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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第三章 鉱山の町

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捌:医者の魔物

 その人語を解す魔物の男は、凄絶に笑った。


「まさか人間如きに私の正体が見破られるとは思いましませんでした。お名前をお伺いしても?」


 妙に慇懃な口調で尋ねられ、私は毒気を抜かれたような心地になった。


「魔物に名乗る名前などないわ」

「……まぁ、警戒するのは当たり前でしょうね。私はオロチと申します」

「人語を解する魔物が、この町で何をしていたの?」


 鋭く尋ねると、オロチと名乗った魔物はぺろりと舌なめずりをしてみせた。


「私の主食が、この町には溢れているのですよ」

「主食?」


 魔物は、個体によってそれぞれ好むものが異なる。

 人肉を好み人間を襲って喰う魔物もいれば、恐怖のような感情を喰らう魔物もいる。


「ええ。私は人間の“疲労”が大好物でして」

「疲労……?」


 町医者に化けて人間を診療していたから、てっきり血液とでも言うのかと思った。

 採血と称して血を抜けば、人間は疑う事もなく、人間が死ぬまで血液を採り続けることができるからだ。


 疲労という言葉は予想外だったが、それが本当ならこの鉱山の町に医者として潜んでいたのも頷ける。

 肉体労働が盛んな鉱山の町では、毎日のように鉱山夫が疲労困憊で帰ってくる。

 魔物がその疲労を喰えば、喰われた人間は元気になるし、魔物の腹も膨れて相互利益になる。


「この町は素晴らしい。毎日毎日、疲れ果てた人間が湧いて出て、どんなに喰っても尽きる事がない」


 ふふふ、と嗤う。彼が人間に対して害意が無いのも当然だ。

 殺せば二度とその疲労は手に入らなくなってしまうのだから。


「診療所で出している薬は?」

「あれはただの回復薬です。鉱山夫は疲労を喰えば大概元気になりますが、私は回復や治癒の魔術は使えないのでそれ以外の病人や怪我人は私の手に負えません。だから薬草を調合して作っていたのですよ。あまりに重病や重傷の場合は大きな町の病院に行くよう促していました」


 そう話す彼の様子から、嘘を言っているようにも思えない。


 人語を解す魔物は、人を欺くために言葉を話すとされている。

 欺き、殺し、喰う。人間以上に狡猾で卑怯な生き物だと、神殿にあった古い本に書かれていた。


 彼の眼に宿る昏い光は、彼が悪いものだと言っている。

 だが、魔物と言う生き物の特性を考えたら、あの光が視えるのは当然だ。他者を傷付ける事を厭わない、それが魔物だから。


 どっちだ。この魔物は。

 私の直感は、善良だと言っている。あの昏い光を目の当たりにしても。


 だが、それさえも魔物の“嘘”なのだとしたら。


 クロヴィスも同じ事を思っているようで、若干面食らった様子で立ち尽くしている。


「……善良な魔物って、存在するのか?」

「……嘘みたいな話よね。これが本当なら、ゴーチエの方がよっぽど邪悪よ」


 思わずそんな事を口走ってしまう。


 と、オロチは私の背後に横たわっているモルドレッドを見て目を細めた。


「……ところで、ひと月前に、鉱山夫が酩酊状態になった件はご存知ですか?」

「ええ、聞いたわ」

「どう考えても魔術師の仕業でしたので、私の縄張りに手を出した犯人を探していたのです……ようやく見つかりました」

「何をする気?」


 ここで初めて殺気に似た気配を放ち始めたオロチに、私は再び警戒態勢を取る。


「縄張りを荒らされて、私は非常に気分が悪い。八つ裂きにするつもりです。ああ、私は美食家なので不味い人肉など喰いはしませんよ」


 やはり、相手が悪人であれ、八つ裂きにする事を厭わないのならば、あの昏い光が視えるのは当然だ。


「駄目よ。この人は確かに悪い事をしたけど、ちゃんと国が裁くべきだわ。少なくとも、祖国とファブリカティオ帝国の両方で罪を犯しているのだから」

「人間の決めた法律など、私には関係ありません」


 そりゃそうだ。魔物が人間の国の法律を守って暮らすなど聞いた事がない。


 どうしたら説得できるだろうか、と思った矢先、オロチが突然地面を蹴った。


「っ!」


 突如間合いを詰めて、右手を振り被ってくる。その手の爪が一瞬で、ナイフのように長く伸びた。


防御魔術ディフェンシオ!」


 間一髪、魔力による防壁を築き、オロチの爪が私の眼前で止まる。


「私の攻撃に反応しますか……やはり貴方は只者ではなさそうですね」


 感心した風情で呟き、オロチは一度腕を引っ込め、後ろに飛び退いて距離を取った。

 私は短剣を引き抜いて構える。


「おい、大丈夫か?」

「誰に言っているの?」


 クロヴィスが気遣うように尋ねてくるが、私は自身満々に頷いた。


「私は負けないわよ」


 魔物を倒すには、物理的な攻撃を喰らわせて、ある程度弱らせた上で浄化魔術を発動させることが効果的だ。

 体力も生命力も有り余っている状態で浄化魔術を発動させても逃げられてしまうからだ。


「……本気出すから、クロヴィスはモルドレッドを見張ってて。危ないから動かないでね?」


 念を押すと、私は地面を蹴って跳躍した。

 魔力を足に溜めて跳べば、通常の何倍もの高さと速さで跳べるのだ。


 一瞬でオロチの目の前に移動して、彼の首を狙って剣を振るう。


「っ!」


 オロチが驚いて横に跳び、剣は空を斬った。

 簡単に斬れるとは思っていなかったが、予想以上の反応速度だ。


 私は着地と同時に再び地面を蹴る。顔を狙って殴り掛かろうとした直後、オロチが顔を庇うように腕をクロスさせた。


 私は素早く足を地面について、回し蹴りに切り替えた。顔をガードしたはずのオロチが、私の魔力を込めた回し蹴りを喰らってそのまま横に吹っ飛ぶ。

 大きな岩に激突し、凄まじい轟音が響いた。


「……まさか、私が人間の攻撃を喰らうなんて……」


 オロチが口から紫色の血を流しつつ立ち上がる。

 人間なら今の一撃で即死を免れないくらいの衝撃があったはずなのに、やはり魔物だけあって相当に頑丈らしい。


「あまり人間を馬鹿にしない方が良いわよ。それより、降参してくれない? 人間に手を出さないなら見逃してあげるからさ」

「……魔物の私を、見逃す……?」


 驚いたようにオロチは目を瞠った。


「だって、今までこの町の人間の疲労を喰って、回復薬まで与えていたんでしょう? それが本当なら、何も悪い事していないじゃない。この男を八つ裂きにさせる訳にはいかないけど、人間に危害を加えないって約束してくれるなら、聖女の名において貴方の事は保護すると約束するわ」


 腰に手を当てて宣言した瞬間、オロチは私を見て呆然とした。


「聖女……? 貴方は、聖女なのですか?」

「え? ええ、それがどうかした?」

「先程鉱山を浄化したのも貴方ですか?」

「そうだけど……」


 魔物にとって聖女は天敵だ。

 浄化魔術を恐れて、私の提案を飲んでくれたら良いのだけど。


 そんな事を思った直後、オロチは凄まじい勢いで私の足元に平伏ひれふした。

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