陸:発動した罠
中庭に出る前に、通信でクロヴィスを呼び、オロチとガリューを召喚する。
私が中庭に着いた時には、既にジャンが彫刻の足元を掘り起こし、箱を発見していた。
「ありました!」
ジャンがそれを手にした、その時だった。
「まずい! 手を放せ!」
オロチが真っ先に気付いて声を上げる。
直後、箱がかっと光った。
「ジャン!」
声に反応したジャンが即座に箱を放り投げた、その時。
箱が四散し、そこに巨大な竜が現れた。
「ドラゴン……!」
「それも、最上位種、暗黒竜だと……!」
漆黒の鱗に覆われたその大きな竜は、翼をはためかせて中庭の上空に留まりつつ、深紅の眼をこちらに据えて様子を窺っている。
魔物にはレベルがある。
スライムのような下級レベルから、サラマンダーのような上級レベルまで様々な種類がいるが、その頂点に君臨するのが竜だ。
そして竜にも種類があり、最も攻撃力が高く、並みの魔術師では太刀打ちできないとさえ言われているのが暗黒竜である。
竜が咆哮する。
「オロチ! 神殿の皆を守って!」
「御意」
オロチに命じて、私は飛翔魔術で飛び上がった。
「こんな所に召喚されて、貴方も災難ね」
竜の前に滞空して呟く。
その言葉を理解したかのように、竜は喉を鳴らした。
「大人しく帰ってくれるなら、悪いようにはしないけど……人間を襲うなら容赦はしないわ」
私は意識を集中して、魔力を放出する。
「攻撃魔術!」
四方八方から、魔力の刃を竜に向けて飛ばす。
しかし、竜が翼を軽く振っただけでそれらを弾き飛ばしてしまった。
「暗黒竜に魔術攻撃は効かないぞ。聞くのは物理攻撃のみだ……だが、鱗が硬く、勇者レベルの攻撃力を以てしても、傷がつけられるかどうか……」
私の後を追って来たクロヴィスが忠告する。
そういえば、そんな文献を読んだことがあったな。
物理攻撃しか効かないのに、並みの攻撃力では傷一つ付けられない。それが暗黒竜が最強と謳われる所以なのだと。
「そういえば、かつて魔王が生きていた時代よりも前は、竜が世界を支配していたんだったかしら……」
遠い昔、神話ともいえる程古い歴史の話だ。どこまで本当かはわからないが、これだけの強さを誇る生物ならば世界を支配していたと言われても頷ける。
「おい、どうする……?」
クロヴィスが尋ねた直後、空の向こうから、咆哮が響いて来た。
「……まさか!」
流石に私とクロヴィスが青褪める。
空の向こうから、更に二体の暗黒竜が飛来して来ていたのだ。
先程目の前の竜が咆哮したのは、仲間を呼ぶものだったらしい。
「まずいぞ。暗黒竜はとにかく気性が荒く獰猛だ。敵と看做した相手は容赦なく蹂躙し尽くすと言われているのに、それが三体も現れたとなると……」
クロヴィスは眼下の神殿と町に視線を滑らせる。
神殿関係者と町民、全員を避難させることを考えているのだろう。
「クロヴィス、私がこいつらを引き付けるから、全員を避難させて」
「馬鹿か! いくら何でもお前一人じゃ無理だ! それなら俺がやる!」
「時間が無いの! あとの二体がここに来る前に、せめてコイツだけでも倒さないと……」
話している矢先、目の前の一体が口を開いた。
そこに、赤い炎が膨らみ始めるのを見て、私は咄嗟に右手を振り上げた。
「防御魔術!」
私とクロヴィスを魔力の防壁で覆った直後、高温の炎が私達を直撃した。
「熱っ」
防御魔術を使っていても、火傷しそうなくらいの灼熱だ。防御無しで直撃したら即死だろう。
直撃、それの言葉に閃き、私は天を仰いだ。
「アリス?」
「……これなら、いけるかもしれない」
「何?」
私の呟きを聞き取れなかったらしいクロヴィスが眉を寄せる。
私は町を見下ろした。
「クロヴィス、暗黒竜を倒せるかもしれない。でも、その分町と神殿にも被害が出る可能性が高い。だから……」
「町と神殿に、防御魔術を張り巡らせろ、ってか?」
私の意図を先読みしたクロヴィスが、少々呆れ気味に尋ねて来た。
「そう。お願いできる?」
「お前があれを倒せると言うのなら、俺も全力で手伝うまでだ」
「じゃあ、頼んだわ」
「わかった」
クロヴィスは頷いて、すぐさま急降下していった。
私は、改めて竜を睨む。
「……竜に当たる瞬間が物理的な攻撃であれば、その発動そのものが魔術によるものでも良いのよね」
魔術による攻撃が効かない、というのは、つまり魔力を纏った攻撃が全て無効化されてしまう、という事だ。
攻撃の瞬間、攻撃するものが魔力を纏っていなければ良い。
私は、大きく息を吸い込んだ。
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