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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第六章 教団との戦い

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陸:聖女封じの魔具

 嫌な予感が背筋を走った。

 あの手鏡のようなものは、私を封じ込めるためのものだと、咄嗟に理解した。


「っ!」


 私は本能的に、放出していた魔力を止めて、ただの拳をマルムの顔面に叩き込んだ。


「ふぎゃっ!」


 彼の手から落ちたそれを、思い切り踏み付けて割ってやる。


「ああぁぁっ! 聖女封じの鏡がぁっ!」

「こんなもので私を封印できると思ったの?」


 呆れて溜め息を吐く。

 推測だが、あの状況で魔力を放っていたら、その魔力をとっかかりに私自身が封じられていただろう。


 だが、そういった類の魔具は物理的な衝撃に弱い事が多い。

 今回も例外ではなかったようで、踏み付けただけで簡単に真っ二つに割れてしまった。


「悪あがきはもう終わりよ!」


 もう一度、拳に魔力を纏わせてマルムの腹部に拳を叩き込む。

 それと同時に浄化魔術を発動させると、マルムが恨みがまし気に私を睨み、そして淡い光に包まれていった。


 はらはらと光が散り、終わったと思った刹那、その場にちょこんと小さな狐が現れた。

 金色の毛並みで、緋色の眼をしたその狐は、自分の姿を確認して悲鳴を上げた。


「なななっ! 何で僕が狐の姿に……!」

「浄化魔術を浴びる前に受けたダメージが、致命傷ではなかったからでしょう。私がグレース様の眷属となった時と同様です」


 オロチが訳知り顔で頷く。


「えっと、つまり、この状態で名前を付ければ眷属にできるって事?」


 魔物をほいほいと眷属にする趣味はないが、小動物のようなこの姿は可愛い。

 正直、このもふもふを眷属にするのは悪くないと思えてしまう。


「そういう事です」

「眷属になったら人型になるの?」

あるじがそれを望まないのであれば、眷属は人型を取れません」


 つまり、この狐を配下にして、人型になることを私が許可しなければこの愛くるしい見た目は維持される、と。


 そう思いながら狐を見ると、それは小さな拳を振り上げながら怒り出した。


「ふざけるな! 僕が聖女の眷属になんてなるはずが……!」

「じゃあ致命傷を負わせて浄化するまでだけど」


 言いながら拳を構えると、狐はひゅっと息を呑んで凍り付いた。


 たっぷり三呼吸ほど数える沈黙の後、狐は短い前足を腰に当てるようにしてふんぞり返った。


「……し、しかたない。この僕が眷属になってやるんだ。ありがたく思うんだな!」


 精一杯強がっている様子が可愛く見えてしまうのだから、この姿はずるいな。

 それにしても、あれほど聖女を憎んでいたのに、結果眷属となる事を受け入れたのは意外だ。

 私の拳と浄化魔術が効いたのか。


 私はすんとした顔になりつつ、思考を巡らせて名を考えた。

 眷属にするのならば早くしてしまわないと、妙な抵抗をされると面倒だ。

 マルムはあくまでも教団内で便宜的に使っていた名前だろうし、この姿に合っていない気がするので違う名前にしよう。


「……じゃあ、契約を交わすわ」


 一呼吸おいて、契約に必要な宣言を口にする。


「我が名はアリス・ロードスター。今此処に、汝に名を与え、主従の契約を結ぶ。汝の名は“ガリュー”」

「今この時より我が名は、ガリュー……アリス様に、絶対の忠誠を、誓います」


 渋々ではあるが、主従に応じる言葉を得て、成立の呪文を唱える。


主従魔術ドミヌスエトセルブス!」


 狐ことガリューが一瞬淡い光を帯びる。

 契約が終了した事で、ガリューは何もかもを諦めたような様子でその場で大の字に寝そべってしまった。

 もふもふした毛玉が転がっているように見えて、その様さえ可愛い。


 わしゃわしゃしたくなるのを堪えて、私は身動きが取れないままになっていた老人たちを振り返った。


「……さて、と。反聖女思想の教団(アンチサンクトス)の黒幕とも言えるマルムはこれで消えた訳だけど、何か言いたいことは?」


 彼らは揃って小さく震えた。

 首を横に振りたいらしいが、身動きが封じられているので震えるにとどまっているらしい。


「とと、とんでもない! 聖女アリス様のお力には感服いたしました!」

「聖女とは力を持たぬ少女が祀り上げられたものと教え込まれておりました故、聖女様が本物の力をお持ちでしたら我々が聖女様を排する理由はございません!」


 妙に興奮している様子なのが若干気色悪いが、改心したのならばそれで良い。

 先程の高出力の浄化魔術も効いたのだろう。


「……ところで、フェリクス殿下はどうしてここにいたんですか?」


 改めて尋ねると、彼は気まずそうに視線を落とした。


「……こないだ、兄上と、アリス様に失礼な事を言ってしまったから、せめてもの罪滅ぼしのために、反聖女思想の教団(アンチサンクトス)の情報を探っていたんだ……そしたら、留学で滞在しているこの町の郊外に拠点があるという情報を掴んで……」

「単身で乗り込んだ、と……?」


 確認すると、彼は小さく頷く。

 私は額を押さえて嘆息した。


 流石に無謀過ぎる。

 一国の第二皇子が、護衛も連れずに敵陣に乗り込むなんて。


 しかも、ここに教団の黒幕ともいえるマルムがいたのだ。

 下手したら殺されていても不思議ではなかった。


「アリス様、申し訳ありませんでした」

「うん?」


 思わぬ謝罪に、目を瞬く。


「兄上を取られたような気がして、嫌な態度を取ってしまいました。貴方は、間違いなく俺の尊敬する兄上が、初めて選んだ女性だったのに」

「ええと、私を認めてくれるって事で良いの?」

「はい。聖女様のお力を先程間近で拝見し、心より感服いたしました」


 おっと、ここにも浄化魔術の影響を受けた人物がいたか。

 まぁ、普通に生活していたら自分を含めた広範囲の浄化魔術を浴びる事なんてないもんな。


 もしかしたら、浄化魔術には少なからず、浴びた人間を敬服させる効果があるのかもしれない。

 そんな事を考えた時、横たわっていたクロヴィスの瞼が震えた。


「クロヴィス! 気が付いた?」


 フェリクスの治癒魔術が効いて、傷口は完全に塞がっている。

 私が掛けた浄化魔術によって、黒い痣も完全に消えているので、問題はないはずだ。


 しかし、目を開けて起き上がったクロヴィスは、私を見るなり怪訝そうに首を傾げ、フェリクスを振り返った。


「……フェリクス、ここは何処だ?」

「クロヴィス?」


 様子がおかしい。そう思って名を呼んだ瞬間、彼は私に侮蔑にも似た表情を向けた。


「俺は帝国の皇太子だ。それを呼び捨てにするとは、不敬罪で死にたいのか?」

「あ、兄上? 何を仰っているんです?」

「フェリクス、説明しろ。ここは何処で、何故俺は倒れていた?」


 冗談を言っている様子はない。


 クロヴィスは、どうやら記憶の一部を失ってしまったらしい。

 私は愕然と、目の前のクロヴィスを見つめた。

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