【なろう小噺】筋力もりもりステータスの森
ステータスウィンドウのある世界なら、文化の根本にステータスウィンドウが存在するんじゃないかな。第二弾。
ステータスウィンドウの存在しうる世界を舞台にし、政治、歴史、郷土愛のありかを探す。正統派騎士道物語です。たぶん。
エスティアール領とディクシス領は隣り合うゆえ、幾度となく抗争を続けてきた。
そして、とうとう先祖代々の不満は爆発。互いの全力でもって矛を交えることとなった。
開戦を目前に、エスティアール領の戦陣では、人々が忙しく走り回っていた。急ごしらえの竈からは煙が立ち上り。武具や戦旗を持った者たちがすれ違う。
その中、ある天幕で騎士が従卒に鎧をつけさせていた。
騎士の名をストレンス。巌のような顔立ちに、丸太のかいな。怪力無双、勇猛で武勲詩にも歌われる豪傑だ。
すると天幕に入る人物がひとり。豊かなあごひげに、磨き抜かれた白銀の甲冑をまとっている。
「失礼するよ」
「領主様!?」
ストレンスは慌てて礼を取ろうとするが、止められる。
「構わないよ。そのまま用意していてくれ」
仕方なく渋々座り、緊張する従卒に戦支度の続きをさせた。
領主はその様子をじっと見ている。
「さらに鍛えたかね?」
「見えますか」
「祈らずとも分かるよ」
するとストレンスは神に捧げる聖句を唱えた。
「ステータスウィンドウ、オープン」
中空に燐光を帯びた文字列が出現する。これこそ神の与えた奇跡、ステータスウィンドウ。そこには当人の能力が記されている。
ちなみに「祈る」とは神に願いを捧げるだけではなく、ステータスウィンドウを出現させるための聖句を唱えることの隠喩を表す。
ストレンスの開いたステータスウィンドウを見て、領主は目を丸くした。筋力が256。
「以前より上がってるじゃないか。古今東西、こんな筋力値は神話伝説の中にもいるまいよ」
「はっはっは、これぞ信心の結果でしょう」
と改めてストレンスはウィンドウへ合掌する。
有史より、神より与えられた奇跡として人々は、ステータスウィンドウを信仰してきた。
信心深くすれば聖句に書かれた四つの能力値、すなわち筋力、敏捷、器用さ、精神力が上昇する。さすれば現世での功徳が与えられると。
ステータスウィンドウは神そのもの、信仰の対象であった。
「貴君のような益荒男がいれば、此度のいくさ勝利間違いないな」
「ええ、無礼なディクシス領のきゃつばらに思い知らせてやりましょうぞ」
と言葉を交わしていると、戦陣のざわめきが深くなった。何事かと天幕を出ると、兵卒が騒ぎ立てる。
「敵の姿が見えたぞー!」
「これにて本陣に戻りますか。では戦場にて共に」
「合点承知!」
暖かな人だ。是非とも勝たせてやりたい。ストレンスも下働きから戦斧を受け取ると、馬で戦列に加わった。
平原を挟んで、両軍がにらみ合う。歩兵含む、エスティアール領は250と、ディクシス領は300。領の互いに総力に近い。
いくさはまず、名乗り合戦から始まった。口火を切るのはディクシス領、出てきた騎士の姿にエスティアール側からどよめきが生じた。
あれなるはディクシス最速の騎士、はやてのスペイド。その槍の切っ先を見切った者はなし、とやはり武勲詩に謳われた強者。ストレンスとは幾度となく矛を交え、いまだに決着がついていない。
「まずは謝罪しましょう。森の財が貴領らの所有とは、先代よりの取り決め。侵入した者は賊として処断しました」
なるほど。ディクシスのバカ長男は修道院送りになったと確認している。
だが……。
相手がスペイドならば、自分が出ねばなるまいな。ストレンスは陣から馬を進めた。今度はディクシス領の兵たちから生じるざわめき。
「あい分かった。貴領の公平なる裁きについては、我らも感謝する」
意外にも互いに非を認める発言で、もしかして戦争は避けられるのでは。
互いに緩みかける空気に、渇をかける。
「だがぁっ! 問題はそこではない!」
ストレンスの怒号は雷鳴のように両軍を震わせた。
「テメェんちのボンボンが侵入したのは、どの森だぁ?」
「それはもちろん器用森だ」
「それはもちろん、じゃねえ。あそこは筋力森だ!」
筋力、敏捷、器用さ、精神力。
四つあるステータスの聖句は、農奴から司祭に王族まで、読み書きの出来る出来ない関係なく、誰でも知っていた。
神に与えられた、もっとも親しい言葉。ゆえに人はしばしば、身の回りの地名に聖句を使いがちだった。
「その川は!?」
「精神川であろう」
「敏捷川だっつてんだろ!」
「ではあの山は何という」
「器用山だな」
「それこそ笑止。筋力山である」
「我らの立つこの平原は」
「敏捷平原だ」
「精神平原よ」
「幼き頃より筋力森だったのだ」
「器用森だけは絶対に譲れぬ!」
両軍、全兵士は無言のまま剣槍を構えた。
我らの土地を勝手な名で呼ぶとは、侮辱以外の何者でもない。両軍とも一兵卒に至るまで全員、激しい怒りに囚われる。
「「「「戦争だ!」」」」
「ぶっ殺してやる!」
「返り討ちじゃあ!」
名付けとは文化、その地に住む者の愛着そのものである。
やはり身近な故郷の地名だ。地名に聖句を使いたい。だが隣の奴らは同じ土地に、違う名を勝手につけてやがる。
地名の正統性をめぐって、大陸各地で戦乱が勃発。後の百年戦争にまで戦火は広がった。
このことを法王庁は憂慮。聖句を使った地名を禁止する。
と同時に、聖句によらない地名登録のため、各地に文官を派遣して地図製作に踏み切る。これが王権の拡大に繋がり、後の近代化の兆しとなるのは歴史の教科書にもある通りだ。
しかし当然ながら、聖句以外の地名を付けることに、ささやかながらも地方ごとで抵抗運動が起こっていた。
早流れ川、平穏が原など、聖句を連想させる地名が未だに多いのはそのためである。
きっとボクの目の前に広がる鬱蒼とした木々の「盛り盛り森」にもまた、そうした経緯があったのだろう。