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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第五章 婚約式とティアラ

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零:婚約式の準備

 私は皇太子の婚約者という立場を甘く見ていた。

 聖女であるが故に、皇妃教育を受けずに済んだのは良かったが、それでも面倒臭いことは満載だった。


 明後日に控えた婚約式もその一つ。


 三ヶ月前にリベラグロ王国でのクロヴィス誘拐事件を受け、皇太子が婚約式を済ませていない事も、エルヴィラの凶行を招いた要因の一つだと判断した皇帝陛下が、婚約式を前倒しにすると言い出した。

 おかげで、本来ならば最低半年は掛けて準備をするところ、その半分の期間で済ませなくてはいけなくなり、かなり慌ただしい毎日を過ごす羽目になってしまった。


 ドレスの採寸から式典の流れの説明に始まり、貴族マナーについての勉強までみっちり予定を詰め込まれてしまったのだ。

 折角皇妃教育は免れたというのに、最低限の立ち振る舞いは身に付けなくてはならないという事で、クロヴィスの教育係でもあったローレル公爵夫人に教えを乞う事になったのである。


 これがなかなかのスパルタで、私は毎日げんなりしていた。


「……アリス、大丈夫か?」


 一方のクロヴィスは多忙な毎日に慣れているようで、日々時間を作っては私の様子を覗きに来ていた。


「まぁなんとか……さっきドレスの最終調整が終わったところ」

「そうか」


 妙に嬉しそうにしながら、彼は私の隣に座り、メイドにお茶を出すように指示を出した。


「ローレル公爵夫人が、なかなか筋が良いって褒めていたぞ? 彼女はあまり教え子を褒めない事で有名なのに」

「そう? それは良かったわ」


 前世の暗殺者としてのスキルでもある変装、擬態で他者になりきるのは慣れている。

 今回も、どこぞの貴族令嬢の仮面を被ったつもりで挑んだので、それなりの立振る舞いをすること自体は難しくなかった。ただ、神経を使うのでとても疲れる。


「……いよいよ明後日だな」

「そうね……この三ヶ月長かったわ……」


 何しろ、ちょくちょく神殿から呼び戻されては浄化を頼まれ、その度に転移魔術で行ったり来たりしていたのだ。

 まぁ、私の疲労を懸念して、転移魔術が使える神官トリスタンが送迎してくれた事もあったけど。


 二重生活のような毎日で、気が休まる暇がなかった。


 それを思い出して溜め息を吐いた私に、クロヴィスは少しだけ困ったように眉を下げた。


「大変な思いをさせてすまない」

「確かに大変だけど、皇太子の婚約者になると決めた時点でこのくらいは想定の範囲よ」


 そう答えてやると、クロヴィスはほっとした様子で息を吐いた。


「ところで、さっき来客リストを確認していたんだが……お前の親族は呼ばなくて良いのか?」

「え? ああ、だって、私の両親はもう亡くなっているし、親戚もいないから」


 そういえば私の親族について詳しく話した事はなかったか。私があっけらかんと答えると、クロヴィスは申し訳なさそうに目を伏せた。


「そうだったのか……すまない」

「良いよ。気にしてないから」


 私の両親は、私が十二歳の時に、立て続けに亡くなった。

 身寄りもなく、住んでいた村も貧しかったため、そこで一人で生きていくのは厳しいと感じた。

 私は、生きていくために神殿に入る事にしたのだ。


 神官見習いになる少年少女には、そういった事情で家を出てきた者も多い。

 勿論、神官見習いとて楽ではない。

 神官になれば食いっぱぐれる事はないからと、甘く見て神殿入りして、修行の厳しさに耐えきれず逃げ出す少年少女は毎年後を絶たない。


 そういえば、神官見習いとして神殿に入ったリベラグロ王国の元王女であるエルヴィラも、最初は文句ばかり言っていたが、デボラと張り合いながらなんとか神官見習いとしての役割を全うしているらしい。

 まぁ、トリスタン曰くデボラはエルヴィラを煽ってばかりで、フォローしているのは他の神官見習い達らしいが、煽られたエルヴィラがなんやかんやちゃんとやるようになるので、結果として上手く回っているという事だ。


 そんな事を思い出しつつ、私はクロヴィスに向かって微笑んだ。


「私の両親や親戚を呼ぶことはできないけど……両親を亡くした結果、神殿に入って聖女になって、クロヴィスとも出会えたんだから、人生ってわからないわね」

「……そうだな。お前に出会えたのがご両親のおかげでもあるのだとしたら、感謝しないとな」


 クロヴィスはそう言って私の髪を撫で、それから何か思い出したように、後ろに控えていた側近のイーサンに何かを持って来させた。

 ちなみに彼は、先程話題に上がったローレル公爵夫人の次男で、クロヴィスの乳兄弟でもある。


「そうそう、やっと届いたんだ。開けて見ろ」


 掌より大きく、立派な装飾の施された箱だ。

 首を傾げつつそれを開けると、中には銀色に輝くティアラがあった。


 中央には青色の宝石が填め込まれていて、見事な細工が施されている。


「綺麗……」

「代々、皇太子の婚約式で、婚約者にはティアラが贈られるんだ。俺がデザインして創らせた、世界に一つだけのティアラだ」


 自信満々にそう言いながら、クロヴィスは私の頭にティアラを軽く乗せた。


「うん、良く似合う」

「ありがとう……でも、落としたら怖いからしまっておくね」


 それは本心だ。こんな高級な装飾品を身に着けたことはかつてない。

 落として傷付けたらと思うとぞっとする。


「もう少し見ていたかったが、明後日の式典中はずっと着けている事になるし、楽しみだと思って取っておこう」


 クロヴィスはそう言って箱を再びイーサンの手に渡した。


 そしてその夜、そのティアラの入った箱は、何者かに盗まれてしまったのだった。


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