくさそうな様子で話している素振りがない。

 バンドでドラムを弾くときぐらい本気だと言うことが伝わって来るが俺にはもう何も届きはしなかった。分かってくれると信じていた、同じ虐待を受けているからこそ俺の気持ちが分かってくれてると信じていた。信じていたのに待っていた答えは違っていた。俺はもうどうすればいいのか分からなくなっていた。





「……ゆーちゃんと話してくれる気になったのはありがとうリュー」


 暫く無言でいた俺に対して話題を変えて来た琉藍。

 あのことを知っているということはそんなに驚きはない。琉藍は俺の妹の結衣とは割と仲が良かったからもう既に聞いているのかもしれない、俺と会うということを……。


「……妹なのにほぼ三年も連絡とっていなかった俺が悪いからいい」


 俺は今日初めて琉藍の言葉に対してちゃんと言葉を返す。

 俺が何故琉藍の言葉に受け答えをしたのかは自分でもよく分からなかった。


「でも妹なのに三年も話さなかったのはどうかと思うんだよねぇ」


「……悪い」


 何も言い返すことが出来なかった。

 血の繋がりのない妹だから放していなかった訳ではない。俺が妹とすらも連絡を取らずにいたのはこの三年間、全てと断ち切る為だった。全てと断ち切り、全ての関係をゼロから始める為だった。


「リュー……話しかけておいてアレなんだけどさぁ……。私今自分の中でリューのことを説得できる言葉が何も思いつかない。衝動的にリューに話しかけたに近いって感じだったからさ……でも」





「絶対にリューを昔みたいに明るくて元気なリューに取り戻させて見せる。私たちの力で……」


「……どうやって?」





「うーん……音楽の力とか?それこそ……バンド名「ワンフォーオール」の出番だよねぇ。一人はみんなのためにみんなは一人の為にってねぇ」


 俺は何も答えることはせず、琉藍に対して手だけを振ってその場を去るのだったが今までと比べて何処か爽やかな別れ方に俺は新鮮味を感じながらもその場を去って行った。





「バンドか……」


 また千里達の魂の演奏を聞けるのならそれはそれで楽しみだなという気持ちが俺にはあった。







 ◆


『聞いて欲しいチサ……リューは……ゆーちゃんとは血の繋がりがないの』


 私はチサから電話が掛かってきたとき、全てを話したリューがゆーちゃんとも……天音さんとも血の繋がりがないということを……。この内容は香織にも話をした。あの二人がどんな気持ちでこの会話を聞いていたのか分からない。分からないが勝手にリューのことを聞いてそれを話した私は何か自分にも出来ないかと思ってリューに姿を現した。


「ごめんみんな……私にはやっぱりリューを止める言葉なんて思いつかないよ」


 どれだけリューの情報を調べてもリューのことを慰める言葉すら私にはかけることが出来なかった。恵梨に対して暴行を加えようとしたときのリューと同じリューなんだろうけど、あのときのリューとは違って何処か健気な感じがあったような気がしていた。そう感じた理由がなんなのかは分からないけどきっとあのリューはそんなに悪い奴ではないのかもしれない。


 でもリューを止めるには私だけの力じゃどうにもならない。

 だけど……。





「見ててよリュー……絶対にあの頃のリューを取り戻して見せるから……私たちの力で……!!」


 私はバンドの頃から使っているグループに連絡をし始める。

 あの頃、四人で活動していた最高のバンド……再始動させるなら今だよねぇ。







 ◆



「ただいま……」


 誰も居ない家の中で俺は珍しくそんな言葉を投げかける。

 今日舞台に持っていくのに使ったバッグを玄関に置いて俺は脱力するようにして椅子に座る。舞台劇の打ち上げはあの後、氷室さんが倒れるぐらいまで飲んでしまって解散になったようだ。舞台劇が終わるまで一緒にいた九石さんは舞台が終わったのを見て何処かへと行ってしまっていた。


 暫くぶりに携帯を見ると今日の舞台劇の感想を千里が送って来ているのを確認する。


「お疲れ竜弥、今日の舞台劇とても良かったよ。竜弥の意外の一面が見れた気がしてとっても楽しかった」


 千里からの連絡を自分の中で少し噛み締める。

 千里という人物の力を借りずに今回の舞台劇は俺は成し遂げることが出来た。俺がVとして始まって以来、ほとんど千里の力を借りていたような気がしていたからこそ今回は少しばかり嬉しかったし、自分のことを褒められていて嬉しかった気がしていたのだ。


「竜弥!!お疲れ!!今日は凄い楽しい舞台劇を見れて良かったぜ!!」


 もう一人、與那城からの連絡を見る。

 連絡越しに今日という日が楽しかったということがなんとなく伝わって来る與那城。最後にもう一人、俺に連絡を寄越していたのは……。





「竜弥さん今日の舞台劇とても良かったですよ!!竜弥さんがまさかの敵で毒属性のキャラというのは驚きましたけどそれでもアクションシーンとか本当に最高でした毒の刃を増やして攻撃範囲を広げたりして相手の逃げ場を失くしたりとか最初の登場シーンの威圧的な感じとか本当に最高でした!!」


 熱量を感じる文量。

 俺は自分でも分かってしまうぐらい微笑んでいるような気がしながらも俺は机の上に置いてあった一通のファンレターを読もうとしていた。一番最後のページの最後の部分が見えていたがそこには……GENDENと書かれている名前があった。さっき恭平からの連絡を見てこのファンレターのことを思い出したのだ。


「GENDENか……」


 あいつがこの名前を使っているのは俺の影響で近場にあるラーメン屋によく通うようになり、この名前に変更したのが始まりだった気がする。あいつは俺じゃない俺がゲーム実況者を始めた頃からよく絡んで来て話しかけてきたのを覚えている。赤鬼をプレイしているときに泣いてる人を初めて見ましたとか、恋愛シュミを視聴者に言われてちょっとプレイしたときなんか恋愛弱者とか言って来たのを覚えている。中でもよく覚えているのがあいつがゲームをやめるべきなのか?と言うか、ゲームが好きなのは間違っていますか?と言う投稿が送られたときだった。



『ゲームが好きならゲームが好きって誇れ。誰に何を言われても気にするな!あっでも勉強は忘れるな』


 いつも明るく俺の動画にコメントや反応をしてくれていたが、あいつが偶々暗くなっているのを見て俺は何かしてあげたいという気持ちがあって俺はあいつの背中をそっと押してあげた。その頃だろうか、あいつがちゃんとプロゲーマーになって何をしたいのかという明確なものが決まっていたのが……。


 そんな昔の記憶に浸りながらも部屋の中は静寂に包まれていた。時計の針がカチリカチリと時を刻む音だけが響いていた。しかし、俺の胸の中は嵐のように荒れ狂っていた。恭平が書いた手紙が、俺の気持ちを激しく揺さぶるものが書かれていたのだ。その瞬間、俺は我慢できず、ドアを開けて外に飛び出した。外の空気は冷たく、頬に当たる風が一瞬俺を現実に引き戻した。



 俺は瞼に涙を滲ませながらも、走ることを止めなかった。

 既に東京という都会は夜の景色に変わっており、街灯が俺を時々スポットライトを当てるようにして光らせていた。



「恭平……お前……!俺は……お前に何も……!!何もしてないだろ……!!なのに……!なのに……!!」





「お前は……!!!」





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