伍:追跡
銀髪に、まるで宝石のような青い瞳。すらりとした筋肉質な長身で、端正な面立ちの青年。
その姿を見た瞬間、フィアンナが口元を手で覆い頬を赤らめたのを気配で感じる。
同時に私は思わず「げ」と呟いた。
「クロヴィス……」
額を押さえて唸る。
いかん、面倒な事になった。
彼が私と魔術師の男の間に転移してきた事で、男の術式が乱れ、催眠魔術の効力が途切れた事は良かったが、彼は必死な形相をしている。
それはそうだろう。
私は彼に行く先を告げずに神殿を飛び出したのだ。
彼へ残した手紙には、婚約は辞退する旨と、探さないでくれと書いた。
もう一通、メルに預けた手紙には、フィアンナ・タントという女性から手紙を貰い、この町へ来る事を書いたが、私に何かしらの危害が加えられなければ、その手紙は開封できないように魔術を掛けてあった。
それが、どうやら先程この魔術師の攻撃魔術による風圧でフードが外れたのが、『危害を加えられた』という条件を満たした事になってしまったらしい。
つまりクロヴィスは、私に何かあったと悟った上で転移魔術を行使したのだ。
そして私がいる場所のドンピシャに現れた。
「……アリス! 怪我はないか!」
私を見て第一声が心配の声だった事に、流石に罪悪感が湧く。
「大丈夫よ」
頷いた私に、クロヴィスは一瞬安堵の息を吐いたが、すぐに悲しそうに眉を下げた。
「……逃げ出すほど俺との結婚が嫌だったのか……?」
「うーん、大変申し訳ないんだけど、今その話をしている場合じゃないのよね」
私は言いながら、クロヴィスの背後にいて唖然としている男を指差した。
振り返って男を見たクロヴィスが、すっと目を細める。
「リベラグロ王国の紋章……指名手配されている元宰相のモルドレッド・アコードだな」
「指名手配?」
そういえば、隣国の大臣が行方不明になっていると新聞に載っていた。
私が神殿を出た時点では行方不明としか情報がなかったが、おそらくその後指名手配に変わったのだろう。
「ああ。敵国ではあるが、こちらにも通達があったんだ。見つけ次第拘束し引き渡して欲しいと」
「国外にまで指名手配されるなんて、一体何をしたの?」
「王族の暗殺未遂だそうだ」
なるほど、それは重罪だ。おそらく自国に戻っても極刑は免れないだろう。
それを、魔鉱石の鉱山を手に入れる事で恩赦を得ようとしていたというのだろうか。
何と浅はかな。
「違う! 殺意などなかったんだ! あの生意気な王女が、俺の求婚を蹴ったりするから……!」
つまり、王女に求婚して断られた腹いせに、王族を攻撃したという事だろうか。
リベラグロ王国の王女は確か三人。第一王女でもまだ十代だったはずだ。
このどう見ても四十代半ばの男からの求婚を、受けるはずがないだろうに。
男、モルドレッドはクロヴィスを睨みつけ、しかし何かに気が付いたように息を呑んだ。
「き、貴様、まさか……!」
「おや? 俺が誰だかようやくわかったか?」
言うが早いか、クロヴィスは右手を振り払った。
「束縛魔術!」
しかし、相手の方が僅かに反応が早かった。
クロヴィスが詠唱し終える直前に、呪文を唱えその場から掻き消えてしまった。おそらく転移魔術を使ったのだろう。
「……逃げられたか」
クロヴィスは舌打ちしつつ、私を振り返り、今にも泣きそうな顔をした。
流石に胸が痛む。
かける言葉が見つからず、黙り込んだ私の背後で、フィアンナがおずおずと口を開いた。
「……あの、聖女様、この方は……?」
「あー、えっと……知らない方が良いと思うわ」
アビエテアグロ公国が属するファブリカティオ帝国の皇太子がやって来たと知ったら、田舎町の住民は皆大混乱だ。
私はあえて明言は避け、改めてクロヴィスを振り返った。
「申し訳ないけど話は後で。今はとにかく、さっきの魔術師……モルドレッドを捕まえるのが先よ」
「……そうだな」
ファブリカティオ帝国の中でも、この鉱山で採れる魔鉱石はかなり経済に貢献している。
そこを敵国に狙われているとあっては、皇太子としても対処せざるを得ないだろう。
クロヴィスは気持ちを切り替えると、すぐに探知魔術を発動させてモルドレッドの居場所を探った。
「鉱山だ。急ごう」
クロヴィスに促された私は、フィアンナを振り返った。
ハルフェンにしたように、彼女のペンダントにも簡易的な魔術をかける。
万が一何か危険が迫った時、私の名前を呼べば私に伝わるように。
「フィアンナ、貴方は家に帰っていなさい。万が一何かあったらペンダントに向けて私の名前を呼んで。良いわね?」
「わかりました。聖女様、どうかお気をつけて」
フィアンナが頷いたのを確認して、クロヴィスが転移魔術を発動させる。
先程駆けつけて来た際も転移魔術を使っていたと言うのに、やはり彼の魔力量は尋常ではない。
「……ここが鉱山か……嫌な気配が充満しているな」
坑道の入り口に立って、クロヴィスは眉を顰めた。
ひと月前のゴーチエ事件で呪いを受けたことをきっかけに、彼は黒い靄が感知できるようになったらしい。
とはいえ、話を聞く限り私ほど鮮明に見えているという訳ではないようだが。
「……ええ、モルドレッドがここへ逃げ込んだという事は、この穢れも彼が関係していると見て間違いないと思うわ」
私は右手を軽く掲げた。
「浄化魔術!」
唱え、坑道に充満していた黒い靄を払拭する。
「行くわよ」
私はクロヴィスと共に、暗い坑道へ足を踏み入れたのだった。
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