壱:二人だけの晩餐
城がある帝都に辿り着いたのは、完全に陽が沈んだ頃だった。昼前に出発をしたので、予想ではもう少し遅くなると思ったが、馬が頑張ってくれたおかげだろう。
「それにしても、まさか馬に乗れるとは思わなかったぞ」
馬は城の使用人に任せて城内を歩きながら、クロヴィスがしみじみと呟いた。
「今の人生だと、私も生まれて初めて乗ったわ」
「初めて? 初めてで、俺のスピードについて来たのか?」
「うん。まぁ、前世では乗馬もやった事あったしね。前世の馬とこの世界の馬が同じで助かったわ」
そう言って笑うと、クロヴィスは一瞬ぽかんとしてから、くつくつと笑い出した。
「クロヴィス? 私何か変なこと言った?」
「いや、惚れ直したところだ」
「へ? 何で?」
本気で訳がわからず尋ねると、彼は誤魔化すように笑って、私をある部屋に案内した。
前回の登城時も案内された客室だ。
「モルドレッドの引き渡しは明後日だ。この後すぐ夕食だが、部屋に運ばせよう。今日はゆっくり休んでくれ」
私は目を瞬いた。
「クロヴィスは? 一緒に食事しないの?」
それは純粋な疑問だった。隙あらば一緒に居ようとするクロヴィスが、わざわざ食事を別々に摂ろうとするのは不自然な気がした。
以前の私だったら、これ幸いとばかりに一人で食事しただろうが、今は違う。
私なりにクロヴィスの気持ちに応えると決めた。だから今は、なるべく彼と共に過ごす時間を増やして、彼のことをちゃんと知りたいと思っている。
「俺と一緒より、一人の方が気が楽かと思ったが……一緒に食べて良いのか?」
「今更それを気にするの?」
意外そうに尋ねたクロヴィスに、思わず笑ってしまった。
すると、クロヴィスは嬉しそうな顔をして、すぐさま客間に料理を運ばせると言った。
客間は私に用意された客室の隣で、クロヴィスの指示で食事が用意された。
晩餐会ではないので、四角いテーブルに顔を突き合わせて、近い距離に座る。
妙な気分だ。
「……悪くないな。こうして食事するのも」
食事を終えてコーヒーを飲みながら、クロヴィスが噛み締めるように呟く。
「そうね。城にいる間はなるべく一緒に食事をするようにしましょうか」
私がそう提案すると、クロヴィスは心底驚いた顔をした。
「お前、本当にアリスか? 偽物じゃないだろうな?」
「あのねぇ、折角貴方の気持ちに応えるために歩み寄っているんだから、そういうこと言わないでくれる? 逃げ回って良いなら、これからも逃げ回るわよ?」
「はは、悪かった。今までがあまりに逃げられ続けていたから、ついな」
クロヴィスはそう言いながら、とても優しく微笑んだ。
その表情に胸の奥がきゅんとしたのを誤魔化そうとして、私は話題を変えることにした。
「……そういえば、モルドレッドの引渡しは明後日なんでしょう? 取り調べは終わったの?」
「ああ、そもそも元の罪状は全てリベラグロ王国側から通達がされていたからな。後は自白通り、アテンザ伯爵領の鉱山を手土産に恩赦を受けて宰相に返り咲く腹積りだったらしい。町長の証言も奴の動向と一致している」
「王女を殺そうとしたのに、魔鉱石の鉱山一つで赦されると本気で思っていたのかしら」
思わず呟く。
クロヴィスも神妙な面持ちで頷いた。
「ああ、リベラグロ国王も娘を殺そうとした奴を赦すとは思えないが……噂ではリベラグロ王国はここ数年連続した凶作が祟ってかなりの財政難らしいから、魔鉱石の鉱山なら喉から手が出るほど欲しいだろうな」
「目の前の利益に飛びついて恩赦を与える可能性はある、と……?」
私が唸りつつふとクロヴィスを一瞥すると、彼は何かを思い出した様子で、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「……どうしたの?」
「いや、何でもない」
「何でもないって顔じゃないわ。何か心配事があるなら話して」
青の瞳を覗き込むと、彼は観念した様子で嘆息した。
「……少し前に、リベラグロ王国の第一王女との婚約話があったんだ」
「誰との婚約?」
「俺」
そんな話があったなんて知らなかった。
驚いて目を瞬くと、彼は言い辛そうにしながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「丁度ゴーチエ逮捕の直後だ。俺はその時にはアリスを婚約者にする気で動いていたから、すぐに断りの返事をしたんだが……今思えば、財政難に陥った状況で帝国と戦争にでもなったら勝ち目がないと判断して、財政難である事を知られる前に皇族と縁を結ぼうとしていたのかもな」
それはあり得る。
リベラグロ王国はこれまでファブリカティオ帝国と対等に渡り合い、互いに牽制し合ってきた国だ。
単純な兵力で言えば帝国の方が圧倒的に上だが、リベラグロ王国は独自に発展した魔具文化があり、魔術武器を多く所有しているため、正面切って戦いを挑むのはリスクが伴うと言われていた。中にはあらゆる攻撃を反射する魔具も存在するからだ。
しかし、王国自体が財政難となれば、帝国としても攻めようが出てくる。長期戦に持ち込めば間違いなく勝てるからだ。
だから、リベラグロ王国もそれを悟られまいとしていた。
先程のクロヴィスの言い方だと、第一王女との婚約話を持ち掛けられた時点では、リベラグロ王国の財政難については知らなかったと思われる。
「……まぁ、アリスと出会ってなかったとしても、やたら上から目線の条件を突きつけてくる敵国の王女と結婚するなんて断っていただろうけどな」
クロヴィスはそう付け足した。
「上から目線だったの?」
「ああ、要求を要約すると、うちの第一王女と結婚させてやるから和平協定を結べって事だったからな」
それは悪手だと、政治に詳しくない私でもわかる。
敵国にそんな提案をすれば、自国側は和平協定を結んで欲しい状況だと暴露するようなものだ。つまり、今戦争を仕掛けられたら勝ち目がないと白旗を挙げるようなものである。
「そんな事を言われて、その機会にリベラグロに進軍しようとはしなかったの?」
「勿論その話も持ち上がったが、罠の可能性もあったからな。それで向こうの内情を調査している間に、マルセルの件があってごたついていたら、モルドレッドの指名手配が来た」
そうか、婚約話が来た時点ではリベラグロ王国側の内情を知らなかったのだから、罠だと警戒するのは当然か。
その後の調査の結果、どうやら財政難で王女を差し出してきたのは間違いないだろう、という結論に至った訳だ。
納得して頷く。と、クロヴィスはまだ浮かない顔をしている。
「まだ何か心配事?」
尋ねると、彼は深々と溜息を吐いた。
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