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拾:想い人

 ロジェの胸倉を掴んで激しく揺さぶるジルベルト。

 そして、彼女を切ない目で見つめるマルセル。


「……神官同士の恋愛は、御法度だものね」


 私が呟くと、マルセルがぎょっとした顔で振り返った。


「……それを撤廃したかったんでしょう? だから、ジャンや私には言えなかった……言えば自分が誰を好きなのか、バレてしまうから」


 それに、と続ける。


「それを撤廃しても、自分の想い人が別の男と結ばれてしまったら意味がない……だからロジェに罪を着せて神殿から追い出そうとした。違う?」


 私の言葉に、理解が追いつかない様子の神官達が互いに顔を見合わせる。


「えっと、どういう事……?」


 クラリスが隣に立つトリスタンを振り返る。

 彼は訳知り顔で頷いた。


「マルセルはずっとジルベルトに片想いしていた。でも、ジルベルトはロジェばかり気に掛けているし、ロジェも、まるでヤキモチを妬かせようとするかのように、ジルベルトがいる前でばかり女性を口説いていた」

「えっ、そうなの?」


 クラリスは何も知らなかったらしく、驚いた顔で三人を順番に見つめている。

 当の三人は、マルセルは顔を真っ赤にして俯き、ロジェは固まり、ジルベルトはあたふたと慌てている。


「い、いや! 私は、神官のくせに女を口説いてばかりいるロジェが、同僚として許せなくて……!」

「でも、神官同士の恋愛でなければ、口出しする権限はない。町娘を口説こうが、それは本人の責任だ」


 トリスタンに冷静に突っ込まれ、ジルベルトは言葉を呑み込んだ。


「神官同士の恋愛が御法度だという規則があるから黙っていたが、お前達はいい加減素直になった方が良い」


 トリスタンの言葉を受けたロジェとジルベルトが、恐る恐るといった様子で顔を見合わせ、真っ赤になって視線を逸らした。


 まるで十代の少年少女が初恋を実らせた直後のようだ。


 甘酸っぱい気持ちで、すんとした顔になった私は、改めてマルセルを見た。

 彼は捕まった現実よりも、突き付けられた失恋の事実に打ちのめされたようで、がっくりと項垂れている。


「神官長を呪った罪、神殿内に魔物を召喚した罪で、貴方を城へ引き渡すわ。何か言いたいことは?」

「……ありません」


 消え入りそうな声で呟いたところで、私はいつの間にか私の傍らに立っていたクロヴィスを振り返った。

 いつの間にか、とは言っても、気配でその存在は察知していたけど。


「ってことだから、連行よろしく」


 と、クロヴィスは不満そうに唇をへの字に曲げる。


「……皇太子をこき使うのなんてお前くらいだぞ」

「だって、貴方はジャンを呪った犯人を捕らえるために来たんでしょう?」

「それはそうだが……」


 むっとした様子のクロヴィスだったが、何か思いついたようににやりと笑って、私の耳元に唇を寄せた。


「言う事聞いてやるから、次はお前が俺の言う事を聞いてくれよ」

「は?」


 いやいや、悪人の逮捕は国の仕事だ。

 この国には、前世の世界であった警察という組織の代わりに、騎士部隊と魔術師部隊が存在し、事件を捜査したり、悪人の取り締まりを行っている。

 その両方を動かす権限は皇帝と皇太子にある。当然、目の前に悪人がいれば皇太子の権限で裁く事も可能なのだ。


 つまり、マルセルの逮捕と連行は、皇太子が自分の責務を全うするだけであって、私がお願いしたから引き受けるという事ではない。


 しかし、私の反論を聞きもせず、クロヴィスはマルセルの腕を掴むと、転移魔術で城に戻ってしまった。


「……何なのよ」


 額を押さえて嘆息した私は気を取り直して、マルセルが激突してヒビが入った壁に手を当て、修復魔術を唱えた。

 一瞬で亀裂が消え、元通りの壁になる。


「便利な魔術ね」


 呟きながら、全員近くに来るよう指示を出す。

 皆戸惑いながらも、全員が輪を作る形で集まって来た。


「……さて、ガスパル大神官」

「は、はい……」


 自分の派閥から反逆者を出してしまった事で、彼は狼狽していた。


「派閥とはいっても、正式に部署としていた訳でもないから、私は貴方に罪はないと考えるわ」

「え、ええ! そうです! その通りです!」


 これ幸いとばかりに身を乗り出すガスパルに、私は溜め息を吐いた。


「でも、大神官として神官の反逆を見逃した責任はゼロじゃない。ひと月、大神官としての地位を剥奪するわ。その間は、神官として、真摯に仕事に当たるように」

「……承知しました」


 一瞬反論しかけたようだが、ぐっと言葉を呑み込んで頷いた。

 反論したとて分が悪いことはわかっているのだろう。


 正直、今回の件についてはガスパルだって被害者だ。

 誰もマルセルの企みに気が付かないままだったら、いずれ神官長となり、程なくしてその座を追われていた事だろう。

 その方法が失脚ならまだ良い。暗殺だったらと思うと、ぞっとするだろう。


 だが、マルセルが彼の派閥に属しており、日常的に接していた事実がある。

 上官として、部下の企みに気付けなかったことには責任を取らなくてはならない。

 ひと月という期間が果たして妥当かどうかはわからないが、ガスパルは普段から雑務をサボりがちだったので、それも含めての期間としては丁度良いだろう。


「それと、私の権限で神官同士の結婚、交際を認める事にするわ。ただし、結婚前提の交際に限るし、交際する時点で聖女または神官長に申告する事を前提とするわ。神殿内の風紀を守るためにも、隠れて交際する事は禁止よ」

「えっ……」


 ロジェとジルベルトが驚いた顔をする。


「良いんですか?」


 アネットも戸惑いを隠せない様子で尋ねる。


「ええ。そもそも、神官同士の恋愛が御法度になったのって、かつて一人の美男子神官が、複数の女性神官をその気にさせて刺された事件があったからでしょう? 結婚前提で、尚且つ聖女と神官長に届け出る事を厭わないくらい本気の恋愛なら、私は応援するわ」


 しかもその事件があったのは数百年前の話だ。改定する事自体は問題あるまい。


「ジャンも、それで良いかしら?」

「勿論です。私も神官長として、神官の反逆に気付けなかった責任を取り、神官長の座を……」

「返上されても後釜がいなくても困るから、一か月間降格するだけにして。その間、ガスパルの代わりに大神官としての業務も兼務するってことで」


 彼が神官長を辞めると言い出す前に遮って伝えると、アネットもうんうんと頷いた。


「……って事だから、ロジェ、ジルベルト、交際する? 結婚前提で」


 正面切って尋ねると、二人揃って顔から火を吹いたかのように真っ赤になった。


「せ、聖女様! 揶揄わないでください!」


 しどろもどろになるジルベルト。

 それに対して、ロジェがはっとして、ジルベルトに向き直った。


「いや、今がチャンスだから言わせてくれ。ジルベルト! 俺と結婚してほしい!」

「なっ?」


 おー、男を見せたわね、ロジェ。


 先にマルセルを連行してもらって正解だったな。

 そんな事を思いつつ、ニヤニヤする口元を手で隠しながら二人を見守る。


「他の女の子はどうするつもりなのよ!」

「君に嫉妬してほしくて口説いていただけだ。君が結婚してくれるなら、二度と他の女性は口説かないと誓う!」


 ついさっき私を背後から抱き締めておいてよく言うわ。と思いつつ、小さく嘆息する。

 でも、多分彼の本音はこっちだ。


 私の推測だけど、適当な事を言って私をその気にさせたら、いよいよジルベルトが焦ってくれるんじゃないかと思ったのではないだろうか。

 そんな浅い考えだったからこそ、私が皇太子であるクロヴィスの婚約者になっている事を失念していた。と。


 だから、彼はこれまで女性を口説きつつ一線を引いていたのだろう。件の事件の美男子神官と似たような事をして刺されなかったのはそのためだと思われた。

 彼の目に昏い光が宿っていなかったのも、本音では誰一人傷付けるつもりがなく、ジルベルトへの一途な気持ちが溢れていたから。


「……か、考えさせて」


 真っ赤にした顔を手で覆い隠して呟くジルベルトは、満更でもなさそうだ。

 即答で断られなかった事で、ロジェが目を輝かせる。


 その目が誰かを彷彿とさせ、私は思わずぶんぶんと頭を振ったのだった。

 

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