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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十八章 東端の調査

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捌:竜人族との因縁

 突然の咆哮、それは魔力を孕んで私たちに降り注いだ。


「っ! エルガ!」


 馴染みある魔力の気配に天を仰ぐと、天井の穴からトリスタンを背に乗せた赤い竜が、空を大きく旋回しているのが見えた。


「竜だとっ! 馬鹿な!」


 ずっと平静な様子だったフォワードが、心底驚いた顔をした。


 隠匿結界とやらが張られたこのクワンクアという場所は、本来なら魔物は入れないのだろう。そこへ、竜が入ってきたとなればそれは驚くのも無理はない。


「……あの竜、何をするつもりでしょうか……」


 オロチが、「まさか」と言いたげな顔で呟く。

 私も、嫌な予感が胸を掠めた。


 直後、竜の胸から首にかけて、大きく膨れた。


「っ! まさか!」


 青褪める。エルガは魔術は使えないが、魔力を操って攻撃することができる他、竜が使う技は一通り使うことができるのだ。

 そう、例えば口から火を吹いたり。


「エルガ! やめて! ダメよ!」


 声を上げたが、遅かった。

 竜の口から、深紅の炎が吐き出され、城を支える大樹に火がついた。


 神樹ジンタベルと呼ばれるあの大樹は、とんでもない魔力を秘めている。通常の火ではおそらく燃えないだろうが、魔力を含んだ竜の炎なら燃える可能性が高い。


 まずい、この大樹が燃えたら、この城だけでなく、罪のない市民が暮らす根元の町まで無くなってしまう。

 今目の前のエルフと敵対しているとしても、それは私の本意ではない。


「神樹ジンタベルが……!」


 愕然とするエルフ三人に、私は咄嗟に右手を振り払った。


水弾魔術アクアブレット!」


 それは水を生成し砲弾のように放つ術だ。本来は攻撃魔術として使用されるが、今はそれを威力を抑えて燃える樹に向けて放ち、一部の消火に成功した。

 私は更にそれを数回繰り返して、樹に点いた火を全て消し去る。


 と、城から水の弾が飛んできたことで私の存在に気付いたエルガが、城に向かって滑空してきた。

 城にぶつかる直前に人型に戻り、背に乗っていて放り出されたトリスタンが飛翔魔術でふわりと着地した。


「聖女様、申し訳ありません。エルガ殿を止めきれませんでした」


 開口一番に謝罪するトリスタン。

 彼らの性格からして、私たちが連れ去られた後に目覚め、エルガと協力してどうにか隠匿結界とやらの中に入って来たところで、エルガが竜化して暴走、制止する声も届かずエルガが火を吹いたのは容易に想像できる。


「トリスタンのせいじゃないわ。貴方も無事で良かった」


 と、一拍遅れてエルガも降り立つ。


「アリス、こりゃ一体どうなってんだ? てっきり敵に攫われて捕らえられてるもんかと……」

「捕らえられていたわよ。さっきまで、クロヴィスとオスカーがね」


 とりあえずその危機は脱したということは伝わったらしい。

 エルガは腕を組んでフォワードを見た。


「おい、俺の仲間を連れ去ってどういうつもりだ」


 しかしフォワードは忌々し気に眉を顰めるだけで何も答えない。


「……忌々しい竜人族が……」


 吐き捨てるように呟かれた言葉を、私の耳は確かに捉えた。


「……エルフと竜人族は、何か因縁が?」


 私がフローリアンに向けて尋ねると、彼は困った様子で小さく頷いた。


「ああ、竜人族は忌み嫌われているって言っただろう? 四百年くらい前に、竜人族に神樹ジンタベルを半分近く焼かれたことがあったんだよ」

「え……」


 それは、今エルガがやったことと同じではないか。

 そんな過去があって、今同様のことが起きたとなると、相手の心証は最悪だろう。


「僕達長命種の寿命は約千年。四百年前なんて少し前くらいの感覚だ。竜人族に対する嫌悪感はまだまだ根強いんだよね」


 こそっと教えてくれた内容に、妙に納得してしまう。


 この短い時間でも、エルフの君主フォワードはかなり厳格な人物だとわかった。融通が利かない典型的な頑固者だと。

 そんな彼が「竜人族による神樹半焼事件」を目撃していたのなら、今尚根強い嫌悪感を竜人族に抱いているのも当然である。


「……神聖なる神樹ジンタベルに火を放つなど……!」

「先に俺の仲間を攫ったお前達に非がある。仲間を奪還するためなら、俺は何だってするぞ」


 睨み合うフォワードとエルガ。


 今にも魔力同士をぶつけ合って戦い始めそうな雰囲気にはらはらしつつ、ふとあることが気になって目を瞬いた。


「……ねぇ、四百年前に竜人に焼かれたって言ったわよね?」

「ああ、それが?」

「竜人族はこの一年で建国して表に出るようになったけど、それまで北の僻地に隠れ住んでいたのよ? こんな東端まで来ると思えなくて」


 私が尋ねると、フローリアンは気まずそうに視線を逸らした。


「……もしかして、竜人族がこの地を襲ったのは、貴方達エルフ側に非があるんじゃ……?」


 例えば、エルガが初めて帝国にやって来た時は、同胞である暗黒竜ダークネスドラゴン三体が殺されたことに対する抗議が理由だった。


 私がじっと翠の瞳を見つめると、彼は頬を掻きながら乾いた笑みを浮かべた。


「……召喚魔術で子竜を召喚して、ちょっとした実験を……」

「実験?」

「強靭な身体を持つ竜に興味があって、解剖しようと……」


 絶句した。


 竜は魔物の一種ではあるが、高い知能を持つ。

 竜王国ドラコレグナムが建国して何度か足を運び、その度に竜とも触れ合う機会を得たが、魔物の中では珍しく意思疎通が図れることが確認できている。

 そんな竜の子を召喚して、解剖しようなんて。

 竜を同胞とする竜人族が怒るのも当然だ。


 と、フローリアンの言葉を聞きつけたエルガが、驚いた顔で振り返った。


「お前らか! 母上から聞いているぞ! かつて子竜を召喚して虐待した不届き者がいたと!」


 エルガの母は、今でこそ竜王国の女王として君臨しているが、元々竜人族の族長をしていて、五百歳以上の長寿だ。


 もしや、四百年前にこの地を襲った竜人族とは、彼女のことではなかろうか。

 そう悟った矢先、エルガがフローリアンを指差した。


「その者の集落を半分焼き、二度と竜に手出しはしないと誓わせたと聞いているが……よもや再び我らが同胞たる帝国の聖女に手を出すとはな……!」

「いや、竜にはあれ以来手を出してないよ! それに、あの時解剖しようとしていた竜だって、ちゃんと治癒したし!」


 首をぶんぶんと振って否定するフローリアンにエルガは更に言い募る。


「こんな奴ら、根絶やしにした方が世のためだ……!」

「エルガ待って! 流石にそれはやりすぎよ。確かにフローリアンがやったことは許されることじゃないけど、この町に住むエルフの全員がその罪を犯した訳じゃないわ」


 そのまま集落諸共神樹を焼き払いそうな勢いのエルガを慌てて止める。


 と、一方でフォワードがエルガを鋭く睨みつけるのだった。

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