1.月下真銀(2)
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「結社『融銀』…これが目的地ですか?」
「そうだ」
手渡された指令書には明確な指示が簡素に綴られてあった。
「結社『融銀』構成員の殲滅あるいは捕縛」。
その後に続くのは罪状と背景。
こうまで明文化されればコヨイも執行局の業務については察して余りある。
文字通りの「執行」機関。
罪科ある者を裁く王国の歯車ということだ。
「こういった仕事は憲兵の物かと思っていましたね」
「間違ってはいない。俺達に回って来るのは憲兵で処理仕切れなかった物か、秘密裏に葬りたい案件だけだ」
今回もその類だ、と言ってノックスはそれきり口を閉じる。
確かに目を通した書状にもその旨が書かれていた。
結社「融銀」。
物質の組成を組み替える「錬金術」を主に取り扱う結社とのことだが、金その他の違法な物質の錬金で悪事が発覚。
憲兵による身柄の取り押さえが幾度か実施されたがこれを全て撃退。
「随分と剛毅な方々ですね。錬金術師さんにそれほど武闘派なイメージはありませんでしたが…」
「それも間違ってない。禁忌的な学問には手を染めやすいが、基本的には学者肌な連中だ。こいつらがおかしい」
「やっぱりそうですよね。街にも錬金屋さんは多かったですが、そう言った方は見かけませんでしたしね。あれ、そういえば…」
ふと思い至ったのかコヨイが顎を手に乗せて考え込む。
先行するノックスは一貫して視線を合わせないのでそれを気取ることは無かったが。
「魔術師の方より錬金術師の方を見かける機会が多かったですね。何か差があるんでしょうか?」
それは純粋な疑問だった。
ノックスはあまり魔術は使えないと言っていたが、それでもコヨイよりは知識がありそうだ。
「…魔術師は血統が全てだからな」
そしてその予想は的を射ていた。
案外面倒見が良いのか、ノックスは魔術と魔術師について説明してくれた。
魔術は使うだけなら、知識さえあれば誰にでも使えはするらしい。
だが魔術は何をするにも規則性に沿った方陣や特殊な触媒がないと始まらない。
その工程に要する時間から魔術黎明期の魔術師は今よりも戦闘には不向きだったとか。
これによって戦場を支配していたのは魔術師ではなく武器を駆る者達、その多くは剣士だった。
魔術の出番はない訳ではなかったが、主には支援や攻城戦闘などの限定状況下のみ。
この背景は長き時代に渡って続き、「剣士一強」の風説が信じられていた。
この力関係を打破したのは魔術の開祖『カイベル・シュトラウド』が名を馳せる降臨歴1500年代とされている。
カイベルはある画期的な手法の実現で魔術師の即応性を大いに押し上げた。
それは「魔術式を術師の体内に刻印」しておく手法だった。
何かに魔術式を刻印しておくという発想自体は存在していたが、その多くは紙片や札といった物だった。
しかしそれらは術式の反動で消耗する。
だが体内刻印式の物はその制約の限りではなかったという点でも画期的だった。
加えて魔術発動までの工程の大幅な省略。
それだけでも魔術師の地位を向上させるのに充分だったが、思わぬ形でそれは頭打ちとなる。
それは刻印出来る術式数の限界だった。
一枚のキャンバスに描ける限界があるように、人体に搭載出来る術式には限りがあった。
これは「魔術師第三の弱点」とも呼ばれたが、天才「カイベル」はそれすらをも凌駕して見せた。
カイベル式の魔術刻印の発明からしばしの時を経てそれは成る。
それは体内に刻印した魔術の、親から子への遺伝。
世代を跨ぐごとに刻印済み術式が増えるという形質だった。
これによって時代の変遷とともに魔術師は剣士に見下される存在ではなくなっていく。
むしろ、現代においては交戦距離の関係で魔術師の方が有利と取られる場合すらある。
もっともそれは「相応の血筋によって術式を増強してきた魔術師」という前提が付くが。
「だから魔術師は支配階級が占める割合が大きい」
そう締めくくったノックスの表情は見えないが、声音は愉快気な物ではなかった。
彼があまり魔術を使えないと語ったのもその辺りが関係しているのだろうか。
そこまで踏み入るほどコヨイも無遠慮な訳ではなかったが。
「あれ、でも錬金術師の方が多く見かける理由はありましたか…?」
「…錬金術は体内の術式に頼らない事が多い。組成の変換を行う術式は種類が多すぎて刻印が難しい」
だから血統に左右されない原始的な手法の魔術に頼るのが主流なのだとか。
「成程。であれば、今回の結社はあまり魔術的な武装はないと考えても?」
「いや、憲兵を退けたことからもそれはあまり期待しない方が良いだろう」
なるほど、それも道理か。
憲兵も退けられてはいるが王国の精兵ではある。
そう何度もまぐれ勝ちできる相手ではない。
「…クロイツラインの家の者なら自分の身は自分で守れると思っても良いんだろうな?」
ふと投げかけられた言葉が自分に宛てられた物だとコヨイは一拍遅れて気づいた。
身を案じてもらっているという事実にまた頬が赤くなるが、それはそうとしてその問い掛けは杞憂だった。
「はい。これでも不肖ながら『五花』を名乗らせて貰っています」
「…!」
青年にはコヨイの返答に少なからず動揺の色が見て取れた。
「五花」というのはそれだけ驚嘆に値する称号という証左でもある。
主な流派の剣士の技量が「下級・中級・上級」と大雑把に分類されるのに対して、彼女の「ツバキ流」は階級分けが細かいことでも知られる。
その中でも「花」に位置する剣士は流派内最上位とされ、その中でも修めた技の数によって段位が変動する。
つまりは流派でも最上級の剣士であり、かつその階級で五つの技を修めた剣士ということを指す異名ということだ。
この年齢でその称号を欲しいままにするというのは、驚異と呼ぶ他ない。
彼女もその虹彩異色の瞳の例に漏れず、時代の寵児だというのは疑いようがなかった。
「そうか」
ただノックスが見せた反応らしき反応はそれだけだった。
コヨイとしても腕前をひけらかすような心づもりはないが、こうも機微の起伏に乏しい人物も珍しい。
まだ知り合って間もないとはいえ、謎の多い人物だ。
雑感にはなるが、とにかく年相応という雰囲気がない。
見た所コヨイとほぼ同年代程度だが、所作や言葉選びの端々に浮世離れした物を感じる。
敢えて悪し様に例えるなら擦り切れているとも言えるような。
しかしただの達観や早熟と呼ぶには彼の体捌きには淀みがなさすぎる。
明らかに実戦で練磨されたそれだ。
それも、幾度にも渡って。
執行局がそれだけの死線に晒され続ける環境ということだろうか?
それにしてもどこかささくれ立った違和感が残る。
「ここだ」
と、思索に耽る内にノックスの足が止まる。
辿り着いた場所は城下町の外縁部にほど近い街区だ。
王宮の周辺に比べるとさすがに建物はまばらで、人の行き来はない。
視線の先に現れた建物は特に変哲はない塔だ。
特に言及するほどの特徴はなく、高さから三から四階ほどだろうか。
門戸の両端には松明が焚かれ、玄関までの階段に大柄な男が腰掛けている。
「何か話した方が良いんですかね?」
「投降の勧告ぐらいはな。応じる気はしないが」
そこで腰掛けた大男もこちらの存在に気が付いたようだった。
立ち上がると背に負った大剣が揺れ、松明の明かりを反射して煌めいた。
「おう、お客さんには見えねぇが?」
禿頭の男は首を鳴らして酒焼けした声で唸った。
立ち上がるとやはり巨大で、ノックスより頭二つ、三つ分は大きいだろう。
「魔導省の者だ。結社『融銀』に対して殲滅指令が出ている。投降者以外は直ちに無力化する。お前は?」
見下ろされながらもノックスは不遜に言い放った。
「へぇ、憲兵の次は魔導省ねぇ。こいつは面白え」
大男の方も物騒な勧告には怯まず腕を組んだままだ。
どころか、口の端には笑みを浮かべる余裕すらある。
そのまま男は振り返って来た方へ歩き始める。
「なあお役人さん。ウチの信条を教えといてやるよ」
そう言って男は背中に吊るした大剣の柄にゆっくりと手を掛けた。
呼応して、ノックスも腰に下げた剣に手を伸ばす。
「『力があれば無法は通る』だ。ウチはそうやって大きくなってきた。ただ…」
「…よく喋るな」
痺れを切らしたのかノックスは抜剣する。
しかし声音は緊張というよりも気怠げな物だ。
「おいおい気の短い役人だな。言っとくけど今からする提案はあんたらにも利はあるぜ?」
「……」
「まあまあノックスさん、聞いてみましょうよ」
一触即発の雰囲気に割り込んでコヨイはノックスの肩に触れた。
軽く睨まれたが、構えたロングソードが若干ながら下ろされる。
「そっちの嬢ちゃんは話が分かるな。なに、一騎打ちだよ、一騎打ち」
「……」
「成程」
決闘は発祥こそ古いが、王国において連綿と続いてきた文化でもある。
市街が多く存在する王国では大規模な衝突は無用な被害や混戦を招きやすく忌避される傾向にあった。
よって代表者による決闘を以て勝敗を付けるというのは美徳とされてきた。
最もそれを抜きにしても武人はシンプルな戦いを好むという背景もあったが。
王国が主催する決闘の大会もあることからその根強さが分かるだろう。
「俺は塔の中の仲間を呼んであんたらを袋にしてもいいが…面白くねえだろ?」
男は人数の多寡を交渉のテーブルに乗せてきた。
実際それは魅力的でもある。
と同時に、あえてこの提案をするだけの自信をこの男が漲らせていることの証明でもあるのだが。
「受けましょうよ、ノックスさん。貴方の手は煩わせませんから」
そう言ってコヨイは左手を鞘に伸ばした。
白魚のような細い指が柄を握り、細く長い太刀を夜闇に閃かせる。
「…好きにしろ」
「はい。微力を尽くします」
ノックスが剣を収め、コヨイと入れ替わるように下がる。
これを受けて大男はなおも不敵に笑う。
「はは、やっぱ面白えよあんたら。憲兵より少ない数で、憲兵よりよっぽど自信満々だ」
男は嬉しそうに背中に下げた鞘を背後へ放り捨てた。
そのまま腰を落とし、大剣を無造作に構える。
「クロイツライン流、リケラ・ルクサント」
リケラと名乗った男はそのまま岩のように動かなくなる。
クロイツライン流を名乗ってはいるが、別段クロイツライン流は一子相伝の流派という訳でもない。
永い時代を経て各地に皆伝者や門弟はいる。
「ツバキ流、コヨイ=ベル=クロイツライン」
コヨイの家名を聞くと、男はやはり笑みを浮かべた。
互いに名乗りが済んだことで決闘の火蓋は切られたはずだが、両者共に構えの状態から動こうとしない。
これには互いの流派の特徴が影響している。
クロイツライン流は典型的な攻撃重視の流派だ。得物もロングソード以上の大柄な物を扱う事が多い。
飽和した攻撃によって終始相手を圧倒することを一つの雛形としており、流派開祖であるバルドフェルドはその剛剣で竜の首を落としたともされる。
逆にツバキ流は女性が扱う護身術を起源としてその体系を広めてきた側面があることから、防御寄りの流派と呼ばれる。
多くは回避やいなしからのカウンターを起点とし、相手の攻撃を利用して自分より強大な相手を打ち倒すのが定石。
発祥を同じ宗家としながらも、二つの流派は対極的とも言える図式を取っている。
が、このままずっと睨み合いを続ける訳にもいかない。
先に動いたのはコヨイの方だった。
僅かに腰を落としてからの一閃。
腰椎の捻りを乗せた斬撃は宙を飛び、リケラの首に迫る。
ツバキ流・花術「白鳥」。
昨今の剣士が斬撃を飛ばすのはさして珍しいことでもない。
魔術師が台頭してなお生き残っている流派というのは、得てして相応の技術を確立している。
威力は刀身によるものと比べて落ちるが、それでも素っ首を叩き落とせる程度の威力はある。
が、流石にそれだけで首を取れるほど相手も甘くない。
リケラは手首を返し、バスタードソードの腹で斬撃を受け止める。
勢いそのままに右手で剣を引き絞り、コヨイの喉元に向かって刺突を繰り出す。
長大な両手剣が一直線に突き立つ様はもはや槍に近い。
コヨイは頭を振ってこれを回避するが、それを追うように大剣がスイングされる。
首筋に刃が迫るが、側転を以てこれを回避。
伸ばした髪が弧を描いて流れ、反時計回りにたなびく。
足が音もなく地面に触れ、直後また地を蹴って跳ぶ。
次の瞬間、それまで足のあった箇所を大剣が薙ぎ散らした。
先のスイングの余力をもってリケラがもう一周した形だ。
そして回避と攻撃は同じ動作によって行われる。
前方へ向かっての跳躍によって距離を詰め、太刀による抜けるような刺突。
眼窩を突き刺す軌道で迫る切っ先を、これまたリケラが引き戻した柄で受け止める。
それと同時に右脚を突き込むように蹴り出す。
着地間際を狙った一撃。
回避は困難に見えたが、コヨイはリケラの足裏に自身の足裏を合わせるようにして後方へ蹴り戻った。
そうして彼我の距離は開始の位置に戻る。
「(この抜け目の無さは上級剣士…。それも異様に力強い。特に最後の引き戻し…)」
今の打ち合いからコヨイは相手の分析を済ませていた。
上級剣士は一般に流派の免許皆伝を受ける段階のレベルだ。
道場を開けば成功し、軍からは諸手を挙げて迎えられる。
必然それ以下の剣士と比べれば数は少なく、貴重。
憲兵が幾度にも渡って退けられたのにも納得はいく。
「(でもまだ何か隠していますね)」
そしてそれだけでない何かをコヨイは直感していた。
直後それは確信に変わる。
「オッ…ラァ!!」
怒号めいて踏み切ったリケラは、見上げるほどの高さまで跳び上がる。
先ほどは直線で詰めた距離を上方から放物線軌道で迫る。
直前まで立っていた地面は何かが爆ぜたように凹んでいる。
「(やはりこの跳躍力は異常…!)」
驚きながらも体は自然とカウンターの構えへ動いていた。
大上段を受け流す形に刀を構えて───
「(大上段…?)」
そこで疑問が過る。
一般的にツバキ流に対して大上段の攻撃を行うのは自殺行為として知られている。
それは根術「落ち銀杏」という技の存在が周知されているからだ。
この技は真上から振り下ろされた武器に刀を合わせ、その勢いで以て回転。
そのまま攻撃者の首を落とす殺傷力の高い技として方々から警戒されている。
それを上級剣士に迫る者が知らないということがあるだろうか?
自問に自答する暇はなかった。
即座に構えを解き前方へ転がる。
制服が土に塗れるのも厭わず回転した時、大地を抉りながら迫る大剣が視界に映った。
すんでの所で刀での防御が間に合ったが、勢いを殺せずに余分に大地を転がる。
その間もリケラは大剣ごともう一回転し、深々と大地を刻み込みながらようやく止まった。
「今のを躱すたぁ、並みのツバキ流じゃねぇな?」
最初の立ち位置と入れ替わった位置で大男は笑う。
人間離れした跳躍に隠れていたが、先ほどの技はクロイツライン流の「裁断」だろう。
大上段で振り抜いた大剣を軸にさらに回転。連続した縦回転攻撃を執拗に繰り返すクロイツライン流らしい派手で無骨な技だ。
この技の恐ろしい点は生半な防御を貫く質量攻撃が間断なく襲い掛かって来る所だった。
性質上横軸の回避には弱そうだが、熟達したクロイツライン流であれば一発限りであれば強引に軌道を横に捻じ曲げるらしい。
恐らくは落ち銀杏で迎撃しようとした場合、二回転目で切り落とされていた公算が高い。
幾年ぶりの冷や汗がコヨイの額に伝う。
「それはどうも。貴方も中々の剛力で」
片膝立ちから立ち上がりつつ言葉を交わす。
「おうおう、投降するなら受け入れてるぜ?」
意趣返しとばかりに笑うリケラ。
彼我の力の差を確信して上機嫌なのだろうか。
だが彼につられるようにコヨイも頬を綻ばせた。
「無用に願います。元よりツバキ流は『弱者の剣』ですので」
刀をクルリと回し、先の攻防で刀についた泥を振るい落とす。
一連の動作を終えた後は再び正眼に構え、正面を見据える眼には迷いは一片も見えない。
舌戦が途切れた瞬間、その姿は夜闇に掻き消えて前進する。
「(速いな…!)」
リケラは内心で舌を巻く。同時に動きの激しさに反して踏み込みは無音というのも反応の後れを招いた。
だが視認出来なかったのは急速な緩急のついた動きはじめだけだ。
移動に合わせて大剣は振りかぶられ、姿の確認と同時に中段で振り抜かれる。
が、これは予想通り掬い上げるように跳ね上がってきた太刀によって流される。
コヨイの姿勢は低く、リケラの股下程度の高さを維持して疾走している。
流された剣をそのままもう一回転させてもいいが、それはもう見切られていると判断。
腕力によって強引に大剣の軌道を制止させ、来た軌道を戻るようにもう一度振りなおす。
翻った剣光を受けて、桜色の左目が鈍色に輝いた。
「ふっ!」
緩い角度で地を払うように振るわれた大剣が不意の重さに傾いだ。
「っ!?」
重さの正体は…当然、虹彩異色の少女。コヨイだ。
石段を登るように気軽な足取りで大剣の腹に乗り、そのままそれを踏み台として空高く跳躍する。
跳躍の反動で剣は地面を刻み込み、結果として無防備な体が月光の下に晒される。
「御免!」
天地を逆しまにして太刀がリケラの延髄に向かって振るわれる。
ツバキ流・葉術「天道」。
攻撃者の武器を駆け登り、その間隙に無防備な急所を切って落とすカウンター。
いっそ曲芸とも呼べる一連の動きはそう捉えられる物ではない。
「は、は…っ」
延髄を刈り取られた首筋から血が滲む。
完璧に入った一本に斬られた当人ですら感嘆めいた声を漏らす。
「やるな…嬢ちゃん…」
「……」
続く賞賛の言葉にコヨイは眉を顰めた。
「…首を落としたつもりでしたが」
視線を向ける先は─リケラではなく、正眼に構えられた刀だった。
見れば、僅かにだが刃先が欠けている。
それを嘲るようにまた大男が不敵に微笑む。
「悪いな。特別製の体でよ」
その声は今際の際にある人間の明朗さではなかった。
そのまま男は流血した首筋をなぞり、滲んだ血を掬った。
傷口からは既に血が止まり──人体にはあり得ない金属光沢が素肌から覗いた。
同時にリケラの人間離れした筋力にも合点が行く。
あの金属が首だけでなく全身を覆っているのなら、並の人間を凌駕する力を出すのも道理だろう。
「いえ、不完全な技を使った私に非があります」
「そう言うない。まともなやつなら今ので終わってたぜ?惚れ惚れする技だ」
トントンと左手で首筋を叩くリケラ。
「ああ───その傷ではなくて、ですね」
そう言うと同時にリケラの左腕が半ばまで裂けた。
「は…?」
脱落しかけた左腕の断面は、赤と白の体組織の他に淡く光を弾く金属質が交じって見えた。
さらにはそれらを覆うように白銀の層があるが─それももはや無用の長物か。
「首を落としたつもりだったので。やはり背伸びはよくありません、完全な形で幕引きと致しましょう」
そう言うとコヨイは刀を鞘に納めた。
それらを呆然と眺めながらリケラは今の言葉を反芻していた。
─金属骨格の体を斬り落としたこれですら完全でない…?
冗談ではない。
その恐れが初めてリケラに防御を意識させた。
幸い残った利き手で大剣を握り、鞘から放たれる軌道に剣を置いた。
そしてそれは─間に合った。
少女の左手が鯉口を切った瞬間を辛うじて捉え、安堵する。
「───『無明月光』」
それがリケラが最期に見た光景だった。
少女が振るった刀も、技の名前も聞き届けることなく、リケラの首と中ほどから両断された大剣が地面に落ちた。
月光。それがリケラの体を最初に切断した技だった。
力ではなく速度のみを理とした剣。
切断面はもはや面ではなく、辺。
あまりにも鋭い太刀はもはや視認出来ず、死に行く者に見えるのは太刀筋に残る淡い残光のみ。
光の通った跡は尽くを斬る。
故に「月光」。
だが本来の月光は、居合という過程を用いて行う物だった。
それをかつてのツバキ流が抜き身の状態で行えるように改良したため、居合のそれと区別を付けるため月光と呼ばれるに至る。
居合を用いて行う月光は、もはや光の跡すら残らない。
「無明」の名を頂くのは、自然だった。
全てが終わった後も用心深く残心を保ち、死体から零れた血が土に染み込み始めてようやくコヨイは構えを解いた。