弐:行方不明の魔具術師
その魔具術師の名は、マグナス・ゼスト。年齢は三十五歳。
赤褐色の髪にグレーの瞳の、体格の良い青年だという。
魔具術師というのは、リベラグロ王国で使われている職業名であり、魔具を創ることを専門にしている魔術師の総称だそうだ。
三日前に工房に入ったという家族の証言以降の消息が途絶えているらしい。
性格は真面目で、これまで連絡もなしに家を空けるとはなかったそうだ。
「……どう思う?」
通信を切ったクロヴィスが私に尋ねる。
「無関係とは思えないわね。昏睡状態に陥らせる魔具を創ることができる魔具術師が行方不明なんて」
「そうだな……考えられるのは、マグナスと言う男が実は教団員だった、または教団員によって拉致され、その技術を搾取されている、だな……可能性としては後者の方が高そうだ」
「そうね……」
マグナスというその男に会ったことがあれば、その魔力の波動を探知魔術で追う事もできたのだが、残念ながら彼とは一切の面識がない。
しかも、今リベラグロ王国が管理している魔具の中に彼が創ったとされる魔具は無いらしい。
前国王時代、王城内での魔具の管理はなかなかに杜撰だったらしい。そのせいもあって、マグナスが創った魔具が保管庫に元々無かったのか、行方不明となる前後に持ち出されたのかどうかもわからないとアルバートは話していた。
これではマグナスを探し出す事はできない。
そこまで考えて、ふと思い至る。
「……首環そのものから、創った魔術師を探知する事はできないのかしら?」
私の呟きに、クロヴィスは首を横に振った。
「お前の首に嵌められた首環もそうだったが、首環には遮蔽魔術が掛かっていて探知は不可能だった」
「そう……」
そういえば、魔具を創る際、魔具術師は自分の痕跡を残さないようにすると、聞いた事がある。
でなければ、魔具を手にした他の者に自分の居場所を知らせる事になってしまうだけでなく、下手をすれば魔具を通じて魔力を繋げられ、呪いを流し込まれる可能性があるからと。
『僭越ながらアリス様』
身を隠しているオロチが不意に口を挟んだ。
「何? 何か良い案がある?」
『首環には確かに遮蔽魔術が掛けられており、探知は不可能ですが、首環に嵌められた魔鉱石の魔力を追う事は可能です』
「魔鉱石の魔力……?」
呟いて、思い出した。
鉱山の町で、一つの魔鉱石を砕いて作られた二つのペンダントを持つ二人の幼馴染。片方のペンダントから魔力を辿って、もう片方の所在を探知したのだ。
「……そうか。首環の魔鉱石が、一つの魔鉱石を砕いて創ったのだとしたら、他の魔鉱石の居場所がわかる!」
「神殿と城以外で反応があれば、少なくとも教団員が所持している可能性が高いな」
「それに、もしも、大きな魔鉱石を砕いて創り出したのだとすれば、その魔鉱石の本体を、首環を創った魔術師がまだ持っている可能性もある!」
そこに思い至って、私は即座に魔術にも魔力操作にも長けているオロチに、探知魔術を試みてもらう事にした。
「……反応しました。複数ありますが、最も大きな反応はダイサージャーの王都郊外ですね。反応の様子からして、加工前の魔鉱石の本体とみて間違いなさそうです」
姿を見せたオロチが探知魔術で視た結果を伝えると同時に、私とクロヴィスは顔を見合わせて頷いた。
「すぐに行こう」
「オロチ、その場所まで転移できる?」
「ええ、ダイサージャーの王都には行ったことがありますので、目的地のごく近くまで転移可能です」
流石だ。私はすぐにオロチへ転移魔術を使うよう指示したが、それをクロヴィスが止める。
「相手は反聖女思想の教団だぞ? お前が行くのは危険だ」
「私が行かなくて誰が行くの? 相手は、他の誰でもない聖女に喧嘩を売っているのよ?」
「だからこそ、対聖女の戦略を練っているんだろうが。そんな所にお前が行くのは、狼の群れに羊が飛び込むようなものだぞ」
「その羊が、実は羊の皮を被った熊だったら、話は変わってくるでしょう?」
私がにやりと笑うと、クロヴィスは何か言いたげな顔をしたが、やがて諦めた様子でがしがしと頭を掻いた。
「あー、お前は言い出したら聞かないんだよな……わかった。でも、絶対に無茶はするなよ?」
「それはこっちの台詞よ。クロヴィスこそ、無茶しないで……足手纏いにならないでね」
あえて足手纏いという単語を口にすると、クロヴィスは一瞬虚を突かれたような顔になって、それからふっと笑みを零した。
「ああ。善処するよ」
彼の言葉を受けて、オロチが転移魔術を発動する。
一瞬で、目の前の光景が変わる。
城内の一室から、異なる文化の町に出た。
白い壁と赤い屋根の家々が円形に建ち並ぶ、不思議な形の町だ。
その中心に、白亜の城が聳えている。
ダイサージャー王国、王都デュトロ。
この美しい町並みが有名な町だ
オロチが転移先に指定した場所が、何故か町外れの塔の上だったので、その景色が良く見えた。
「……綺麗な町ね」
思わず呟く。オロチは満足げに頷いた。
「この場所からならば、町の様子が一望できますからね。ああ、魔鉱石の反応があったのは、あの建物の地下のようでした」
彼が指差した先には、町の円形から少し外れた場所にぽつんと絶つ、古びた教会があった。
「……ダイス教の、教会……?」
建物の屋根には、ダイス教の象徴である太陽の紋章が飾られている。
ダイス教に反している反聖女思想の教団が、ダイス教の教会を隠れ家にするとは意外だが、だからこそこれまで見つけ出せなかったのかもしれない。
「なるほどな……」
クロヴィスも同じことを考えている様子で頷いた。
「教会に地下室か……行ってみるしかないわね」
私達は遮蔽魔術を掛けた上で、飛翔魔術を用いて教会まで移動した。
その教会は、朽ちた扉が半開きになっており、隙間からぼろぼろの祭壇と長椅子が見える。
使われなくなってからかなり年月が経っているようだ。
扉を観察すると、人の手が触れた跡があった。それはまだ新しい。
「……誰かが出入りしている様子はあるわね」
呟き、私達は教会の中に足を踏み入れた。
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