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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第六章 教団との戦い

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拾:竜退治

 空へ舞い上がった私は、竜の前に立ち塞がった。

 その竜は、緋色の眼で私を睨み、耳を劈くような咆哮を轟かせた。


「……丁度良かった。ちょっとムシャクシャしていたの。八つ当たりに付き合ってもらうわよ」


 普段なら、最上級の魔物である竜が現れたら、もう少し動揺していただろう。

 しかし今の私の心境は違った。


 ちょっと動いてこのモヤモヤを晴らしたいと思っていたところに現れた、強敵である魔物。

 今の私にとっては、竜でさえもパンチングバッグにしか見えない。


 今の私は、苛立っている。

 折角婚約破棄を皇帝陛下に申し立てて、逃げるようにここまで来たのに、クロヴィスはこの町にやって来た。

 彼の記憶が戻っていない以上、二度と会いたくなかったのに。

 それなのに会ってしまったのは紛れもなく、この竜が魔鉱石の穢れに引き寄せられて、のこのこ人里に降りてきたせいだ。


「いくわよ」


 私は空中で加速し、竜の胸元辺りに魔力を込めた拳を思い切り叩き込んだ。


 竜は衝撃で吹っ飛びかけたが、すぐに翼をはためかせてバランスを整える。


 硬い、重い、強い。


 魔力を込めて殴ったのに、拳がじんじんするのは初めてだ。

 私は右手を軽く摩りながら、今度は蹴りを見舞おうと魔力を放出しつつ身構えた。


 しかし、そんな私を見た竜は、まるで興が削がれたとでも言いたげな様子で、身を翻して飛び去ってしまった。


「行っちゃった……何だったの?」

「今の君に手を出したら、ただじゃ済まない事を悟ったんだと思うよ。竜は人語を解さない魔物の中では最も賢いからね」


 私の肩にしがみ付いてたガリューがやれやれと言わんばかりに呟く。


「……折角モヤモヤを発散できると思ったのに」

「竜を八つ当たりのためにぶちのめそうとする人間なんて初めて見たよ。普通はもっと怯えたりするんだけどね」


 ガリューの言葉に若干苦笑しながら、私は念のため町を中心とした広範囲に浄化魔術を施した。

 これだけ派手に浄化魔術を発動させれば、あの魔鉱石の穢れにこれ以上魔物が引き寄せられて来る事もないだろう。


「……よし」


 一仕事終えた私が町の外れに降り立つと、オロチがすぐにやって来た。


「アリス様、ご無事で何よりです。町及び町民への被害はありません。また、竜を目の当たりにすると町民が恐慌状態になると判断し、勝手ながら幻惑魔術で町を覆いました。普段通りの空を映しておりましたので、誰一人として竜には気付いておりません」

「ありがとう。気が利くわね。もう診療所へ戻って良いわよ」

「お褒めに預かり光栄にございます。承知いたしました」


 オロチは恭しく一礼してその場に掻き消える。


 私ももう町長の屋敷に戻ろう、と踵を返した時、道の向こうからクロヴィスが駆けて来た。


 どうせまた小言を言われるんだろう、そう思って半眼でいると、彼は私を見て泣きそうに顔を歪めた。


 どうしたのだろうと思った矢先、彼は私の目を見て、口を開いた。


「アリス!」


 震える声で名を呼んだと思った直後、勢いよく私に抱き付き、搔き抱くように腕に力を込めた。


「え、ちょ、クロヴィス……?」

「すまない……お前を忘れるなんて、どうかしていた……本当に、すまない!」


 これは夢だろうか。

 声も温もりも、間違いなく本物のクロヴィスなのに、突然の事に理解が追いつかない。


「……記憶が、戻ったの……?」

「ああ」


 じわりと、私の視界が滲む。


「……本当に?」

「ああ。すまなかった……自分でも不思議だが、城でお前に腕を捻り上げられて、何故か懐かしいと感じた。そして手紙を受けて……さっき、足手纏いだと言われ、飛び上がっていくお前の後ろ姿を見て、全てを思い出したんだ」


 冷たい態度を取られた仕返しに、何か言い返そうと思ったが、珍しくしおらしい態度のクロヴィスを前にして言葉に詰まる。


 と、その時だった。


 私の目の前に、白い小鳥が飛んで来た。

 一目で普通の鳥ではなく魔術で創られたものだと悟り、そっと手を出す。

 と、小鳥は私の手の上でぱっと弾け、手紙となって落ちてきた。


 これは伝書魔術だ。

 この魔力の気配からして、差出人はフェリクスだろう。

 

「……フェリクスから?」


 魔力を読み取ったらしいクロヴィスが眉を顰める。

 私は手紙を広げて、美しい筆跡ながら急いで書いた様子の文字に目を滑らせた。


『聖女アリス様。

 急ぎ報告です。あの後、捕らえた反聖女思想の教団(アンチサンクトス)の上位幹部から詳しく話を聞いたところ、魔具実験で記憶を失ったという教団員が記憶を取り戻すきっかけだった妻に引っ叩かれるという話には、更に背景がありました。

 その教団員と妻の出会いは、森の中で魔物に襲われている妻を教団員が助けたことだったそうですが、教団員がなんとか魔物を退けた後、妻は恐慌状態に陥っていて、駆け寄って来た教団員を引っ叩いたそうです。

 この事から、私の憶測ではありますが、“引っ叩くという行為”が記憶を取り戻す鍵だったのではなく、二人の出会いのエピソードを踏襲するという事が重要ではないかと存じます。

 つきましては、アリス様には至急登城していただき、兄上と出会った時の場面を再現していただきたく。

 フェリクス・フーガ・ファブリカティオ』


 それを読んで、私とクロヴィスは顔を見合わせた。


 私とクロヴィスの出会いは神殿。私が不審者と勘違いしてクロヴィスの腕を捻り上げた。

 神殿を裏切っていたゴーチエを粛清する際、私はクロヴィスに足手纏いにならないでねと言った。

 そして色々あって置手紙を残して鉱山の町に来た私を、クロヴィスが追いかけて来た。


 順序は少し違うが、奇しくも今回、その中のキーワードとなりうるものを踏襲している。

 腕を捻り上げる、足手纏いと言う、そして婚約を辞退するという内容の手紙。


 それらを複合して、クロヴィスの記憶が戻ったという事か。


 納得して手紙を折り畳むと、クロヴィスは私の手を掴んだ。


「……記憶が戻ったのも、結局はアリスのおかげだったんだな……アリスがもう一度俺の腕を捻り上げてくれたから、足手纏いだと言ってくれたから……」

「それを感謝されると複雑なんだけど……」


 一国の皇太子相手に、腕を捻り上げて足手纏いだと言い放つなんて、本来不敬でしかない。


「……でも、おかげで思い出せた……本当に、このまま思い出せずにいたらと思うとぞっとする」

「まぁ、思い出さなかったら、ぞっとする事もなく、そのまま生きていたと思うけどね」

「それが怖いんだよ……この気持ちを思い出す事もなく、お前に婚約破棄されて、別の誰かと結婚する事になっていたかもしれないと思うと……」


 そこまで言って、クロヴィスははっとした。


「そういえば、父上に婚約破棄を申し出たって言っていなかったかっ?」

「……あ、そうだった……あれってもう成立しちゃったのかな……」


 そうだとしたら厄介だ。


 皇族の婚約破棄も、聖女の婚約破棄も、帝国的には大問題だ。

 そして、一度正式に婚約が破棄されたら同じ相手と再び婚約する事は絶対にない。


「……まぁ、そうなったら、俺が皇室を離脱するか……」


 クロヴィスはそう言って小さく笑った。

 前に私が言った事を覚えていてくれた事が嬉しくて、また視界が滲み出す。


 私はこんなに涙もろかっただろうか。


「だから、帰ろう」

「……うん!」


 私は下手くそな笑みを浮かべて、差し伸べられた手を取った。

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