零:送り込まれた暗殺者
竜王国の建国から数日後、私は神殿で溜まった仕事をこなしていた。
神官では対処しきれない穢れの浄化や、神殿を訪れる民の対応で、日中はめまぐるしく動き回り、夜には泥のように眠りについていた。
しかし、どんなに疲労困憊であっても、前世から身体に染み付いた癖は抜けない。
ほんの少しの気配を感じ取った瞬間、私は飛び起きた。
直後、音もなく窓が開き、人影がぬるりと部屋に入り込んでくる。
遮蔽魔術を使っているのか、視認しているのに気配が弱い。常人なら気配さえ感じないだろう。
私は小さく自分に遮蔽魔術を掛けた上で、その影に先制攻撃を仕掛けようとしたが、その刹那、影がどさりとその場に倒れた。
「……え?」
驚いて彼の後ろを見ると、そこには仔狐の姿があった。
「ガリュー」
ほっと息を吐く。
どうやら彼は侵入者の背後に回り込んで、催眠魔術を掛けたらしい。
「ここまで入って来るとは、それなりの手練れのようだね」
魔力の鎖で侵入者を捕縛しながら、ガリューが呟く。
「何者かしら……?」
当然と言うべきか初めて見る顔だ。
褐色の肌に黒髪という、帝国内ではほとんど見ない色をしている。
「……この肌と髪色は、トリブス王国かな」
ガリューが呟く。
トリブス王国は、横長に広がる大陸の南東部に位置する国だ。
間にロレンマグナ王国を隔てており、帝国とは隣接していない。
また、数年前までほぼ鎖国状態にあったこともあり、友好的とは言えない国である。
「……トリブス王国が、わざわざ私を直接殺そうとしてきたってこと……?」
敵国から聖女が狙われるのは理解できる。
でも、今このタイミングでトリブス王国というのは少々意外だ。
トリブス王国は少し前に、巨大な嵐に襲われて甚大な被害を受けたと聞いていた。
他国にちょっかいをかけるような真似をしている場合ではないだろう。
「……きな臭いな」
ガリューが呟いた直後、異変を感知したらしいシェイドが駆け付けて来た。
「おい! 今妙な気配が……って、何だこれは……」
シェイドは夜間警備に当たっていたようで剣を携えていたが、既に縛り上げられている侵入者を見て唖然と目を瞬いた。
「……なぁ、この神殿に俺の警備は本当に必要か?」
「私がいないところでは必要よ」
私の返答に、彼はまだ不満そうにしつつも、神官長であるジャンを呼びに行ってくれたのだった。
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