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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第七章 聖女との確執

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終:本物の聖女

 私は自室にジャンとクロヴィスを招き入れ、メルにお茶を淹れるように頼んだ。

 お茶を置いてメルが退出したところで、ジャンは口を開いた。


「グレース様は、神殿に入ったその日から、とても破天荒でした。神官見習いという立場でありながら、早々に魔術を習得して、果ては完璧な浄化魔術を体得して、聖女である事を証明した……」

「破天荒っていうのは?」

「魔術の練習で、指導担当の神官をぶちのめしたり、当時の女性神官に対して身体を触ろうとする不心得者が現れた際には飛び掛かってボコボコにしたり……」

「まるでアリスだな」


 クロヴィスが呟き、ジャンは苦笑しながら頷く。


「失礼ね。私は魔術の練習で神官をぶちのめした事なんてないわよ」

「ゴーチエをボコボコにしていただろう」

「う、それは……」


 私が言葉に詰まると、ジャンは私達のやり取りを微笑ましく見てから、言葉を紡いだ。


「ただ、彼女は神殿に入ってから、一度として淑女らしい言葉遣いをするはありませんでした。港町で生まれ育った庶民でしたから、慎ましい言葉遣いが身についていなかったんです。それでも、彼女の実力は確かなので、神殿も目を瞑っていました。ただ、神殿の象徴たる聖女様がそのような言葉遣いと言うのは神殿としてあまり都合が良くないので、後の神官見習い達に彼女の喋り方や逸話についての話をすることはありませんでした」

「……そういえば、歴代最強と言われていたグレース様は、どうして亡くなってしまったの? 亡くなったのは二十五歳で、まだまだ若かったはず……」

「……これから話す内容含め、私が話したという事は、どうか口外しないようにお願いします」


 ジャンは、私ではなくクロヴィスにそう念を押した。

 怪訝そうにしながらもクロヴィスが頷くと、ジャンはゆっくりと語り始めた。


「本物の聖女が現れたと聞いて、神殿以上に皇室がその力を欲しました。先代皇帝の長子……現皇帝陛下の兄君だった当時の皇太子が、グレース様が聖女と認定されて真っ先に求婚されました」


 そういえば、今の皇帝陛下は、長子じゃなかったな。皇室の家系図も、聖女になってから頭に叩き込んだが、その時に疑問に思ったのを覚えている。

 だが、皇兄たるその人は、今の皇室にはいない。軽く調べても除籍となっていたので、何かしらのトラブルがあったのだろうと察して追及しなかった。


「しかし、グレース様はそれを断固拒否……皇太子はあの手この手を使ってグレース様をものにしようとしましたが、ついにそれは叶いませんでした。そうしている間に、現皇帝であるドミニク陛下は地道に研鑽を積み、先代皇帝によって後継者として正式に認められ皇太子となりました。そして、兄君は先代皇帝によって除籍となりました。理由は皇族として相応しくない、とされていましたが、おそらく聖女に対する非礼の積み重ねだと思われます」


 皇帝としても、聖女と皇太子の結婚は歓迎するだろうが、そこを聖女に対して結婚を強制せずに皇太子を除籍にするとは、よほど非常識な手段ばかり用いていたんだろうな。それこそ、国の君主たる皇帝の器ではないと判断されてしまうほどに。


「そうして五年程経ったある日、穢れの出現の報告を受けて、当時神官だった私と二人で現地へ向かいました。そこで竜に襲われたのです」

「竜に……?」

「ええ。本来竜が現れるはずのない場所でした。しかも昨日と同じ、暗黒竜ダークネスドラゴン……グレース様は持てる力をすべて使ってそれを退け、私を守ってくれました……」


 ジャンが苦しそうに視線を落とす。


「その時は、それで済んだと思ったのですが、グレース様はその時、ドラゴンの攻撃を受けていたのです。神殿に戻ってから穢れの痣が発現し、当時浄化魔術を使える神官が総出で浄化魔術を行いましたが、完全に祓う事はできず、やがて亡くなりました」


 私も一歩間違えば、同じ末路を辿っていただろう。そう思うと、本当にやるせない。


「そして、竜出現の調査のために国立騎士団が現地へ派遣され、竜は魔具によって召喚された事が判明しました。犯人は不明という事でしたが、そのすぐ近くで、元皇太子の遺体が見つかったそうです」

「……まさか」


 私が呟くと、ジャンは首を横に振った。


「調査を担当した騎士団は、元皇太子が竜を召喚した犯人だとは断定しませんでした。証拠が見つからなかったからです。元皇太子の背中には、竜の攻撃を受けたと思われる痕が残っており、偶然巻き込まれただけという可能性が否定できなかった事も大きかったようです」


 『元皇太子が魔具を使ってまで己では制御できない竜を召喚し、結果聖女が亡くなってしまった』などという不名誉は、皇族としては避けたいだろう。

 勿論状況から見て最も怪しいのは元皇太子だろうが、それ以上の捜査は皇室にとって利とはならない。最有力容疑者が死んでいる以上、罪を暴いたとしても罰する事もできないし、他に容疑者がいなければそれで捜査は終了、真相は闇の中に葬られた、という訳か。


「……ジャン、グレース様とは……?」

「……私は、グレースを愛しておりました……たとえ結婚はできなくても、彼女と共に人生を歩みたかった……」


 ジャンははっきりそう答えた。

 当時は、神官同士の恋愛は御法度とされていた。聖女も神官の最上位に位置付けられているので、その規則は適用される。

 グレース様が命じれば、私のようにその規則を変えることもできただろう。だが、そうする理由が、自分が神官と結ばれるためだったとしたら、他の神官や貴族からの反発は免れない。だからきっと、グレース様はそうすることを選ばなかったのだろう。


 だから、ジャンは今も尚、結婚せず独り身でいるのか。


「……でも、そうですか……彼女は、私を待ってくれているのですか……」


 感慨深げに呟かれた言葉に、若干不穏な気配を嗅ぎ取って、思わず念押しする。


「ええ。だからって、すぐに彼女の所に行こうとしないでよ」

「当然です。自ら命を絶つような真似をしては、彼女に顔向けできませんから……私は、神官として恥じぬ生涯を終え、堂々と彼女と再会します」


 そう言ったジャンの表情は、晴れた春の空のように穏やかだった。


 話を終えたジャンは業務に戻り、私はク空ヴィスと二人きりになった。


「……まさか、グレース・ノア様に会っていたとはな」


 感心した風情で呟いたクロヴィスに、私は苦笑する。


「夢かもしれないけどね」

「でも、本来なら知るはずのない彼女の口調が合っていたんだ。きっと本物だったんだろう」

「……だとしたら、グレース様は私の背中を押してくれたのね」

「背中?」


 首を捻るクロヴィスの手に、私は自分の手を重ねた。


「そう、この人生で幸せになっても良いって」

「……そうか」


 クロヴィスは私の手を握り返して、嬉しそうに破顔した。


 世界平和のために尽力はする。でも、自分の幸せも、諦める必要はないのだと、グレース様は教えてくれた。

 この手を放したくない。

 私は改めて、クロヴィスと共に生きる事を決意したのだった。

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