拾:帰城
私はクロヴィスとオロチと共に帝国に戻った。
皇帝陛下の目の前で攫われてしまったことで陛下からも謝罪を受けたが、悪いのはエルガなので陛下を責める気は毛頭ない。
玉座から退出したところでオロチに鉱山の町へ戻るよう指示を出し、私は部屋でゆっくりお茶でも飲もうと、クロヴィスと共に城の自室に戻った。
部屋の窓辺に、ガリューがちょこんと座っている。
小狐は、目に見えてしょんぼりしていた。
クロヴィスに聞いた話によると、エルガに摘んで投げられた際に、竜人族の魔力にあてられて気を失い、私の捜索の役に立たなかったらしいのだ。
こればっかりはガリューに非は無いが、彼なりに主人である私を守れず、更には救出にも参加できなかったことを悔いているらしい。
元々は聖女である私を恨んでいたはずなのに、意外と可愛いところがあるヤツだ。
「ガリュー、貴方のせいじゃないんだから、そんなに落ち込まないで」
「いや、眷属である以上、主を守るのは当然なんだ……それが魔物の矜持だからね。それができなかった僕は、眷属失格だよ……」
「相手は竜人族だったんだから、仕方ないでしょう?」
「僕が万全の状態だったら、竜人族にだって引けを取らないはずだったんだ」
万全の状態、と聞いて、眷属とする前の人型を取っていた頃を思い出す。
確かにあの時に比べたらかなり魔力量も落ちている。
とはいえ、あの時だって私相手にボロ負けしているんだから、竜人族にも勝てるかどうか怪しいのでは。
そう思いつつも、実際はわからない。
魔力量自体は竜人族が圧倒的ではあるが、彼らは魔術が使えないので、魔力量が劣る人間や魔物であっても、まだ付け入る隙はある。それは私とクロヴィスが身を以て証明した。
「ガリュー、私は、守ってほしくて貴方を眷属にしたんじゃないわ」
「え……?」
子狐はきょとんとして私を見上げる。
実際、私がガリューを眷属にしたのは、ただただ、今の子狐の姿である彼が可愛いからだ。
「ガリューは、そのふわふわの姿で私を癒してくれればそれで良いのよ」
「……僕をぬいぐるみと同じように扱うつもりか」
「ええ、その通り」
笑顔で頷きながら、その毛並みをわしゃわしゃと撫で繰り回すと、子狐は少々不満そうにしながらも、小さく嘆息した。
少しは肩の荷が下りただろうか。
「だからあまり自分を卑下しないで。ほら、城内の人間の負の感情を食べておいで」
人間は誰しも負の感情を抱く。負の感情は喰らったとしてもまた湧いてくるし、喰らったところで人体にはあまり影響はない。
そんな事情もあり、クロヴィスと皇帝陛下から、ガリューが城内にいる人間の負の感情を喰らう事の許可を得ているのだ。
ガリューは頷くと、とてとてと駆け出して行った。
「元気になってくれると良いんだけど」
「……まぁ、俺はアイツの気持ちは痛いくらいわかるが、しばらくは時間が掛かるかもな」
「え?」
クロヴィスを振り返ると、彼は複雑そうな表情で私を見ていた。
「俺だって、竜人族に身動きを封じられて目の前でお前を攫われ、自分の非力さを呪った……お前にもしものことがあったらと思うと自分が許せなかった」
クロヴィスが呟く。
彼は皇太子として、あらゆる教育を受けてきている。
内包する魔力量も群を抜いており、当然、並みの魔術師では相手にならない程の強さを誇っている。
おそらく、彼は私と出逢うまでは、ほとんど誰にも負けたことがないのではないだろうか。
だからこそ、肝心な場面で私を守れず連れ去られてしまったことが、悔しくて仕方ないのだろう。
「……クロヴィス、私は自分の身は自分で守る。クロヴィスが私を守りたいって言ってくれるのは嬉しいけど、そのために無理はしてほしくない」
こんな言葉は、彼にとって気休めにもならない。そんな事はわかっている。
でも、それでも、私はクロヴィスに自分を責めてほしくなかった。
「アリスが俺に強さを求めていないことはわかっている。これは俺の問題だ」
やはり、私が何を言っても、クロヴィスは自分を責めるのを止めない。
どうしたものか。
ふと、私はあることを思い出してクロヴィスの右の二の腕を両手で掴んだ。
「……っ? アリス?」
驚くクロヴィスに、私は二の腕から肘下までを服の上からペタペタと触り、筋肉量を確認する。
「あれから、本当に鍛えたのね」
「当たり前だ。約束したからな」
「これなら、百点をあげても良いかもね」
私がそう言って笑うと、クロヴィスは私の両肩を前のめり気味に掴んだ。
「本当か!」
「嘘は言わないわよ」
実際、毎日のように顔を合わせているから気付かなかったが、出逢った頃よりかなり逞しくなっている。
「実践訓練に付き合ってほしかったらいつでも言ってね」
「まだ勝てる気はしないがな……」
クロヴィスは苦笑しつつも少し表情が和らいでいる。
私はクロヴィスに少し屈むよう促して、怪訝そうな顔をしつつ膝を曲げた彼の頭を、わしゃわしゃと撫でた。
「っ! アリスっ?」
「よしよし、クロヴィスは、よく頑張っているよ。偉い偉い」
小さい子にそうするように、彼の今までの努力を全部認めて撫でてやると、彼は虚を衝かれたような顔をして、それから泣きそうに顔を歪めた。
しまった、間違えたか。
そう思った直後、クロヴィスに優しく抱き締められた。
「……本当に、アリスには敵わないな……」
深い溜め息と共に呟かれた言葉に、私は訳がわからないながらに彼の背中をぽんぽんと叩く。
「いっつもそればっかりね」
「本当のことだからな。アリスには、一生勝てる気がしない」
「それでも良いんでしょう?」
ふふっと笑って見せると、彼は軽く苦笑して私の唇を自分のそれで塞いだ。
「そうだな。でも、たまにはこうして可愛い顔を見せてくれ」
未だにキスに慣れずに真っ赤になる私の頬を愛おしそうに撫でて、クロヴィスはもう一度優しくキスを落とした。
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