参:盗賊シェイド
シェイドは言い辛そうに視線を落とし、小さく口を開いた。
「……聖女は、皇族と無理やり結婚させられるって聞いたんだ……だから、お前が皇太子との婚約が嫌だと言うなら、連れて逃げようと思った」
その言葉に目を瞬く。
「何で貴方がそんな事を?」
彼は私を嫌っていると思っていたのに。
と、シェイドは顔を真っ赤にしながら、吠えるように言い放った。
「ずっとアリスが好きだったんだよ! だからお前が神殿に行っちまってから、ずっと後悔していたんだ! いつかお前を迎えに行けるような男になろうと思ってた!」
「……は?」
理解が追いつかず、思考が停止する。
と、隣でクロヴィスが不機嫌そうな顔をしている事に気付いた。
「……クロヴィス?」
「何だ」
怒っているかのような口調に、思わず首を傾げる。
「何で怒っているの?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃない」
「怒ってない」
埒が明かない。
私まで苛々してしまいそうになって、自分を落ち着かせるために溜め息を吐いた。
そんな私の態度に、クロヴィスは不機嫌そうな顔のままシェイドを見る。
「……で、どうするんだ。この男。逃がすのか?」
冷たい声で問われ、何故クロヴィスが怒っているのかわからないまま、とりあえず首を横に振る。
「いいえ。ティアラを盗んだ罪は償ってもらうわ」
「アリス! 本当にすまなかった!」
シェイドが悲痛な面持ちで叫ぶ。身動きを封じられているので頭こそ下げていないが、束縛魔術を掛けられていなければ土下座していそうな勢いだ。
「謝罪されても、貴方が犯した罪は消えないわ。貴方はこれから罪を償って……」
言いかけて、言葉を切った。
嫌な魔力の気配が、こちらに迫っている。
クロヴィスも気付いて、洞窟の外を睨んでいる。
「クロヴィス」
「ああ、魔物だ。それも、群れだ」
一般的に、魔物は弱いもの程よく群れる。
そのため、個別に見ると低級で大して強くないのだが、数が増えると途端に厄介になる事が多い。
一方で、中級以上の強さを持つ魔物が群れを成している事も稀にある。
気配を探って、今回はその稀に当たってしまった事を悟る。
魔物の一体一体の強さが中級以上である事と、それが十体以上いる事を察知し、クロヴィスを振り返った。
「多分、魔狼の群れね。まっすぐこっちに向かっている……不自然なくらい」
「ああ、何者かが操作して嗾けてきている可能性が高そうだ」
クロヴィスが言いながらシェイドを見る。彼は青褪めた顔でそれを否定した。
「お、俺じゃねぇぞ! 俺は魔術なんて使えねぇんだ! 魔物なんて操れる訳ねぇよ!」
その様子からして、どうやら演技ではなさそうだ。
実際、記憶の中にあるシェイドも、魔術の才能はない普通の少年だし、目の前の彼の魔力を読み取っても、魔術師になれる程の魔力量はない。
魔術も使わず城からティアラを盗み出したのだとしたら、盗賊としては大した腕である。
「魔狼の群れくらいなら私が対処できるわ。任せて」
「お前はまた……」
クロヴィスが止めようとするので、私はふっと笑って見せた。
「さっきは譲ったんだから、次は私の番よ」
私はそう言い置いて、彼の反論を待たずに結界魔術を纏って洞穴を飛び出した。
ゆっくりと呼吸を三回数えたところで、魔狼の群れが吹雪の中に現れる。
文字通り、狼の形をした漆黒の毛並みの魔物だ。
何対もの赤い眼が私を睨み、その喉からぐるぐるとした唸りが響いてくる。
ゴーチエが創り出した黒い影の魔物とよく似ている。あれは瘴気によって創られたものだったが、おそらく魔狼を象ったものだったのだろう。
「大丈夫か?」
私を案じて洞穴から出て来たクロヴィスが尋ねてくる。
私は振り向かずに頷いた。
「勿論。一撃でケリを付けるわ」
あまり魔術を乱用したくはないけど、魔狼の群れを相手に素手で戦う方が体力を消耗してしまう。
一つの魔術で決着をつける方が効率が良いだろう。
「攻撃魔術!」
魔力を刃に変える基本的な攻撃魔術を、広範囲に出力する。
見える範囲の魔狼全てに刃が届き、首を落としたところを確認して、続けて叫んだ。
「浄化魔術!」
魔狼を一体残さず消し去ったところで、違和感に気付く。
魔力の気配が残っている。
これは魔狼のものじゃない。紛れていたのだ。
「っ! しまった!」
飛び退こうとした時には遅かった。
足元に魔法陣が顕現し、私の身体は強引に別の場所へ引っ張られてしまった。
これは相手に拒否権を与えない、高位の強制召喚魔術だ。
「アリスっ!」
クロヴィスの声が耳に届いた直後、私の視界は黒く塗り潰されてしまった。
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