第66話 V舞台劇「姫と四人の家来達」 その2
こういう舞台劇を参加するということは俺は澤原瑛太のことを知るためだけという理由の方が強かった。舞台劇を通して奴が本当に虐待を受けた人間かどうか判断できるかもしれないという気持ちがあったというのに今はどうだろうか……。
俺はこの場を楽しんでいる。
自分に楽しむという感情などはなく、ただあの二人に復讐したいという気持ちがただあっただけのはずなのにいつの間にか俺はこういう感情を悪くないと感じるようになっていた。
そういえば、この舞台劇を出る少し前俺は自分の配信で舞台劇を出るという話をしたとき何故だが嬉しい気持ちになっていたが自分の中で太陽のような日差しが出ていたのは何もあのときだけじゃなかった。
綾川千里……。
結局のところ、俺にとってあいつは眩しい光のような存在だと言うことには変わらなかった。俺の傍にあいつが居てくれたから俺は自分でも頑張ろうと言う気持ちにもなれたし、千里ばかりに甘えている訳にはいかないという気持ちになれた。
何故今千里の話をしているのかと言うと、俺が舞台の方から客席の方へ行くと観客席に千里が居るのにすぐに気づいた。彼女が見てくれているという事実に俺は彼女が聞いていたかもしれい傍であんなことを言っていたのにそれでも舞台を見に来てくれている事実に俺は胸に来るものを感じていると、千里と目線が合ったような気がした。
「俺は結局千里に甘えることしか出来ないのか……」
自分のことを見てくれている大好きな人間がこの場にいるということが何よりも俺の胸には鼓動を通して伝わっていたし、なによりも「頑張れ」という目線を送ってくれていたが言葉に出来ない正しい感情の喜びというものがあった気がしていた。
改めて俺の中で彼女と言う大きなものが大切だと言うことがよく分かった気がする。
見ていてくれ、千里……。俺が最高の舞台にさせて見せるから。数少ない出番かもしれないけどそれでも絶対千里を満足させられるような舞台にして見せる。
◆
剣と剣が何度も交じり合う音が聞こえてくる。
敵のリーダーであるメイヴィスは各個撃破を相手に狙わせるために自分の配下を分断させたのだ。今現在、ヒュブリスは雷属性の魔法を使う家来、アミネスと戦うことになっていたが優勢となっていたのはヒュブリスの方だった。
「天地を割れ!!サンダーパニッシュ!!」
一極集中型の雷を自身の手の中で作り上げたアミネスはそれをヒュブリスに放とうとするが、バク転をしつつ攻撃を回避されてしまう。バク宙を披露すると、観客席から大きな声で反応をしている声がチラホラ聞こえていた竜弥。次に、壁を蹴り上げて大きく剣を振りかざそうとするがその攻撃は剣先で弾かれてしまうが、乱撃をやめることはなく両者の攻撃が弾かれて行くなか、互いに剣を交える二人。互いに互角ということに驚く暇すらなかったアミネスに対して余裕な表情で次々とヒュブリスは力強く剣を振りかざしながらもアミネスは食い下がることはなく剣を振っていたがそれでも決定打になるものはアミネスの方にはなかったが、ヒュブリスの方には残念ながら……あったのだ。
「これで終いだ……!!喰らえ!ポイズニック・エンド!!」
ヒュブリスの背中から蛇が現れて毒息を吐いていた、ヒュブリスが得意としている毒魔法。
相手の体力をちまちまと奪うという魔法の一つなのだが、竜弥はこれ自体に少し文句ありげだったが言うことはなかった。と言うのも彼は悪役でありながらも炎属性や雷属性の魔法をド派手に使う敵キャラなのかと若干期待していた自分が居たが蓋を開けてみればチマチマとした攻撃方法、つまり敵キャラの中でも一番嫌われやすいキャラなのが本人にとって不服でしかなかったのだ。
「きゃああああっ!!」
追いつめられているアミネスは蛇から放たれた蛇の息に対して為す術もなく体内に吸い取ってしまう。彼女は治癒魔法を使えた為、すぐに毒を解毒しようとするが間髪入れずヒュブリスは攻撃を入れようとする。
「まだ終わりじゃない、ポイズニック・ブレイド 三刃!!!」
ヒュブリスは一瞬姿を消す。
霧の魔法と共に、一瞬の静寂が間を支配する。アミネスに緊張感が走るなか、ヒュブリスは音もなく姿を現し、鋭い毒の刃を構える。木々が切り裂かれるような音がした次の瞬間、彼女の視界に映ったのは三本の刃が異なる方向から襲い掛かって来る光景。
右からは、鋭く速い刺突を喉元を抉ろうと迫って来る。鋭い刃先が毒に濡れ、紫色の輝きが霧の中で不気味に光っていた。一撃でも喰らえば、即死も逃れることはできないだろう。油断もできない状況下で左側からも刃が迫って来るような感覚がアミネスにはして一瞬チラッと見ると、ゆっくりと刃が迫ってきていたのだ。その遅さはまだ大丈夫かもしれないと言う油断を誘うような遅さであり、アミネスを安心させるような挙動をしていたのだ。
そして背後から襲い掛かる第三の刃。その存在すら気づぬほど、無音で忍び寄って来ていた。獲物を殺す、それだけの為に此処まで大がかりな魔法は敵ながらあっぱれとしか言いようがない攻撃であり、アミネスの背中を突き立てんと言わんばかりに迫っていたのだ。
毒の刃がそれぞれの方向から迫って来ており、真正面からはヒュブリスが刃で喉元を抉ろうとしてきている。彼女は息を吞み込み、全身の筋肉を緊張させ、絶望的な状況に立ち向かおうという決意を固めヒュブリスに突撃を開始した。その突撃が通じるのか通じないのかはこの後分かることになるだろう。
「ブレイクサンダー!!」
暗転した映像の中で、二つの光が人を突き刺したようにして光っていた。
暗転が消えていくなか、二つの人影が立ち止まっているようにも見えていたのには理由があった。
「馬鹿な……」
先ほど二つの光が人を突き刺したように、と言っていたがその突き刺さった人物というのがヒュブリスだったのだ。アミネスは自分にトドメを刺してきたヒュブリスに対して解毒から魔法を転換させてそのまま二つの雷をヒュブリスの体へと炸裂させたのだ。体中には毒の刃が突き刺さりながらも彼女は突撃という選択肢を選び取ったのだ。
「この勝負、私の勝ちだね」
「やるな、だがあの人を甘く見るなよ……」
体へのダメージが大きすぎたヒュブリスはそのまま倒れて行き、彼の出番は此処で終わるのだった。前もって彼が台本で読んでいた通り、少ない出番だった。
「もう少し出番が欲しかったな……」
彼が舞台裏に戻って来たとき自分でも気づかぬうちにそんな言葉を言い放っていたことに関しては自分でも本当に全く気付いておらず、不意に出ていた言葉だったのだ。
「お見事でした、樫川竜弥」
「……あの出番だけでお見事でしたと言われてあんまり手応えはないんですがありがとうございます」
舞台裏に戻って来ると、拍手をしながら自分の出番を待っている夕闇ヒミカがいたのだった。彼女はメイヴィスに誘拐された後、他の部下たちによって何処か別の場所に隠されていることになっている為、一度彼女の出番は終わったことになっていたのだ。
「いやいや、そんなことはないと思うぜ。おじさんも隣で途中まで見てたけどあんなおっかない演技出来ないぜ?」
頭の裏を掻きながらも「参ったなぁ」と言いながらも笑っている中年の男性。二人の話に入る形で彼の謙遜を否定していたのは彼の隣でもう一人の悪役を演じていた氷室真太郎。
「これに関しては氷室さんの言うとおりだと思われますな。此度の舞台劇、夕闇様から始まり澤原様へと樫川様、伝わるようにして演技が高まっていきました。それに刺激を受けました者達が次々と変わり行きより良いものを作ろうとしていったのです」
「ええ、正しくこれこそが人という者たちが物語を作り出すということ。私はこういうものを見るのが大好きなのです」
退場済みとなっていたクローバーが氷室の言葉に同調するようにして言葉を放ち、夕闇ヒミカが最終的に言葉を纏めると樫川竜弥はヒミカが言うように人が作り出す物語というものも悪くないという気持ちになっているとヒミカは言葉を続ける。
「それに貴方の良かったところは登場シーンだけではありません。浜羽サユとの緊張感溢れる戦闘シーンはこちらも手に汗握るものでしたよ」
演技と死闘とも言える戦いの中、サユもまた彼の演技を見て自分の演技というものに集中し高めていきその力を発揮させていたのだ。サユの中でも彼の演技を見てこみ上げるものがあったのだ。
「さーてぼちぼち出番ですかな……!」
クローバーは待機する為に舞台の方へと向かっていくのを見て、氷室は「あの爺さん元気だよなぁ……」と笑っていた。
「樫川竜弥……いや神奈月ロウガ……。貴方という人間に出会えて中々面白い体験が出来ました。此度の一期一会、正しく感謝しなくてはなりません」
お礼と言わんばかりに彼女は竜弥に対して軽く頭を下げて少しいいものを見れたという気分になっていたが竜弥は少し周りは自分のことを上げすぎだという気持ちになりながらも舞台劇の方を映像越しに見る。
「竜弥のあんちゃん、アンタもしかして舞台って言うのに興味示したのかい?」
「……こういう世界もあるんだなと思っただけだ」
「ふふっ、そうかい……」
「素直じゃないねぇ、最近の子は……」と苦笑いをしながらも氷室は映像を見ていた。
「凄い……」
舞台の上で竜弥の姿を見ていた千里。
彼がアミネスから放たれた攻撃をバク転で回避をしたり、壁キックで助走を付けて攻撃を試みたりしている姿に千里は自分が全く知らない竜弥の姿を見ているようで新鮮な気持ちになっているのを隣で見ている與那城が少し嬉しそうになって見ていたのには気づいてる様子もなかった。
「これが伝説の聖剣……!!」
話は舞台に戻り、メイヴィスともう一人の部下であるアンビシオンに負けた家来達が命からがらなんとか城を抜け出すことに成功してある場所はとやって来ていたのだ。
それはかつて家来達や姫様が爺やから長年言い伝えとして言われてきた場所。聖剣が眠る場所として言い伝えがあったのだ。今ではもうただの御伽噺とかしか信じられていなかったが四人の家来達はその居場所を見つけることに成功したのだ。
「これで我々は姫様を……!!」
「そうは行かねえさ!!」
英雄の剣をついに手に入れたラネス達一行の前に現れたのはメイヴィスが現れるのだった。
「おいゴミ野郎!!姫様を何処にやったのさ!?」
「さぁな?今頃暗い暗い牢獄にでもいるんじゃねえかな?」
悪役らしい台詞を吐くメイヴィスが高笑いをする。
舞台の中で響き続ける彼の笑い声は観客達に早く家来達にやっつけられろと言う気持ちを抱かせていたのはなによりも彼女達が聖剣を手に入れたからである。
「許さん……!!」
「ええ!その通りですよ!!彼の度重なる非道なる行為をこれ以上許すことはできません!!」
「許すことができねえか……なら俺と殺し合ってくれることだよなぁ!?」
彼の鋭い目つきが刃物のように突き刺さるような感覚を浴びる観客達であったが殺気を帯びた視線を浴びることになっていたのは四人の家来たちであり、舞台裏の映像から見ている竜弥たちにもそれは感じ取ることが出来ていたのだ。
「流石だな……瑛太……」
後ろから足音が聞こえ先に気づいたのは氷室信太郎の方だった。
「ん?ちょいちょい、此処は関係者以外出入り禁止だぜ?綺麗なお姉さん」
気づいた彼は入ってきた女性を止めようとしている。
揉め事かと思って後ろを振り返るとそこには竜弥が知っている人物が立っていたのだ。
「私は澤原瑛太の関係者なんだがな……ほれこれは許可証だ」
「ん……?確かにこれは許可書だな……す、すまねえな姉ちゃん。でも舞台裏まで来るのは勘弁してくれよ……頼むからさぁ」
「いや……その人が舞台裏にいることは俺が許可する」
許可をすると言う言葉に対して氷室は「はぁ!?お前は代役なんだから許可とかそんなの出せる立場じゃないだろ!?」と言おうとしていたが、それを遮るような形で舞台裏に入ってきた女性が「感謝する」と言う。
「そういえばお前にはまだ名乗ったことがなかったな。私は九石京花だ」
「……樫川竜弥」
彼はこの前会ったとき彼女の名前を聞くことができなかった。
長い間彼女と会う機会もなく連絡先も知らなかった竜弥にとっては久方ぶりの再会となるのだった。
「それで流石というのはどう言う意味なんですか九石さん」
「あいつはこういう舞台に立ちたくて色々と頑張ってきたというだけの話さ……。小さい頃……憧れていたヒーローに裏切られたと言う気持ちが今でも消えることはなく心の中に残っているがそれでも自分の夢である誰かのヒーローであり続けたいと言う気持ちの第一歩でもあるのさ」
「その第一歩が悪役ってのはどういうことです?誰かのヒーローにとは程遠い気もしますが……?」
「そう拗らせた物の言い方をするな。捉え方によっては誰かの正義になると言う話になると言うのもあるが、今はそんなことよりも大事なのはあいつが出来るというのを証明する為の第一歩でもあるのさ」
澤原瑛太は幼少期の悲痛な記憶から誰かのヒーローになりたいという思いが強くなっていた。その夢はこのVという世界で叶えるべく彼は今更なる第一歩を踏み出そうとしている。
例えその役柄が自分がなりたいヒーローとは違っていたとしても自分が今出来る人間だと言うことを証明する必要があったのだ。
「なるほど、そういうことですか……」
彼女の言いたいことは充分に伝わった竜弥。
聞きたいこともなくなった竜弥は黙り込んでいたが氷室の方は何かを考えるようにしてようやく思い出したのか大きな声を出していた。
「思い出した!?アンタ、ラムだろ!?」




