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王国魔導省特別執行局  作者: 帳雪
亡者と稲妻
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2.亡者と稲妻(3)

「閣下、一帯の封鎖が完了しました」


「ご苦労」


軽装鎧に身を包んだ兵士が敬礼と共に連絡を済ませる。

応じるウィステリアの声は静まり返った街区に静かに響いた。


ウィステリアが振り返ると、そこには三者三様にその時を待つ部下が揃っている。


「……」


壁に背を預けて瞑目するノックス。


「ふふっ…」


それを良いことにちらちらとその顔を覗くコヨイ。


「大丈夫…出来ることをやるだけ…」


胸に手を置いてしきりに息を入れるスミス。

それぞれ制服の色調は異なるが、腰に灯りとなるカンテラを吊るしているのは共通していた。


「定刻だ。突入しろ」


二、三歩ウィステリアが歩み寄って凛とした声音で作戦の発動を告げた。

それに合図にノックスが目を見開き、襟を正す。


「行くぞ」


言葉少なに歩き出し、曲がり(みち)まで歩くとそのまま制服の裾を(ひるがえ)しながら路地を曲がった。

道を抜けるとすぐ館が見えてくる。


ただ、館とは言っても少し豪勢な家と言った外観だ。

あくまで外観はだが。

館はネリエル家の背景から素性を公に出来ないため、市街に紛れても違和感のない規模に留められている。


が、その実は地下を堀り広げる形で拡張が図られており、間取りを見た限りでは見た目以上の面積を有している。

地下の空間も合わせれば単純に見えるだけの範囲から四倍から六倍ほどはあるだろう。

これ程の規模の建造物をよく紛れ込ませた物だ。


一行の足取りはやや早足といった速度。

それほどかからずに屋敷の入口まで辿り着く。


「スミス、手筈通りに」


「ああ、了解だ」


最後尾からスミスが躍り出て扉の前に片膝立ちになる。

ポーチから取り出したのは独特な青色をした柱状の物体だ。

それを用いてスミスは手慣れた手つきで扉に文字とも図形とも取れる物を書き始める。


スミスが使用したのは「青光炭(グロウチャコール)」と呼ばれる道具だ。

錬金術によって生成され、それ自体が魔術触媒として利用可能なため、魔術師はこれを用いて方陣を作成する。

独特の色味と光沢を帯びた筆跡を残すため、魔法陣といえばこれと記憶する者も多い。


「よし出来た、離れてくれ」


彼は手早く方陣を書き上げると、二人が離れたのを確認してから術式を起動させた。


「『爆ぜよ』『深閑(しんかん)と』」


方陣がたちまちに赤い光に包まれ、建付け部分の金具が爆発によって破壊される。

しかし爆発の音は異様なほど小さく、僅かに金属のひしゃげる音を立てたのみだった。

常識を逸脱したそれはスミスの術式改変による効果だ。

珍しい物を見ました。と言わんばかりにコヨイが驚いた表情を見せる。


「よし、指令通り最優先は当主『サーカイト=ベル=ネリエル』だ。速度重視で行くぞ」


建付けの緩んだ扉を引き倒して侵入経路を確保するとノックスは一度だけ視線を二人に寄越して歩き始めた。

速度を重要視する理由としては、広大な地下のどこかに脱出経路を設けている可能性が示唆(しさ)されていたからだ。

建設時の間取りにこそその類は確認されなかったものの、反逆が計画的な物ならそういった備えがあってもおかしくない。

一帯はウィステリアの指揮の下封鎖されてはいるが一網打尽に出来るならそれに越した事はない。


エントランスには僅かな灯りもなく、腰に吊り下げたカンテラだけが唯一の光源だった。

決してその明かりも弱い物ではないが、それだけでは見通しきれない程度には部屋は広い。

だが間取り自体は事前に伝達があったため目印があれば進行は可能。

少し歩くとすぐに二階へ通じる階段が見つかった。


「階段だ。裏側に回るぞ」


主要な探索箇所になる地下への入口は階段裏に隠すように配置されているとのことだった。

性質上地上部分は表沙汰になってまずいものもあまり置かないだろうとの判断で執行局は地下への突入が割り当てられているため

そのまま階段を迂回して地下への入口を目指す。


「待ってくださいノックスさん」


「……」


「います」


階段の正面から一度曲がり、もう一つの曲がり角が見えてきた時点でコヨイがノックスの後ろから制止の声を掛けた。

存在への察知はほぼ同時だったのか、ノックスも即座にその足を止めた。


「出て来なさい。奇襲は無意味です」


コヨイは曲がり角の向こうの暗がりに向かって強く声を投げかけた。

声は薄く響いて暗闇に消えてしばらく経った。

が、やがて小さく吐息を零した後に小柄な影がカンテラの照らす下に現れた。


「招いてもないのに現れて不躾(ぶしつけ)な客人ね、忌々しい…!」


皮肉と呼ぶには怒気が露になりすぎている言葉を零しながら、まだうら若い女性が一人姿を見せる。

装いはおおよそメイドのそれだが、スカート丈の短さを主として妙に露出が多い。

しかし一行の視線はそこではなく少女の両手に注がれる。


「察知されていますね。お二人は先を急いでください」


メイドの少女は両の手に二本の剣を既に握っている。

カンテラの灯りを受けて橙に輝く刀身は両方とも少女の身の丈に合わせて短めの物だが、立ち姿から付け焼刃ではないとコヨイは確信した。

そして侵入から間もないのに戦闘態勢で現れたということは、隠行(いんこう)の目論見が崩れたことを意味している。


「行かせると思うか…っ!!」


「押し通ります。そして申し訳ありませんが、あなたもここで斬ります」


コヨイの言葉が引鉄になったように少女は動くが、直後飛来した斬撃が先んじて少女の行き先を変更させた。

抜刀と同時に「白鳥(しらとり)」を放ったコヨイはそのまま一足で太刀の間合いに入る。

回避行動によって地下への入口から離れる形になった少女と、ノックス達の間に入り込むように位置取った形となる。


「『()らずの雨』」


そこからコヨイは文字通り、刃の壁となった。

型の名を発したのが呼び水となったように目にも止まらない速さでの斬撃を見舞う。


「くっ…!」


都合三十八の斬撃と刺突によって構成されるツバキ流・芽術(がじゅつ)「遣らずの雨」。

目を見張る数の連撃はいっそ攻撃的にも見えるが、この技の狙いはこれらを全て防御させることにある。

反撃を許さない速度での連攻と言えど型の完走には少なからず時間を要し、その間被攻撃者は大きく行動を制限される。


連携を前提とした技ではあるが、完全に型が成功すれば最終段から相手は大きな隙を生じることから大技の起点にも利用される。

もっともそれは人間離れした精度と臨機応変さを活かした型の完走が必要ではあるが。


「行くぞ、スミス」


「ああ!気を付けてくれコヨイさん!」


その間に二人は地下室への階段を降りて行く。

メイドの少女は歯噛みする様子を見せるが、嵐のような斬撃を受けることに既に全力を注いでいるためその阻害は叶わない。

(おびただ)しい密度での剣の打ち合いによって凄まじい数の火花が生じ、屋敷の暗がりを駆逐するように鮮烈な光が咲く。


途切れることなく生じる火花は、同時に少女がその猛攻を凌いでいることも証明していた。

二刀の剣を器用に操り、時に払い、時に受けて甲高い擦過音(さっかおん)を撒き散らしながら刃を逃れている。

しかしそれも終わりの時が来る。


三十八撃目を受けた時、両手のショートソードがどちらも床に触れそうな位置まで下がった。

この状態からの防御は間に合わないと見てコヨイは体を回し、上半身に向けて横薙ぎを放つ。


「…なんと」


「この…程度で…っ!!」


回転を終えた先でコヨイは信じがたい物を見た。

喉元を裂いたかに思えた刃は少女の口元で静止している。

あろうことか刃に噛みつき、その進行を抑えているのだ。

その証拠に少女の口角は確かに裂け、しとどに血で口元を濡らしている。


思わぬ形で必殺を防がれたコヨイは一度間合いを取り、構えを取りなおす。

相手は一メイドではあるがその執念には目を見張るものがある。


「…ツバキ流、コヨイ=ベル=クロイツライン」


目の上に水平に刀を構える形でコヨイは静かに名乗りを上げた。

王国内外を問わず、戦場において名を名乗ることは相手への敬意の表明となる。

つまり少女の執念はコヨイの感服を買うに至ったという訳だ。


「っ……リース・トット。この身この心ともにネリエル様に捧げた者」


血を吐き捨ててから少女も名乗りを返す。

流派などがない者は信念を語るのも通例だ。

リースと名乗った少女が語った言葉に「やはり」とコヨイは納得する。


先の攻防といい、リースの手に垣間見える痕といい、とてもメイドが修める剣技の域を超えている。

近衛を兼ねるとしてもあれほど死に物狂いに職務を全うしようとするのも珍しい。

何らかの感情に突き動かされているのかと勘ぐったが、それは正解だったらしい。


「せめてもの手向(たむ)け、主従諸共(もろとも)に討ち果たしましょう」


「やってみろ!!」


リースの抱くそれが慕情(ぼじょう)と知ってもやる事は変わらない。

下手な同情も憐憫(れんびん)も滑稽な冗句に過ぎないことをコヨイは理解している。

故に言葉は最低限に留めた。


激情に駆られて飛び込んでくるリースの剣を反射で迎撃しながら、頭では戦局をどう動かすかの判断を巡らせる。


彼女の剣は恐らくレイビアント流を軸に組み立てられている。

レイビアント流はクロイツライン流と同時期に発生した三大流派の一つであり、双璧を成す存在だと言えた。

剛剣を特徴として挙げられるクロイツライン流と対極的に、技巧・理論派で知られる一門だ。


ツバキ流と似通う点はあるが、最も差別化されている点は扱う武器の多寡(たか)

ツバキ流が原則刀を用いるのに対し、レイビアント流は片手剣や二刀流を主とし、他にも槍、極めつけには拳を用いる者すらいるという。

現代においては魔術との併用も研究されており、「最も技の多い流派」ともされている。


リースの扱う二刀流は機動力を活かした戦闘法がメインとなる。

が、それはクロイツラインの剛剣を相手取るのを前提とした時の話。

片手で受けきれない威力の斬撃を放つクロイツライン剣士と違い、コヨイの太刀はそれほど重くない。

充分に片手による防御が可能で、かつそれが両手分あると考えた方が良い。


この時点でコヨイの取る戦法は確定した。


「(一撃決着は望まない。少しずつ崩します)」


相手の力を利用して戦うツバキ流にとって、防御寄り速度重視の相手はあまり相性のいい相手とは言えない。

だが戦場において相手を選べる方が稀だ。

そんなことは誰よりも理解していた先人が残した戦法を取る。


非力なツバキ流においての次善策。

出血や欠損程度の負傷を蓄積させて相手を無力化する方法だ。


時間はかかるが致し方ない。


「(ノックスさんがいればあちらは大丈夫。私は私の務めを果たすのみ)」


------------


「…悪趣味だな」


「ああ、これは…気分が良い物じゃない」


コヨイに先行した二人が歩いているのは、地下牢によく似た構造の通路だった。

直線の道から幾つも枝分かれするように小部屋があり、部屋の入口には頑強な鉄格子が埋め込まれている。


それだけであれば良かったが、牢の中には多種多様の器具が備えられており、スミスは十を超えた辺りから数えるのをやめた。

十字架、車輪、絞首台、棺のような物…

拷問器具とも処刑器具とも取れるそれらが単なる蒐集品(しゅうしゅうひん)でないのは牢の痕跡を見れば明らかだった。

中にはまだ血だまりが乾ききっていないものすらある。


日の光すら射さない場所で行われた酸鼻(さんび)の光景は想像するだけでも苦痛だった。


「だがまあ…(かえ)って好都合かもな」


「……?」


スミスはノックスの発言の意図を図りかねて彼の顔を見た。

が、カンテラでいくら照らしてもいつも通りの無表情からは残念ながら読み取れない。

仕方なく彼が仔細(しさい)を語るのを待った。


「殺すのに罪悪感を煽るような相手でなくて良かったって事だ」


「…そういう意味か」


ノックスなりにスミスの事を気にかけてくれてはいたのだろう。

思えばいつもより若干だが口数も多かった。

肝の据わった冷たい年下だとは思っていたが、案外血の通う所はあるみたいだ。


「コヨイさんが慕う理由も分かった気がしたよ」


「…なんであいつの話が出てくる」


少しおどけてスミスがそう言うと、普段コヨイの視線を避けるのと同じように目を逸らした。


「そんなことより、警戒しろ。ここは人の気配がなさすぎる」


「むっ、そうだな」


反応が面白いのでもう少し追及したい気持ちもあったが、この場所でそれを押してまですることもない。

気持ちを切り替えて注意を辺りに注ぐ。


ノックスの言う通りエントランスで出くわしたメイド以降人らしき人を一度も見ていない。

これ程広い屋敷にあっても、だ。

この規模の邸宅の管理がメイド一人で事足りるとは到底思えない。


にも関わらず誰にも出くわさないというのは不自然だ。

あらかじめ避難したという可能性もあるが…。


それから十分ほど歩いたか。

前を歩いていたノックスがふと立ち止ってスミスを制止した。

耳を澄ませると二人以外の場所から僅かに靴が擦れる音が聞こえた。


「そこにいるんでしょう?どうか出てきて欲しい」


それと同時に男の声が飛び込んできた。

声は若くはない。そしていくらか反響して聞こえた。

恐らく音源からして曲がり角の向こうから呼びかけているが、あちらも同じように気配を気取ったのだろうか。


「(どうする?)」


「(術式をいつでも撃てるようにして距離を詰める。何かする素振りを見せたら迷わず撃て)」


声を潜めて最低限にやり取りし、先んじるようにノックスから角を出る。

続いてスミスも狙いを定めながら行く。

角の向こうにいたのは、初老程度の年齢に見える男だった。


燭台を片手にぽつんと立っている。

男が立つ場所は何かの広場なのか急に開けていて、蝋燭(ろうそく)の灯りだけではその一帯を照らしきれずに四隅に暗闇が残っていた。


「ああ神様。どうしてこんなことに…。信じてください、私は魔導省の言いつけに従っただけなのです」


初老の男は左袖で目元を拭う仕草を見せた。

もう片方の手に持った燭台は小刻みに震え、振動を受けた蝋燭の火が踊るように揺れる。


「サーカイト=ベル=ネリエルだな?抵抗しないのなら楽に殺してやる」


「待って!どうか話を聞いてください…。確かに私は死霊術に手を染めていましたが、脅迫されていたからです。見逃して頂ければ全てを忘れて静かに暮らします。ですのでどうか…」


「……」


ノックスの無慈悲な通達に半ば被せるようにサーカイトが弁明する。

切実に訴える声は高く、大きい。

狭い通路に反響して殊更に耳に障る。


「つまりお前に害意はないと?」


「その通りです…!あなた方が何を聞いて私を殺しに来たのかは分かりませんが、それは王国が口封じにそう命じただけでございます…」


「その割には楽しそうに拷問に勤しむ声が聞こえていたが?」


スミスは不可解な物を覚えてノックスの顔を見た。

記憶する限りではそんな声がした覚えはない。

が、横目に見えたサーカイトの表情に一気に状況を察知した。


サーカイトが浮かべた表情は、苦々しい顔。

図星。

脳裏を過ったのはその言葉だった。


「撃て!」


「『雷光術群(ライトニングワークス)其の四(フォー)』!」


直後ノックスの号令と同時に術式を励起する。

選択したのは雷光術群の四番術式「ピアシングボルト」。

若干の電荷は帯びているが、この術式の趣旨は貫通力にある。

鎧程度なら貫いて致命傷を与えるに余る威力、寝巻に近い服装のサーカイトでは防げない。


「『隆起(りゅうき)せよ』!」


状況の破局を悟ったサーカイトはその場から大きく後退り、術式を起動した。

暗闇を裂いて至近まで雷が迫るが、直後せり上がってきた土の壁がそれを拒む。

同時に土壁は広間と通路を分断し、サーカイトの逃げた通路への道を塞いだ。


「すまない、取り逃がした…!」


「いや、いい。それよりあいつを…スミス!」


突然の大声に驚きながらノックスの方を見た。

そこには目と鼻の先まで突き込まれている剣の切っ先があり──


「なっ!?」


「ギッ…ァア…!!」


反射的に身を逸らした所で後ろから迫って来ていた何かを貫いた。

人で言えば眼窩(がんか)の所を貫通させた形だが、その割には出血は少ない。

さらには即死していてもおかしくないのにまだ幾らか呻いて悶える余地すらある。


それを目にするのは初めてだったが、ああ、なるほど。

これは確かに「亡者(アンデッド)」と呼ぶのが相応しい。


亡者はその一体に留まらず、スミス達が来た方向から通路を埋め尽くす勢いでやって来ている。


「無事か?クソッ、聞いていた検体の数より明らかに多いぞ」


「…使用人達だ、ノックス。一瞬見えた後ろの亡者、まだ使用人らしい服を着ていたのが見えた」


スミスは気づきたくなかった事実をノックスに伝えた。

検体は王国側からネリエル家に根回しされていた死体や素体を指す。

それより亡者数が多いということは、それ以外のルートから調達された死体があったということに他ならない。


「クソ…本当に状況が悪い。『爆ぜよ』!」


ノックスはサーカイトが逃げた方へ一瞬走ると、呪符を張り付けて土壁の中央を破壊した。


「いいかスミス、よく聞け。サーカイトは追わないといけないがこの亡者共も抑えないといけない」


だが、とノックスは続ける。


「次さっきみたいに術式を使って逃げられたら俺では追えない。お前がサーカイトを追え」


迫ってきたもう一体の亡者の首を落としながらノックスが伝える。

表情はとても険しく、彼なりに苦渋の決断であることが窺えた。


「追いきれないと判断したら最悪追わなくてもいい、行け!」


「…っ!ああ!そっちも気を付けろよ!」


スミスにも一瞬の逡巡が生じるが、これを振り切るようにサーカイトを追う。


「…虚勢を張るのも大変だな」


彼の足音が完全に聞こえなくなってから、ノックスは溜め息とともに零した。

スミスの前でこそ冷静であるよう努めていたが、正直こちらも旗色は良くない。

普段は余計な軋轢を生まないよう言及すらしないが、ノックスは自分の実力がそう高くないことを自覚していた。


スミス程術式にも恵まれず、コヨイほど突き抜けた剣の才覚もない。

潜った死線の数が最低限度の練磨を成したがそれだけだ。

策を(ろう)する余地のある対人戦闘に比べると、今のような物量に(たの)まれるような戦法とは実は相性が悪い。


ただ綱渡りでも実行しない選択肢はなかった。

道半ばで行き倒れるつもりは毛頭ない。

憎き魔女をこの手で討つまでは。


「(始めよう)」


深く呼吸を入れ、順手に持った剣を逆手に持ち変える。

戦闘を行う場所が広場ではなく通路とする故だ。

狭ければ相手は数の利を活かしづらい。

こちらも剣は振りづらいが、囲まれて圧殺される可能性と天秤にかければ些事(さじ)だ。


今、それぞれの戦いが始まろうとしていた。

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