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王国魔導省特別執行局  作者: 帳雪
亡者と稲妻
5/29

2.亡者と稲妻(2)

------------


「本当にいいんですね?」


「ああ、身の危険を感じる程度には強く打ち込んできてくれ」


訓練場の一画、決闘リングにはコヨイとスミスの姿があった。

リングは存分に走り回れるほどには広く、それを囲うように客席や刃引きした武器の棚などが点在する。

ノックスは客席に腰掛けてその様子を見ていた。執行局の三人以外にもまばらに人影はある。


三々五々の視線を受けながら二人は構えた。

コヨイは細身の木刀を、スミスは徒手だが両手を独特な姿勢で突き出している。

具体的に言及すれば、半開きにした右手を真っすぐ突き出し、それを左手で支えるような形だ。


「準備は良いか?」


「ええ」


「いつでも」


ノックスが声をかけると視線は動かさず二人とも頷く。


「では…始め!」


号令を出すと同時に両者は動いた。

訓練と言うには些か実戦形式に寄ったこの催しは、スミスの提言で始まった。


「その、摸擬戦をお願いしたい。恥ずかしながら僕は実戦経験がない」


伏し目がちにそう伝えたスミスには緊張の色が滲んでいる。

それほど物怖じしない性格だと思っていたため、これには残る二人も少々驚いた。

最も、統一武技祭のファイナリストという肩書が先入観としてあったというのもある。


「もちろん言いたいことは分かる。ただ…実戦が殺し合いだという事を思うとどうしても身がすくむんだ…」


それはスミスの前歴を思えば無理からぬことかもしれない。

スミスの元いた戦略企画局は主に作戦参謀を担当する部署だ。

よって立ち位置は後方が基本。前線に上がることは少ない。


だがその身の上を汲んでやれるほど甘い世界でもない。

包み隠さず言えば執行局は殺しで成り立っているような部署だ。

誅殺と言えば大義に拠る物と思うかもしれないが、大義に酔える程綺麗な世界でもない。

そして何より、一方的な殺しではなく正しく殺し合いだ。迷いがあって生き残れる場所ではない。


「…頼む。肝心な時に何も守れないのは、耐えきれない」


「…私で良ければお付き合いしますよ」


スミスが拳を握りしめてそう口にすると、コヨイが応じるように前に出た。

スミスの言葉に思う所があったのか、動機は同情や憐憫(れんびん)などではなく共感のように見えた。


そして時は現在に戻る。


まだ若干ながら強張りは見えるが、スミスの顔つきは真剣その物だった。

突き出した手から光が弾け、それは瞬く間に勢いを増す。

空気を焼く光の正体は雷。

スワイトベルト家相伝の術式。


「『雷光術群(ライトニングワークス)其の五(ファイブ)』!」


勇ましい励起詠唱と共に眩い電光がコヨイに向かって伸びる。


ノックスの記憶が正しければ、雷光術群(ライトニングワークス)は1から7までの術式に分岐する攻勢術式だったはず。

およそ数字が若いほど交戦距離は短く、大きな数字ほど遠距離向き。

そのレンジの広さは特筆に値する物だ。

電撃を用いる特性上、致死性・非致死性の調整も効くという全局面型の術式でもある。


「っ!」


電撃は着弾も速く、それでいてスミスの形式だと詠唱も短い。

総合的にかなり攻撃に向いた術式だと評価出来るが、コヨイ程の反応速度があるならば話は別だ。

斜め前方に踏み込む形で稲妻を躱す。


「『反唱(はんしょう)』!」


しかしそれで終わりではない。

術式には通常、励起後から再使用までの待機時間(リキャスト)が存在する。

が、スミスの五番術式は追加詠唱によって一度の術式励起を利用して複数回術式の効果を発現させる。

理論上はかなりの連射が可能だが、その試みは脆くも崩れ去る。


先ほどの攻撃で既に術式の概要を看破したのか、稲妻の出現に合わせて既に木刀が構えられている。

木刀の表面は淡い光を纏い、上級剣士の象徴たる技の発動を待っていた。


「『雷火返(らいかがえ)し』!」


ノックスはそれを破斬などの魔術破壊を行う技かと踏んでいたが、コヨイが叫んだ名は違った。

迎え撃たれた雷が木刀に触れた瞬間、常ならば霧散するはずの軌道が跳ね返るようにスミスへと戻る。


ツバキ流・葉術(ようじゅつ)「雷火返し」。

原理自体は破斬と同じだが、攻勢魔術の相殺ではなく反射を行う。

ノックスも初めて見る技に密かに瞳を驚きで丸くする。


予想外だったのはスミスも同様だろう。

剣士のリーチを超えての攻撃に詠唱を止め、回避行動を取らざるをえない。

その隙に付け込んでコヨイが迷わず距離を詰める。


「くっ…『雷光術群(ライトニングワークス)其の三(スリー)』!」


それを掣肘(せいちゅう)してさらに詠唱が響く。

励起と同時に感じた魔力の揺らぎに、コヨイは急制動を取った。


魔力の流れは基本的に不可視だが、鍛錬によってその動きを感じ取ることは可能だ。

そして大規模な術式を行使する程魔力の揺らぎは大きい。

湖面に石を投げ込むか、枝を投げ込むかの違いのようなものだ。

水面の揺らぎによってその大小を把握することは出来る。


コヨイが察知した感覚に違わず、続く術式は広範囲を覆う物だった。

スミスを中心として球状の電気力場が展開され周囲を制圧する。

展開速度と範囲は優秀だが、この規模の術式の連発は難しいだろう。


直感的にそれを悟ったコヨイがさらに距離を詰め、さらに両者の間は縮まった。

一般的には近距離とされる間合いだが…


「(ノックスさんの話を聞く限り油断(まか)りなりません)」


コヨイに油断の文字はない。

摸擬戦と言えども気の緩みは微塵もなく、実戦さながらの眼力の鋭さが宿っている。


「『雷光術群(ライトニングワークス)其の二(ツー)』!」


木刀の間合いまでもう一歩という所でスミスの術式が発現する。

重ね合わせた掌から何かを引き出すように手が開かれ、その間に激しく明滅する電撃の鞭が生まれる。

振り抜かれたそれを断ち切るようにコヨイは木刀を振るうが─


「(切れない…!)」


飛びかかって来る鞭の軌道を逸らすに留まる。

破斬などの対術式の剣技も万能ではなく、術式の出力によっては完全には機能しないこともある。

それを逆手に取ったのが「雷火返し」のような技ではあるのだが。


直撃は避けたものの、続く第二波、三波の電撃鞭が唸りを上げて襲い掛かる。


ゆうに木刀より長いそれはコヨイに接近を許さない。

払い、防ぎ、躱しながら逆転の機を窺う。

見ようによっては一方的な展開にも見えるが、識者が見れば大局はコヨイ側に傾いていると判断したことだろう。


攻撃こそスミスが加え続けているが、盤面は膠着している。

だがそれは魔術師にとっては劣勢も同義なのだ。

このまま膠着が続けばいずれスミスの術式は途切れ、そのまま攻め入られる隙を生む。

術式の発動コストに対して充分なアドバンテージが取れていないという状態にある。


そして五花(ごか)たるコヨイは、その時をすら待たずに状況を打破した。


「(ここです─!)」


直上から振り下ろされた鞭とコヨイの姿勢が、思い描いた状況と完全に一致した。

鞭と完全に垂直になる軌道で木刀を叩き込む。

鞭の中ほどから軌道が歪むが、そこでコヨイの動きは止まらない。


「『鉄裁(てっさい)』!」


鞭からむかって右から打ち込んだと同時、独楽のように体を回し、さらに左からも木刀の一撃を加える。

振り抜かれた木刀が立てる破裂音は二度鳴ったはずだが、それを見る観衆の耳には一度の音しか聞こえない程の速度で行われた。


その出力と柔軟性からコヨイの斬撃を耐えてきた電気鞭も、これには衝撃を逃しきれず半分ほどの長さに切断される。

未だスミスの手元に鞭は残るが、剣士相手に頼るには少々心もとない長さだ。

崩れかけた均衡が今まさに傾く。


雷光術群(ライトニングワーク)…ぐぅっ!?」


当然スミスも立て直しを図るが、それも彼女の読みの内だった。

スミスの後退を咎めるように最大全速で踏み込んだコヨイの打突がスミスの鳩尾(みぞおち)を捉えて詠唱を中断させる。


たたらを踏むスミスは左手で胸を押さえてはいるが、まだ戦意は消えていないようだった。

右手を突き出して何かの術式を行使しようとする所までは見て取れたが、即座に木刀が跳ねてその手をかち上げる。


「うっ、ぐあっ!」


そのままコヨイは姿勢を低くして回転。

スミスの足元を刈り払うように蹴撃を見舞った。

既に重心の上がったスミスがこれに耐えれる理由もなく、背中から決闘場の床に倒れ込んだ。

すかさずその喉元に突き付けられる木刀。


「そこまで!!」


完全に形成の傾いた状況を見てノックスは終了の合図を告げた。

決闘場にいる二人も視線は未だに相手を見ているが、その掛け声と共に動きを止める。

合図の残響が消え入る頃、まばらにいた他の観客からパチパチと拍手が送られる。


「…完敗だな」


「いえ、実戦抜きでこれなら充分な物でしょう。お手をどうぞ」


はは、と軽く笑いスミスはコヨイの手を取って起き上がった。

鳩尾や右手の被攻撃箇所をさすってはいたが、流石に問題はないようだ。

スミスは調子を確かめるようにしながら、コヨイと一緒に観客席にいるノックスの方へ歩いて来た。


「その、どうだろう、ノックスやコヨイさんから見て。忌憚(きたん)の無い意見で構わない」


自分を落ち着かせるように一度息を吐いたスミスが口を開いた。

意見を仰がれた二人は示し合わせるように視線を向け合った。

お先に。と目配せを受けたノックスがまず評価を伝える。


「動きに捻りがない。要所の判断は正確だが、正確過ぎる。動きを読まれないように緩急を付けた方が良い」


「むっ…」


同意です、とコヨイも続く。

正確過ぎる、というのは妙言(みょうげん)か。


スミスの攻撃は確かに有効で最適解に近い動きをしていた。

だが、常に最適解を選択するというのは相手に行動の予測を許してしまうという側面がある。

現にコヨイは的確に反撃の一手を打ち、予定調和めいて攻撃に成功している。


ようは教本通りの動きをし過ぎていると言った所だ。

明文化されている事の出来は良いが、そこにない不文律には足元を(すく)われる。


「分かった、次は気を付けてみよう。コヨイさんからは?」


「そうですね…攻めの姿勢が少々手緩かったかもしれません」


コヨイは身振り手振りを交えながら続ける。


「私がこう動いたからこう手を打つ、という後手後手の流れに()まっているように見えました。自分に有利な状況を生めるように先手を打った方がいい場面もあるかと」


「むっ、確かに…」


「何度か意図的に隙を晒してみましたが攻撃がなかったので…。あ、そういうブラフを張る戦法もありますからそれは状況次第ですが」


「む、難しいな…」


逆に言うとそれだけ戦闘というのは流動的な状況で行うということだ。

コヨイのように使える物は自分の弱みでも使うというのは一種の教訓に違いない。


「まあ一度に身に付く物でもありません。場数を踏むしかない部分はありますし、それまでは私達もお力添えしますから」


「そうか…そうだな。よし、付き合ってもらってありがとう」


摸擬戦の開始前と比べて幾らか緊張の(ほぐ)れた様子でスミスは謝意を述べた。

実際に焦って好転するような物でもない。

居合わせた面々の総意がまとまった所でその場はお開きとなった。


------------


「確かに場数が必要とは言いましたけど…」


コヨイは今日も今日とて空席の机を眺めて呟いた。

机の主はサボりという訳でもないし居所は割れてもいるのだが…


「放っておけ。やる気がないより幾らか良い」


そう、この間の摸擬戦から一念発起したのか、スミスは実戦経験者をひたすら捕まえては摸擬戦を申し込んでいた。

なまじ素の実力がある分地道に勝ちを重ねているらしく、一種の道場破りのような輩がいると噂も立ち始めている。

勤勉というか我利勉(がりべん)というか…


「邪魔するぞ。今日は…揃っているようだな」


「ウィステリアさん」


そこで詰所に入ってきたのはウィステリアだった。

珍しくノックスが敬称を使っている。


「あ、すみません。スミスさんはたぶんまだ訓練場です。今呼んできますので…」


「いやいや、連れて来た」


バシィッ!と何かを叩くような音に合わせて何かが転がり込んでくる。

思わずノックスがそれを避けると、見覚えのあるオールバックが床に転がった。


「お、お前まさかウィステリアさんに…?」


摸擬戦を申し込んだのか?と聞く前にウィステリア自身の口から全容が語られる。


「なかなかどうして気骨のある奴だな。久しぶりに楽しめたよ」


「無謀な事を…」


今でこそウィステリアは局長というポストだが、その実はバリバリの現場上がりだ。

というかつい最近まで執行局で任務をこなしていた。

加えて家元は「暗殺公」として鳴らした超実戦的家系だ。

当然弱かろうはずもない。


それを知った上で申し込んだのなら天晴れだが…

その結果が床で震える現在なので何とも言い難い。


「さて、薄々分かってるだろうが仕事の話を持ってきた。重要度の高い案件だ、進行中・あるいは進行予定の別案件は一時凍結とする」


ウィステリアが話す内容の仰々しさに、その場の弛緩した空気が一気に引き締まる。

コヨイが知る限りでは指令書が投じられる以外の伝達方法はなかったため殊更だった。


「内容は無論、機密事項だ。情報は丁重に扱うように」


駄目押しとばかりに付け加えられた言葉がさらに拍車を掛ける。


「今回の作戦目標はネリエル男爵家、その殲滅。捕縛は無用だ、家人も全て執行対象に含まれる」


その作戦内容に無言の驚きが場に満ちた。

男爵家と言えば貴族の中でも下から数えた方が早い身分とはいえ、それでも公的に認められた身分だ。

それを問答無用の殲滅、さらには召使いなどの関係者を含めてだ。

これは異例と言う他ない。


「失礼、質問をよろしいでしょうか閣下」


「許可しよう」


いつの間にか起き上がっていたスミスが挙手し、皆が一様に抱いた疑問を投げかけた。


「許されるのであれば指令の背景についてご教示願いたく思います。それに、ネリエル家というのも寡聞(かぶん)にして聞いたこともありません」


「…いいだろう。どの道現場で見聞きすることだ」


ウィステリアはしばし悩む仕草を見せたが、やがては首を縦に振った。


「ネリエル家は特例で死霊術の研究が認可された一門だ」


理解する者には簡潔に語られた言葉その言葉で概要を察するには充分な情報だった。

この場においてはノックスとスミスが幾分か理解の及んだ表情を浮かべていた。

それと同時に驚きも。


「死霊術は国際規定で禁じられているはずでは?」


唯一その場で状況を解していないコヨイも、ノックスの指摘できな臭さを理解するに至る。


「真っ当な指摘だノックス。だから死霊術の研究はネリエル家の独断"ということになっている"」


ウィステリアの言い方は努めて行間を読ませようとする物だった。


死霊術は死体に関する魔術の総称を指す。

より狭義の認識では「死体を蘇生して兵士化させる」魔術のことだ。


その性質から死者の冒涜という風潮は古くからあり、しかし死霊術という学問がなくなることはなかった。

それは偏に戦場での有用性からだ。


戦場では言うまでもなく数えきれない程の死者が出る。

だがどうだ。死霊術を使える魔術師が一人いれば、その死体らはもう一度動く。

死を超越した精兵と化して再び前線に立つ。


兵の消耗に苦心する軍上層部としてはあまりに甘美な誘惑であったことだろう。

そうして各国は死者の尊厳と国益を(はかり)にかけながら戦の歴史を紡いできたのだ。


それは北の大国「アステシア神聖国」が国際規定に禁止条項を設けるまで続いた。

だが歴史の長さと違って、姿を消すのは一瞬でもあった。


アステシアの圧力が強かったのもあるが、何より世論の後押しが圧倒的だった。

というのも、術者の制御下から離れた蘇生死体は得てして生者を襲うのだ。

自国も敵国も関係なく無差別に攻撃を行う亡者。

そんなものが市民に受け入れられる筈もなく、実際に各国もその対策に辟易(へきえき)していたというのもある。


そうした背景で姿を消した死霊術だったが、王国ではその血脈が今なお受け継がれていたということか。

死霊術の実用性を鑑みれば王国が秘匿(ひとく)して管理下においているのも理解は出来る。


「だがネリエル家が最近反逆の兆候を見せた。よって情報流出や亡命阻止の観点から執行を行う」


ノックスら執行局に任じられたのはその封じ込めということだ。


「決行は明日夜半。くれぐれも他言することのないように」

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