第45話 先生として
「竜弥、なに歌う?」
「千里が先に決めていいぞ」
薄暗い部屋……。
俺達は今カラオケ屋に来ていた。俺は自分の荷物をソファーの上に置いて荷物の隣に座っていた。テーブルの上にはフードメニューやマイクやカラオケの曲を選べる機械などが置かれていた。
千里は俺の言葉を聞いて機械を手に取って曲を選び始める。
ソファーに横たわりながらも足をバタバタとさせている彼女を見て高校生時代の彼女と重なり合わさって俺は少し微笑みながらも彼女のことを見ていると千里が一曲目を選び終えたのか歌い始めていた。
一番最初に歌い始めていたのは冬に相応しいこれぞ定番と言ったような曲であった。冬が本格的になれば確かにこの曲を歌う人が多いかもな。
與那城と一緒にカラオケ屋に来ていたときとは違い、あの頃の違和感は完全に消え去っていた。俺と再会し和解したことで声が出にくくなることはなくなったんだろうかと淡い期待と希望を抱きながらも千里が歌い終えたのを見て俺は拍手をすると彼女はにっこりと笑いながらも点数を確認していた。
「100……って凄いな」
採点の表示を見ると書かれている点数は100点と書かれていた。
カラオケというものはビブラートが多ければ多いほど点が入りやすいというのを聞いたことがある。確かに千里のビブラートの量は人が見れば半端ないほどの数値になっている。じゃあそれのおかげで点を取れたのでは?と思ってしまうかもしれないが断じて違う。
千里が歌う歌は一つ一つ感情が込められている。一歩間違えて感情を載せすぎると耳障りに変化してしまうかもしれないが千里は曲の強弱というものをはっきりと熟知しているのか聞いていて不快にならず耳に心地よいのだ。
「ほら竜弥も歌いなよ」
百点を叩き出された後に歌うことになるのは気が重く感じていたが千里に「早く歌いなよ」と急かされている以上歌わない訳にはいかないだろう。俺は曲を選び歌い始めるがやはり千里のように上手く歌うことが出来ない。
千里のことを参考にするのはかなり難しいのは分かっているが目の前であんなにも上手い歌声を披露された後だとこっちもちゃんと歌わなければいけないという意識が強くなりいつもよりミスが多くなってしまう。カラオケと言うもの自体、千里と再会するまであまり行っていなかったがそこそこの点数はいつも取れていたのは覚えているからこそいつも以上のパフォーマンスの歌声を出したいと願ってしまうのだろう。
千里が見ているからこそ……。
「竜弥……アドバイスしてもいい?」
「ああ、全然構わないけど」
「アタシの目の前だからって上手に歌おうと意識し過ぎてない?」
あまりにも図星過ぎることを言われてしまい返す言葉がなかった。
気づいていたのだろう。俺が千里の目の前だから上手に歌ってみせようとしているのを……。
「勿論誰かが見ているから上手に歌いたいとかっていう気持ちは分からなくもないんだけど竜弥の場合、気持ちが表に出過ぎちゃってる感じがするんだよね。感情が前に出過ぎちゃうときは自分が歌うときに自分の世界を想像して歌うってのも一つの手だと思う。例えばステージという空間をイメージしてそこには誰も居ないとかさ?お客さんがいるときは流石に想像の仕方を変えないと駄目かもしれないけど今聞いてるのはアタシ一人なんだから。自分だけの空間ってのを作るだけでも結構変わると思うよ。竜弥はいいもの持ってるからちゃんと活かせる歌い方をしないと勿体ないよ?」
「な、なるほどな……」
怒涛の勢いで千里先生から指摘をされてしまう。
いいものを持っているというのはおいておいてぐうの音も出ないほどの正論に俺は本当に返す言葉も出なかった。教えを乞いたいと言ったのも俺だからなんとも言えないけど千里って本当に音楽に関しては手を抜きたくないんだろうな。
それにしても空間か……。
俺も似たようなことをしたことはある。神無月ロウガであるときは自分の空間を広げてRPをしているからだ。ロウガは狼人だから山の中で生活しているからとかそういう方向で話を膨らませることが多い。
なるほど、確かにこれなら俺にも出来そうだ。
「竜弥、もう一曲歌ってみて?竜弥ならきっと出来るはずだから」
同じ曲をもう一度選び、俺は歌い始めることにする。
このアーティストのことを知ったのは千里が歌詞のワンフレーズを口ずさんでいるのを聞いたことがあった。いつもならきっと千里が楽しそうに何か歌ってるんだなという気持ちで終わったのかもしれないが俺はあのとき頭の中で歌詞が忘れることが出来なかった。
俺は食い気味に歌手の名前を聞いた。
千里は俺にそのバンドについて教えて貰い、昼休みの時間を使って俺は教えてもらったバンドの楽曲に浸ると俺はものの見事にハマってしまい夜の散歩では必ず聞くほどハマってしまうほどだった。
このバンドの歌は決して明るい曲ではないのだが暗い曲でもないのだ。
”負けた”人達に捧げるというより"逃げた"人達に送る曲が多く俺は共感してしまい、千里以外の歌で初めて涙がを流したのだ。
こんなことを言ったら恵梨はあまり良い顔をしないが歌詞の一つ、一つが自分に当てはまるような気がしていて偶然の出会いにも関わらずまるで出会うべくして出会ったバンドだったのかもしれないと刷り込むほどだった。
今でも俺はこのバンドの楽曲を聞くことが多く、俺はこのバンドの曲なら誰にも負けないぐらいに好きだ。ただカラオケで歌うには曲が長すぎる為、基本的に歌うことはなかったが千里の前だったら歌ってもいいだろうと俺は自分の十八番を歌うかのように歌っていたのだ。
そして、この歌に命と言う名の空間を吹き込むとすれば……。
『泥臭さ』
というものが相応しいだろう。
これはこの曲だけの話ではないがこのバンド自体泥臭い曲が多い。深き絶望から小さな光を探し出すような曲が泥臭い歌詞がきっと多くの人の助けになってきたのだろう。
『分かる』
なんて簡単な言葉で片付けるのはよくないかもしれないがこの泥に塗れたような人生を送って来たような歌詞だからこそ俺は感動という言葉を得て分かるという気持ちになれたのだろう。自分が不幸だとか泥臭い人生を歩んできたとは言うつもりはないが人とはかなり違う人生を歩んできたのかもしれないのは事実かもしれない。
かなり違う人生か……。
俺はこれからの人生を喜劇に変えていきたい。願うだけで叶わないのは分かっているからこそ俺は自分の行動で実行していきたい。どれだけ人と変わっている人生を送っているとしているとしても変わることが出来ると……。
それこそが俺の"泥臭く生きる"ということなのだから。
「……どうだった?」
自分の世界、空間に浸っていただけと言われたら頷くことしか出来ないだろう。
言われるかもしれないということを覚悟しながらも俺は千里の言葉を待っていると、何かが鳴る音が聞こえていた。スマホの音だろうかと思って机の上を見るがどうやら違うようだ。
いったい、何の音だろうかと周りを見渡すと千里が手を叩く音、拍手をしている音だったのだ。
「凄い良かったよ竜弥」
「俺が凄かったというより……この曲を作ったバンドの功績って感じもするけどな」
この曲や他の曲を作れるほどの才能があるということは、苦しんで苦しんで上での経験があってのもので生まれた語彙や感性で生まれたものなのだろう。体験というものは何事にも勝るものはないのだろうから。
「既存のものに色を加えて馴染ませるのも一つの手法だよ。こういうの意外と難しかったりするんだよ?解釈が違うって言われることもあるのも当然だし、恵梨に同じ方法を教えたら意味分からないって言われたことあったし」
空間……。
恵梨の言いたいことも分かる気がする。最初に空間なんて言われたとき、なにを言っているんだ?と一瞬頭が困惑していたのは本人には言わなかったが……。ぶっちゃけこれを実践できて見せた俺も意味分からんな……。
「空間ってのはよく分かったんだけど……ぶっちゃけ俺は千里が見てるから上手に見せたいという気持ちは変わらなかったと思う。さっきみたいに意識し過ぎたつもりはないけど目の前で好きな奴が聞いてくれてるなら多少なりとも上手く見せたいっていう気持ちはあったからさ」
「好きな奴か……」
言葉に浸るというのはこういうことなのだろうか。
千里に対して俺は遠回しに好きだと伝えることは多けれど直接的に好きだと伝えることはあんまりなかった気がする。俺が照れ隠しで言わないだけなのだが……。
「あの本にもちゃんと伝えた方がいいとは書いてあったな」
ちゃんと伝える方が大事と言われても恥ずかしさの方が勝ってしまうのも事実だった。
こういうのは恥ずかしがる方がカッコ悪いと言うしな……。
なら……。
「千里のことが好きだって言う気持ちがあるからちゃんと俺は歌うことが出来たんだと思う。……いや、違うな。俺は大好きな千里の前だからカッコいいところを見せたかったんだと思う。真剣に上手く歌って見せて千里に凄いとかカッコいいとかって言われたかったんだ、尊敬もしているからさ」
尊敬しているという言葉を付け足した時点で逃げた感が出ているが実際俺は千里のことが好きだし尊敬もしている。あんなにもカッコいい歌声だったり綺麗な歌声をはっきりとした形で出せたり、音程の性格さ、リズム感、表現力、個性といったものが全て兼ね備えている。
彼女自身はアタシなんかより上手い人全然いるよと謙遜することが多いが実際千里の歌声を好きだという人が多く、千里が前に活動していたナタデ子という活動名のチャンネル登録者数は37万人であり、再生回数も100万再生を越えているものが多く存在するのだ。
俺は千里に再会する前にちょっと調べただけであのときは知らなかったが最近になってナタデ子というか、千里がどれだけ凄い奴だったのかこの目で知ることになったのだ。千里の才能は俺も知っているとはいえ、本当に驚かされるばかりだ。
こんなことを言ったらまた謙遜されるだけだろうけどな……。
実力はかなりあるんだし素直に受け取っても俺はいいと思うんだがな……。
「凄い大胆に言ってくるじゃん……。そっか……アタシのこと尊敬してくれてるんだ?まあ……竜弥の先生みたいなところはあるから当然だよね」
尊敬していると言われたことが嬉しかったのか、珍しく謙遜することなく誇らしげに笑ってみせる千里。俺が教えを乞いたいと言ったからすっかりその気になっているのかもしれない。楽しそうだからこのまま乗っかってみるか……。
「ああ、これからもよろしく頼むよ千里先生」
「うん、任せて。誰かのことを感動させられるぐらい凄い歌声にして見せるから」
千里のように俺は歌で人のことを感動させることなんて出来るのだろうか。
少し不安になりながらも俺がさっき歌っていたとき千里は少しうるっとしていたような気がしていたのを見た気がする。もしかしたら俺は本当に人のことを感動させられることが出来るのだろうか。
こんな俺でも……。
「ああ……頼むよ」
さっきの千里の様子を見た限り、俺には何か秘めたものがあるのかもしれない。年甲斐もなく少し痛いことを思いながらも俺は次歌うときは千里のことを感動させられるぐらいにはなって見せたいと決意を固めていた。
◆
私はリューと再会してから此処最近の彼のことを尾行していた。ストーカーみたいで気持ち悪いから止めておくべきだったのは理解しているし、特急お巡りさん行きになりそうなことをしているのも分かっていたけど私はこの二年間、どうしてもリューがかなり変わったような気がしていたよ。
そりゃあ二年もあれば人は変わるし逆に私達は会ってなかったんだから変わってると誤認することだってあるのかもしれないけどどうしても気になって仕方なかったよ。本当は面倒だからこんなことはしたくなかったんだけどねぇ。でも気になってしょうがなかったから私はこいつストーカーですと言われてもいいから尾行していたよ。
『なんだ……これ……』
リューがエリーに話しかけようとしたとき、何かが起きていたのを私は勘づいていたよ。
私はこのとき疑念は確信へと変わり、場を離れて事件のことを調べたがあの当時起きた事件は間違いなく恵梨が元いたバンドの厄介ファンが引き起こした事件だというのは変わらなかったよ。
次に私はある人物に電話をして会う約束を取り付けた。
彼女とも連絡するのは二年ぶりだったから連絡先が変わってたりしないか不安だったけどそのままだったから本当に良かったよ。
「樫川竜弥……リューのことを教えて欲しいの」
約束の当日になった私は目的地の場所へと向かった。
樫川結衣ちゃんことゆーちゃんを呼びだした私は単刀直入に竜弥のことを聞き出そうとした。これが正しいことなのかは分からない。間違ったことをしているのかもしれないけど何もなければそれでいいんだよ。
本当に無ければ良かったんだけどねぇ……。
現実ってのはどうもクソみたいな展開の盛り合わせみたいで本当に腹が立って仕方ないよ。聞いた私はこればかりは本当に面倒なことを聞いてしまったと後悔したよ。
え?なんて言葉が返って来たのかって……?
ああ、それはねぇ……。
「お兄ちゃんは血が繋がってないんです……。私ともお母さんとも……」




