終:愛慕
その後、一旦自分の部屋に転移した私は、身支度を整えてクロヴィスの迎えを待った。
私同様着替えたクロヴィスと共に玉座の間に行き、皇帝陛下に事の次第を報告すると、陛下は呆れた様子で額を押さえた。
「ガレス達からお前が封印されて連れ去られ、更には聖女がそれを追いかけて行ったと聞いて気を揉んではいたが……まさかリベラグロ王国を制圧してくるとは……」
「勝手をした事は申し訳ありません。しかし、仕掛けて来たのは向こうですから」
「それはその通りだが……」
国王は言いながら私を見る。
「アリス、今回はお前のおかげでクロヴィスは助かった。だが、お前が出向いてお前まで捕まったらどうする。聖女の自覚を持て」
皇帝陛下の立場からしたら、それは尤もな懸念だ。
皇太子が誘拐され、聖女まで倒されてしまったら、帝国の戦力が大きく減るだけでなく騎士団の士気にも関わる。
「お言葉ですが皇帝陛下、今回の件は、私以外の誰が赴いても、解決できなかったと思います」
私がきっぱりと答える。
実際、私だったからオロチもついてきて協力してくれた訳だし、彼がいなければリベラグロ国王が魔晶の魔力を吸収した時点で危なかった。
「私もそう思います。父上、今回の件は、アリスを賞賛こそすれ、咎めるべきではありません。咎められるべきは、油断してまんまと封印されてしまった私自身です」
「……そうだな」
「それに……」
クロヴィスは不意に皇帝に近寄り、何やら耳打ちをした。
何を言ったのかはわからなかったが、それを聞いた皇帝は嘆息して、クロヴィスに封印された事についての厳重注意を言い渡した。
私はそれ以上咎められる事もなく、そのまま解放された。
「……ねぇ、陛下に何を言ったの?」
自室に向かう途中でクロヴィスに問うと、彼は苦笑しながら答えた。
「ああ、父上には、あまりアリスに余計な事を言うと、聖女を辞めるとか言い出してそのまま失踪しかねないですよ、って助言したんだ。俺としても、もうアリスに逃げられるのは御免だからな」
「あはは、よくわかっているわね。もし陛下が、あまりにも私を縛り付けようとするなら、聖女の称号棄てて逃げ出そうかと思ったわ」
「……そうなったら、やっぱりお前は逃げるのか?」
「そうね。皇太子の婚約者……皇太子妃となる事で世界平和のために動けなくなるのなら、私はここにはいられないわ」
クロヴィスが、ぐっと唇を噛むのが視界の隅に映る。
私は数歩先に進んで、くるりと振り返った。
「だから、その時はクロヴィス、貴方が皇太子を辞めて私と共に帝国を出たらいいわ」
「……は?」
「まぁ、もしもの話だけどね」
ふふっと笑って前を向くと、クロヴィスに腕を掴まれた。
気配で察知していたけど、逃げる理由はないので捕まってやる。
「それは、俺が皇太子じゃなくなっても、お前の隣に立って良いって事か?」
「当たり前でしょう? 私がクロヴィスの求婚を断り続けていたのは、皇太子妃になりたくなかったからなんだから、クロヴィスが皇太子じゃないのは大歓迎よ。まぁ……もう腹は括ったから、皇太子でも良いけどね」
私がそう答えると、クロヴィスは何かがおかしかったのか盛大に笑い出した。
「ははっ! そうだよな。お前は、そういう奴だよな……!」
「私、何か変な事言った?」
「いいや。お前は最高だって話だ」
「……そういうクロヴィスは、私が聖女じゃなくなったら結婚を取り止めるの?」
「そんな訳ないだろう。お前は俺の唯一無二だ。立場や肩書は関係ない」
自信満々にそう言い放った彼に、こそばゆい心地になる。
「……俺を前にして、皇太子じゃなくても良いなんて言ったのは、お前が初めてだよ」
「そうなの? 皇太子妃なんて面倒なだけなのに、物好きな女の子って多いのね」
心からそう呟くと、クロヴィスはまたおかしそうにクスクスと笑う。
「……そんなにおかしい?」
ずっと笑われている状況に不快感を覚えて思わずそう尋ねると、クロヴィスはしまったという顔をした。
慌てて咳払いして、私の手を握った。
「いや、盛大に惚れ直したところだ。本当に、アリスは俺の心を救ってくれる」
「何の事?」
「こっちの話だ。それより、俺をこれだけ惚れさせたんだから、覚悟しろよ」
クロヴィスはにやりと笑い、私の手の甲にそっと口付けた。
恋愛に免疫のない私はそれだけで顔が真っ赤になってしまう。
彼と共にいると心臓がもたない。
それでも、彼の隣に立つ事を選んだのは私だ。
なんだか悔しい気持ちで、私は精一杯クロヴィスを睨みつけるのだった。
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