壱:竜人族
扉の向こうには、玉座に座る皇帝陛下と、その横に控えるクロヴィス、そしてその正面に仁王立ちしている青年がいた。
長身でかなり体格の良い青年だ。緋色の長い髪を背中に流している。
見たことのない、どこかの民族衣装のような服装に身を包んだ彼は、扉が開いたことでこちらを振り返った。
頭には竜を思わせる角が二本生えていて、黄金の双眸が私を見て驚いたように見開かれる。
「……美しい……」
精悍な顔からぽつりと呟かれた言葉に嫌な予感を覚えつつ、私は一礼してから玉座の間に入り、クロヴィスの隣に移動した。
「お待たせいたしました。今代聖女のアリス・ロードスターと申します」
「聖女……そうか、聖女……お前か……」
何か納得した風情で呟いた青年は、皇帝陛下を見た。
「……それで、我らの同胞たる竜を三体も葬ったこと、どう弁明するつもりだ?」
我らの同胞たる竜とはどういう事かとクロヴィスを見ると、彼は小声で教えてくれた。
「あれは北の僻地に棲むという竜人族だ……こないだ魔具で強制召喚された暗黒竜をやむなく倒した俺達に対して、抗議しにわざわざやって来たらしい」
竜人族の存在は聞いた事がある。
竜と人間、または魔物と交わって生まれた種族で、人間のような見た目をしているが、その身体に秘められた魔力は絶大で、竜並みの強さを持つという。
ただ、帝国の領土外である大陸の北の果ての地に竜と共に棲み、そこから出てこないといわれており、その存在を見た者はおらず、ほとんど伝説のような扱いをされていた。
「抗議って……一体目は魔具で召喚されたにしても、あとの二体はその最初の一体の呼びかけに応じて飛来していたし、あの竜がこちらに攻撃の意思を見せたから、やむなく倒しただけじゃない」
売られた喧嘩を買って、更に因縁をつけられた気分だ。
眉を顰めて青年を見ると、彼は私をじっと見つめていた。
なんだか、嫌な視線だ。
だが、その黄金の双眸に、あの昏い光は見当たらない。
竜人族は魔物の血も混ざっているはずだが、彼は人間の血の方が強いということだろうか。
少なくとも、私の本能はこの青年を「悪者」だとは言っていない。
「先程も説明した通りだ。我が国の神殿に、魔物を召喚する魔具が仕掛けられ、その魔具によって暗黒竜が現れた。暗黒竜は仲間を呼び、神殿を襲おうとしたため、こちらとしてもやむなく倒したのだ。やらなければ我々が殺されていた」
淡々と語る皇帝陛下に、青年は臆する様子もなく声を上げる。
「それを言うなら、竜を無理矢理召喚したそちらの落ち度ではないか!」
「召喚の魔具を仕掛けたのは、我が国でも反逆罪に問われている者達だ。罪人の引き渡しを望むのなら、こちらでの裁判の後に引き渡そう」
魔具を仕掛けさせたのは、反聖女思想の教団の宗主の息子であるカイロン・イクシオンだった。
ただ、彼は魔具の用意をしただけで、実際に仕掛けたのは神官見習いのミリを含め、信者を装った末端教団員であり、その辺りの捜査がまだ終わっていない。
捜査が全て終わり、その後で裁判となるので、引き渡せるのはかなり先になるだろう。
「……話にならんな」
青年は忌々し気に舌打ちすると、私を指差した。
「ならば、竜を倒したという張本人を貰い受ける」
「は?」
私とクロヴィスの声が揃う。
警戒した直後、青年が床を蹴り私との間合いを詰めてきたので、私はそれを横に飛び退いて回避した。
危ない。この男、私をこの場で攫うつもりか。
体勢を整える私に、何かを悟ったクロヴィスが叫ぶ。
「アリス! 逃げろ!」
直後、青年は右手を振り払った。
青年が放った魔力が、鞭のように撓ってクロヴィスと皇帝陛下を縛り上げる。
「クロヴィス! 陛下!」
叫ぶが、一流の魔術師でもある彼らが、手も足も出なくなっている。
「……動くな。動けば皇帝と皇太子を殺す」
「……っ!」
これが竜人族か。手を振り払っただけで魔力を操作して相手を拘束するとは。
「……要求は?」
「言ったはずだ。竜を倒した張本人を貰うと」
竜を倒したのは私だ。
私が行けば、とりあえずこの、皇帝陛下とクロヴィスの命を握られている状況を脱せられる。
昏い光が視えなかったことからしても、彼が本音では二人を傷付けるつもりがないことはわかっている。私が応じれば、二人には手を出さないだろう。
「アリス! 応じるな!」
訴えるクロヴィスに、目で大丈夫だと応える。
「竜を倒したのは私よ。私を貰うとは?」
「とにかく身柄を引き渡せ。処遇はこれから考える」
「そう。その処遇とやらの内容によってはこちらにも否を唱える権利をくれるのなら、大人しく同行するわ」
「……良いだろう。竜三体を殺せる人間にここで暴れられても面倒だ」
青年は僅かに唇を歪めて笑うと、私の腕を掴んで歩き出した。
玉座の間の窓を開け放ち、突然私の肩に乗っていたガリューを摘まんで放り投げたかと思うと、私を横抱きにして一回の跳躍で空へと飛び出した。
「っ!」
驚いて息を詰めると、青年は瞬き一つの間に真っ赤な竜の姿に変わり、私を鷲掴みにして空を飛んで行ってしまった。
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