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参:族長との賭け

 柱に激突して気を失っていたエルガが起き上がってきたところで、族長が私との賭けの話を彼に伝えた。


「……なるほど! 俺がアリスに勝てば良いんだな!」

「お馬鹿! アンタだけが勝っても意味ないのよ!」


 このエルガとかいう男は、どうやら理解力があまり良くないらしい。まるで脳まで筋肉でできているかのようだ。


 母親に叱責されて、エルガはふむ、と頷いた。


「では母上、俺以外の四人は誰にするんです?」


 やはり彼が五人のうちの一人になるのか。彼の花嫁の座が懸かっているのだからそうだろうとは思っていたけど。


「今から選定するわ。勝負は一時間後、闘技場で行うから、そのつもりで」

「わかったわ……じゃ、そういうことで」


 踵を返した私に、族長が慌てて振り返る。


「ちょ、ちょっと! 勝手に出歩かないで!」

「約束は守るわ。ちゃんと時間になったら闘技場とやらに向かうわよ」


 私はそれだけ言い置いて、足早に族長の屋敷を後にした。


 外へ出て、周囲を見る。

 村はそれほど大きくない。私が生まれ育った村と同じくらいだろうが、何より驚かされたのは、族長の屋敷の裏手が大きな崖になっていて、崖下を覗き込むと何体もの竜がいたことだ。


 屋敷の裏から崖下に続く階段があり、竜人族が竜と交流しているのが一目でわかった。


 何より、獰猛で攻撃的だとされてきた竜たちが、落ち着いた様子で寝そべっていることから、ここが彼らにとって安寧の地であることは明白である。


「どうだ! 我が同胞たる竜は美しいだろう!」


 いつの間にか追いかけてきていたエルガが得意顔で言い放つ。


 私は否定も肯定もせず、そのまま身を翻す。


「私は貴方と慣れ合う気はないの。悪いけど花嫁は他を当たって」


 冷たく言い捨てると、彼は咄嗟に私に手を伸ばしてきた。

 腕を掴もうとしたのが気配でわかったので、横に飛び退いてそれを躱す。


「っ! 俺は! お前と出逢って、今まで生きてきて初めて女を美しいと思ったんだ! お前じゃなきゃ嫌だ!」


 駄々っ子のように叫ぶエルガ。

 何故か私はこういう聞き分けの悪い情熱的なタイプから好かれるらしい。


「悪いけど、私には婚約者がいるの。貴方が私に何をしようと、絶対に揺るがないから」


 クロヴィスのことが好きだと気づき、認めるのにかなり時間が掛かった。

 その分、今この気持ちに揺るぎはない。


 できれば竜人族と戦う前にクロヴィスと合流したいところだが、生憎通信の魔具は、この村を囲う結界の影響か、上手く動かず応答がない。


「揺るがない、ね……」


 エルガはにやりと笑うと、素早く私の背後に回り込んだ。

 気配を察知した私が飛び退こうとするより早く、私の腕を掴み上げて、すぐ後ろにあった木の幹に押し付けて来る。


 流石、竜人族なだけあって馬鹿力が過ぎる。

 素早さも力強さも、とても人間の比ではない。


「竜人族の接吻は、人間にとっては媚薬も同然だ。唇を重ねることで、竜人族は多大なフェロモンを相手に作用させることができる。人間は竜人族が放つ圧倒的なフェロモンに抗えず、自ら求めるようになる」


 それは、もはや魅了魔術と同じだ。

 まさか、それをして私を操作するつもりだろうか。


 そんな状態になったら、間違いなく竜人族との戦いには勝てない。


「……魔力を使うのは反則のはずよ」

「ただ唇を重ねるだけだ。操作魔術でもねぇ。フェロモンが溢れ出すのは、自分の意思ではどうにもできないから、反則じゃねぇぞ。そもそも、まだ戦闘は始まってねぇ」


 言いながら、エルガが顔を近づけてくる。


 流石にこれは良くない。


「オロチ!」


 眷属の名を叫んだ刹那、凄まじい魔力が顕現した。

 明らかな敵意と殺気を放つそれに、エルガが咄嗟に私の腕を放して飛び退すさる。


 黒髪に緋色の瞳の青年は、私に向かって恭しく一礼した。


「アリス様、お呼びでしょうか」

「ええ、私の護衛を頼むわ」

「ああ、何という甘美なご用命でしょうか。喜んでお受けいたします」


 言いながら、オロチはちらりとエルガを一瞥する。


「……なるほど、竜人族ですか……」


 一目でエルガの正体を見抜いたオロチは、剣呑に目を細めた。


「アリス様、申し訳ございません。いざとなれば命を投げうってでもアリス様の盾となる所存でございますが、相手が竜人族となると、私でも太刀打ちできない可能性がございます」


 私に耳打ちしてきたオロチの言葉に驚く。


「え、オロチでも勝てないの?」

「相性が悪すぎるのです。あの者と私の単純な魔力量はほぼ同等ですが、いかんせん私は蛇ですので、ただの竜ならいざ知らず、竜人族となると炎と水のようなものでして……勿論、最悪の場合はこの命と引き換えに敵を道連れに致しますが」


 申し訳なさそうに眉を下げるオロチ。

 そうか、オロチは私が知る限り最強だと思っていたが、そんな彼にも弱点のような存在があったのか。


 意外過ぎて、思わずオロチとエルガを見比べてしまう。


「……おいおい、帝国の聖女が、何で魔物なんか連れてんだよ」


 エルガもオロチの正体を見抜き、警戒した様子で呟く。


 彼はオロチを魔物だと一目で見抜いた。だが、オロチが蛇の魔物である事と、魔力量は正確には量れていないらしい。

 それなら、ハッタリをかましておくのも悪くない。


「私の眷属よ。私の護衛を任せているの。私に手を出せば、腕の一本や二本、簡単に無くなるから覚悟してね」


 実際、オロチとエルガが互角ならば、そこに私が加わることで万が一戦闘になっても、勝機は見い出せるはずだ。

 

 それに、エルガに唇を奪われるくらいなら、いっそ古代の極大魔術を喰らわせてやる、と不穏な決意をするのだった。

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