漆:暗黒竜との戦い
私に目の前には、漆黒の鱗を持った三体の竜。
三対の紅い眼が、私を睨んでいる。
クロヴィスが神殿に降りて行って、私はすぐにオロチとガリューにも同様の指令を出した。
眷属である彼らには、声に出さずに言葉が届く。
即座にオロチが反応し、神殿と町をぐるりと取り囲む結界が張り巡らされた。
結界魔術のはずなのに、その精度は並みの魔術師の防御魔術に匹敵するのが目に視えてわかる。流石はオロチだ。
数秒後、オロチの張った結界の内側から、ぽつぽつと防御魔術が広がって行くのが視えた。
おそらくクロヴィスから指示を受けた神官達が、オロチの結界を補強するために内側から防御魔術を張ってくれているのだ。
防御魔術は、元々結界魔術の範囲を狭めて魔力を凝縮させることで高い防御力を維持する、応用から生まれた術だ。
防御魔術の特徴として、強度と防御範囲は反比例していて、防御範囲が広くなればなるほど、強度は落ちていく。また、術者からの距離が離れた場合も同様だ。
つまり、今回のように町全体を覆うような防御魔術は、本来の強度は出せないのである。
だが、今回彼らに防いで欲しいのは、暗黒竜による攻撃ではない。
私は、昔神殿の図書室で読んだ二冊の本の事を思い出していた。
一つは神話の本。
かつて竜が世界を支配していたという頃の話。
その竜の支配を終わらせたのは、神が放った光の矢だった、という逸話だが、前世の記憶もある私は、これは隕石ではないかと思った。
今の世界に、前世にはあった宇宙という概念はなく、前世には無かった魔術という文化が存在している。おそらく次元の違う世界なのだろうと結論付けているが、太陽も月も同じようにあるので、空の上には前世の世界同様、宇宙があるのではないかと思われた。
だとすれば、隕石を落とす事で、竜を倒せるのではないだろうか、そう思ったのだ。
そして肝心の隕石を落とす方法、それは思い出したもう一冊の、古い魔術書に記述された内容が鍵だ。
その本には、天より偉大な力を下ろす、禁断の魔術が記されていた。
読んでいた時は抽象的で何のことかわからなかったが、これは先の神が放った光の矢の事ではないか、その点と点が、不意に繋がったのだ。
古代魔術には、長い呪文の詠唱が必要になる。
現代の魔術は、短い呪文に全ての術式を落とし込んでいるが、古代魔術にはそれがないからだ。
だが逆に、古い魔術の方が詳細を省いていない分、威力が強大である事も多い。だからこそ、使用を禁止され、その類の魔術書は全て神殿が管理しているのだ。
「暁の女神、黄昏の王……!」
詠唱を始め、一言言葉を紡ぐ度に、魔力が溢れて舞い上がる。
身体の奥から、魔力が根こそぎ持って行かれるような感覚がした。
これは魔力消費が大きそうだな、と漠然と思いながら、詠唱を続ける。
「我が声に応え、今此処に太陽の力を示し、神の鉄槌を下せ!」
私の周りに、バチバチと火花が散り始め、竜が一瞬怯んだように見えた。
焦ったように、三体の竜が同時に口を開き、あの灼熱の炎を吐こうとする。
だが、私が詠唱を終える方が早い。
「極大魔術、星の制裁!」
刹那、空から突如巨大な岩が、燃えながら物凄い速さで降ってきた。
隕石だ。
竜一体と同等の大きさのそれが直撃し、砕けて町の方へ落ちていく。
オロチたちの防御魔術がそれを受け止め、更に細かい破片となって町の周囲に散っていく。良かった、何とかなりそうだ。
横目で町の様子を確認して、ほっとする。
それから再び意識を竜に集中させた。
一撃であれば、竜も死にはしなかっただろう。
しかし隕石は一つではなかった。それが二度三度と、立て続けにぶつかり、三体の竜はやがて墜落した。
「まずい……!」
いくらオロチの結界魔術とクロヴィスの防御魔術が張ってあるとはいえ、竜の巨体を三つも支えるのは難しいだろう。
「風壁魔術!」
咄嗟に唱えた風の魔術で間一髪、竜の巨体を受け止めるが、流石に重い。
しかも、今の極大魔術のせいで、私の魔力はほとんど尽きていた。
「ぐっ!」
ダメだ、支えきれない。
このままでは、町が潰れてしまう。
絶望し掛けたその時、オロチとクロヴィスが風壁魔術を使って竜を引き受けてくれた。
落下位置を逸らし、そのまま荒野の方へ誘導する。
「……良かった」
溜め息を吐いた瞬間、魔力が尽きて私の身体がぐらりと傾いだ。
あ、これは墜ちるやつ。
まずいと思った直後、文字通り飛んで来たクロヴィスが、私を横抱きにして受け止めてくれた。
「っ! アリス! 大丈夫か!」
「クロヴィス、ナイスキャッチ……」
「……ったく、心配させるなよ」
クロヴィスは心配と安堵が綯い交ぜになった顔で嘆息した。
クロヴィスこそ、広範囲に防御魔術を張り巡らせて、その前には転移魔術も最低二回は使っている。相当魔力を消費して疲労しているはずなのに。
「それより、流石だな。まさか暗黒竜三体を一人で倒すとは……」
「うん、でも、今すぐには浄化できそうにないや」
「ドラゴンはもう死んでいる。少しくらい置いておいても問題ないだろう。ここには他にも神官がいるしな」
クロヴィスは言いながら降下して、私を抱いたまま神殿に着地した。
幸い、オロチの結界魔術とクロヴィス達の防御魔術によって、町と神殿はほとんど無傷で済んだ。
町の外れの家や小屋なんかは隕石の破片で潰れてしまったりしたようだけど、怪我人がいなかったのは何よりだ。
「アリス様!」
ジャン達神官が一斉に集まって来る。
私はクロヴィスに声を掛けて下ろしてもらうが、足に力が入らず、立っているのがやっとの状態だった。
オロチに疲労を食べてもらっても、消費した魔力は回復しないので、きちんと休まなければならない。
「ジャン、悪いけど、後始末は……」
お願いする、と言いかけて、視界の隅を不自然に赤い光が掠めた。
「っ!」
声よりも先に、身体が動いた。
クロヴィスの身体を突き飛ばし、それから庇う。
「っ! アリス!」
クロヴィスの声が聞こえた直後、私の身体に、何かが喰らいついた。
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