壱:クロヴィスからの通信
胸元で光ったのは、首から下げていた懐中時計のような形をした大振りのペンダントだ。
これは同じ物を持った相手と通信できる魔術を組み込んだ魔具である。
そう、先日クロヴィスと国立騎士団長のガレスが通信していたのと同じ物だ。
当面は私が神殿と城を行き来する生活になっているので、持たされたのである。
『―――――アリス、聞こえるか?』
「クロヴィス、どうしたの?」
『ちょっと厄介な事になった。オリヴァーが、あの首環を着けられて眠ってしまったんだ』
その言葉に、その場にいた全員が絶句した。
オリヴァーは国立騎士団の副団長で、魔術は使えない人物だ。
武力に秀でていても、わざわざ無力化するのは不自然な気がした。
「……実はこっちも、リュカとクラリスが首環を着けられて眠っているの」
『何だってっ?』
「オロチに診てもらったんだけど、首環に込められた魔術が私の時と違うから、宝石を壊しても解けるかどうかわからないし、間違っていたら爆発するって……」
『そうか。やはりな。無理に手を出さなくて良かった……アリス、すまないがすぐに城へ来られるか?』
「ええ、わかったわ」
頷いて通信を切った私に、ジャンが不安そうな目を向ける。
「アリス様、大丈夫なんでしょうか? あのオリヴァー殿まで眠らされたとは……」
「わからないわ……でも、おそらく、反聖女思想の教団が関わっていると思う」
「反聖女思想の教団が? しかし、彼の教団が神殿関係者以外を狙う事なんて、これまでは……」
そう、反聖女思想の教団が狙うのはいつだって神殿関係者だけだった。
狙われた聖女を庇った騎士が怪我をした事はあっても、最初から城の騎士が狙われた事はこれまでにない。
「ええ……でも、私の勘は反聖女思想の教団が怪しいと言っている……ジャン、神官と神官見習いを、神殿から出さないようにして。それから、今神殿に来ている国民は帰らせて、その後神殿の正面玄関には結界を張って。私が戻るまで、誰も入れては駄目よ」
私の命令の意味を理解して、ジャンは頷く。
するとアネットとトリスタンが、互いに顔を見合わせて部屋を出て行った。
仕事ができる面々は動くのも早い。
「じゃあ、私は城に行ってくるから、神殿は頼んだわ。何かあったらすぐに知らせて」
「わかりました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
ジャンの言葉を受けて、オロチを見る。彼は即座に転移魔術を発動させた。
こういう時、無尽蔵の魔力を持つオロチの存在はとても助かる。
この後どんな状況になるかわからない以上、安易に転移魔術のような膨大な魔力を要する魔術を乱発するのは得策ではない。危機が迫った時に魔力切れを起こしてしまっては大変だ。
移動した先は、昨日から私に用意された城内の部屋だ。
婚約式を終えた私には、クロヴィスの私室がある棟に私室を宛がわれたのだ。
とはいえ、これも結婚式を済ませるまでの仮の部屋で、正式に結婚したらクロヴィスの部屋の隣に居室を構える事になる。しかも、その場合は私とクロヴィスの部屋は扉で繋がっており、寝室は当然の如く共有になるそうだ。
私はオロチに身を潜めるよう指示を出し、部屋を出た。
オロチのような魔物が気配を隠すことなく城の中を歩き回っては大騒ぎになってしまう。
「……クロヴィス!」
部屋を出たところでクロヴィスがこちらに来るところと鉢合わせた。
神殿から転移するとしたら私の部屋に来ると見越して迎えに来てくれたらしい。
「アリス、急に呼びつけて悪いな」
「ううん、事情が事情だもの、当然よ……それより、オリヴァーは?」
「医務室に寝かせている。こっちだ」
クロヴィスの案内で、城の医務室へ向かう。
ベッドに寝かされた彼の首には、リュカとクラリスの首に着けらていたのと同じ首環が着けられていた。
「オロチ、どう?」
呼びかけると、オロチが姿を隠した状態のまま、声だけが頭に響いてきた。
『あの神官二名と同じ首環ですね。込められている魔術も同じものです』
「……やっぱりね」
オロチの声はクロヴィスにも届いていたらしい。
彼も頷いている。
「首環を創った人間か、扱える人間を探すしかないな」
「レンゾは?」
レンゾ・プレーリー。
彼は前回私の首に首環が着けられた時に外し方を教えてくれた、先々代聖女チェイス様の父親で、元反聖女思想の教団の教団員だった男だ。
娘の死を不審に思って神殿に不信感を抱き、教団に与してしまっていたが、今は悔い改めて教団解体の協力者として調査に尽力している。
彼ならばこの首環についても何か知っているのではないかと期待を込めて尋ねたのだが、クロヴィスは苦い顔で首を横に振った。
「真っ先に聞いたが、彼が知っていたのはアリスの首に着けられた首環についてのみで、それ以外の首環については知らないそうだ」
「そう……あ、もしかして、リベラグロ王国のアルバートやウィリアムなら何か知ってたりしないかな?」
リベラグロ王国は魔具文化が発達している国だ。
第一王女エルヴィラの失態のせいでファブリカティオ帝国の支配下に下る形になってしまったが、それまでは帝国と互角に渡り合っていた。それは偏に、王国の持つ魔具文化のおかげだ。
その国の王族であれば何かしら情報を持っているかもしれない。
「そうだな。聞いてみる価値はある」
言うや、クロヴィスは懐から通信用の魔具を取り出した。
私との通信にも使用したのと同じ物だ。
聞いた話によると、これを持っているのはクロヴィス、私、王立騎士団長ガレス、リベラグロ王国現国王アルバート、神官長ジャンの五人らしい。
「アルバート、聞こえるか?」
『―――――はい、クロヴィス皇太子殿下、アルバートにございます』
すぐに応じたアルバートに、クロヴィスは早速本題に入る。
「単刀直入に聞くが、そっちで、身に着けた者を昏睡させるような魔具は開発されているか?」
そう尋ねた瞬間、顔は見えないのにアルバートが息を呑んだのが伝わって来た。
『……何かあったのですか?』
向こうもこちらを探るように尋ね返してくる。
「こちらで、三人が不審な首環を着けられて眠っている。外し方がわからず、下手に手出しができずにいるんだ。心当たりがあれば教えて欲しい」
『そうですか……実は、数日前から、王室御用達の魔具術師が行方不明になっているんです。その術師が得意としていたのが、他者を昏睡状態にさせるという特殊効果をもたらす魔具の創造だったのです』
私とクロヴィスは思わず顔を見合わせた。
だとすれば、リュカ達に着けられた首環は、その術師によって作られた可能性がある。
「その術師は反聖女思想の教団の教団員か?」
『いえ、そのような話は聞いた事がありません。反聖女思想の教団の存在は存じておりますが、リベラグロ王国での活動は確認されておりませんし……』
聖女は帝国独特の文化から生まれた存在でもあり、リベラグロ王国にはいないため、それは当然と言えば当然だ。
まぁ、そういう国を隠れ蓑にしている可能性は否定できないが、少なくとも聖女を排そうとする教団が聖女のいない国でそのための活動をする意味はない。
「そうか。とにかく、その術師の情報を教えてくれ」
クロヴィスの言葉に、アルバートはすぐに応じて答えてくれた。
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