零:乗馬
鉱山の町から神殿に戻った私は、行き先を告げずに一人で飛び出した事について、神官長であるジャンにしこたま怒られた。
聖女は唯一無二の存在だ。帝国として、万が一にも失う訳にはいかない。
どんなに私が強くとも、油断が命取りになる事もある。たった一人で辺境まで行って何かあったらどうするのか。
要約するとそんな事を、三時間くらいくどくどネチネチ言われ続けた。
そしてその数日後、今度はクロヴィスが早馬で訪ねてきて、城へ来て欲しいと告げた。
というのも、鉱山の町の事件で捕らえたリベラグロ王国の元宰相、モルドレッド・アコードを彼の国へ引き渡す日が決まったからだ。
モルドレッド引き渡しに際して、彼がこのファブリカティオ帝国で犯した罪について、どのように償わせるのかという事を使者と交渉する必要がある。
彼が、帝国において経済の要ともいえる魔鉱石の鉱山に危害を加えた。これは戦争の引き金になりかねない事案だ。
ましてや、リベラグロ王国は帝国に属していない、冷戦状態の敵国だ。帝国としても、損害を被ったまま何の賠償もなく犯人を引き渡す訳にはいかない。
そこで、交渉するに当たり、モルドレッドを捕らえた聖女である私に同席してほしい、という事だった。
転移魔術を使うほど緊急ではないが、馬車で移動するほどの余裕はない。
それを鑑みて、早馬で移動する事になった。
アリス・ロードスターとしての今の人生では乗馬は未経験だ。
この世界では基本的に女性は乗馬をしない。一部の農民や商人の娘が必要に応じて馬に乗る事はあるがそれも稀だ。
そのため神官見習いの時にも習わないし、出身の村でも馬に乗る機会はなかった。
だがそれも、この世界では、の話だ。
殺し屋だった前世は、バイクや自動車と呼ばれる機械仕掛けの乗り物も存在したが、一部の人間は馬を使っていた。
標的に近づくための潜入で馬に乗る機会もあったので、乗馬は習得済みだ。
だからこの世界の馬と前世の世界の馬の特性が変わらないのならば、多分乗れるはずだ。
「……アリス、お前は俺と……」
クロヴィスが言いかけた横で、私は神殿が所有している馬に跨った。
元々クロヴィスの提案では、馬は二頭で移動する予定だった。
一頭に私とクロヴィスが乗り、もう一頭に荷物を乗せて乗馬ができる神官に付き添いを頼む、という話だったが、たかが移動のために神官を連れて行く必要はない。
「私なら一人で大丈夫よ。早く出発しましょう?」
「お前、馬に乗れるのか?」
「うん、大丈夫みたい」
クロヴィスは驚いた顔をしたが、すぐに切り替えて自分の愛馬に跨った。
「じゃあ行くぞ」
神官長であるジャンや、神官見習い時の同期で今は私の侍女をしているメルも、心底驚いた顔で私達を見送った。
まぁ、乗馬などした事がないはずの聖女が突然馬に跨って、慣れた様子で走り出したら、そりゃ驚くわよね。
私は内心苦笑しつつ、速度を上げるクロヴィスにしっかりとついて行くのだった。
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