漆:長命種の王
あまりに強い魔力で、息ができなくなった。
まるで、初めて暁の女神様や黄昏の王と対峙した時のような感覚。
それはクロヴィスもラシェルも同様のようだったが、フローリアンとフィリーもまた、私たちとは異なる様子ながら青褪めて凍り付いている。
「アリス!」
私の肩からガリューが飛び出し、人型になると、庇うように前に出た。
直後、ガリューが呼びかけたのか、オロチが顕現する。
「これほど強大な魔力は、暁の女神と黄昏の王以来ですね」
オロチが言うなら、やはりそうなのだろう。
フルメンサキ王国国王だったギルモアをも超える魔力。一体何者だろうか。
「お前たちは何者だ?」
重々しい声が響いた直後、その場に一人の男が姿を現した。
フローリアンと瓜二つだが、少し年齢が上に見える。彼の兄だろうか。
絹糸のような金髪の頭には、美しい王冠が輝いている。
どうやら、ここのエルフたちの長のようだ。
「……ファブリカティオ帝国、皇太子のクロヴィスと申します」
刺激しない方がいいと判断したクロヴィスが、丁寧な口調で答え、一礼する。
「皇太子妃、聖女のアリスと申します」
「ふむ、儂はクワンクアの君主、フォワードだ」
見た目と声は三十代くらいなのに、話し方だけが随分と年寄り臭い。
フォワードと名乗ったその男は、オロチとガリューを一瞥して眉を寄せた。
「魔物が、何故ここにいる?」
「私たちはアリス様の眷属ですので」
「ほぉ……魔物を眷属とする短命種か……うん?」
興味深げに私を見た後、フォワードは僅かに瞠目した。
「……そうか。なるほど」
勝手に何かを納得した様子で頷くと、今度はフローリアンとフィリーを振り返る。
「それで、お前たちは何をしている?」
「あ、えーっと……この者たちが、隠匿結界の外を嗅ぎまわっていたので、眠り花の香で眠らせたのですが……」
「結界の外を嗅ぎまわるだけなら、害は無かろう。眠らせた後で、わざわざ結界の中に引き入れた理由は?」
フローリアンが青い顔のまま黙り込む。
フォワードがフィリーに視線を向けると、彼女は露骨に視線を逸らした。
「……まさかとは思うが、お前たち、また短命種を連れ込み弄んだのか?」
フィリーの肩がぴくりと跳ねる。
フローリアンはぶんぶんと首を横に振った。
「まさか! 違うのです父上! あまりに美しいのでもしよければ花嫁になってもらいたいと思いましたが、それだけです! 決して弄ぶなど……!」
「その娘は皇太子妃と言ったぞ。既婚の娘を、どうするつもりだったと?」
目を細めたフォワードに、フローリアンは慌てて口を開く。
「皇太子妃とは露程も思わず……! それに、僕はそもそもそちらの金髪の娘の方を気に入って……!」
確かに彼はラシェルを気に入っていた。
ラシェルを差し出せばクロヴィスとオスカーを解放するようフィリーを説得するという条件を出してくるくらいには。
ただ、眠り花の香とやらで私たちが眠らされた時点は彼はラシェルの存在に気付いておらず、私を花嫁にしようと思っていたのではなかったか。
付け焼刃の言い訳で何とか叱責を逃れようとしているのがわかる。
そして、今の短い会話で悟ったが、彼らの父であるフォワードは、どうやら非常に厳格な人物のようだ。
短命種がここに立ち入ることを快く思っていないだけではなく、フローリアンとフィリーの行為に、露骨な不快感を示している。
「クロヴィス殿、我が愚息どもが失礼した」
頭こそ下げなかったが、言葉からはしっかり謝罪の意が伝わってくる、
良かった、これで私たちは解放される。
そう案出したのも束の間。
「だが、クワンクアは短命種の立ち入りを許してはいない。不法侵入として、お前たちを処刑する」
「はっ?」
思わず声を上げた私とラシェル。
「私たちは、貴方の息子と娘によって無理矢理連れてこられたのよ!」
「クワンクアの法では、長命種ではない者の立ち入りは全て不法侵入と定めている。例外はない」
厳格過ぎる。
勝手に連れ込まれたにも関わらず不法侵入が適用されるなんて、そんな馬鹿なことが許されたたまるか。
「いくら長命種の血を引いていようと、短命種との交わりを持ち、寿命も縮んだ者は長命種とは呼べぬ」
「長命種の血を引いている……?」
訳がわからずクロヴィスと顔を見合わせると、フォワードは眉を上げた。
「なんだ、己のことなのに知らなかったのか。お前の体には、我ら長命種と同じ血が、ほんの僅かだが流れている」
フォワードはそう言って私を示した。
「私が、長命種の血を……?」
「時よりクワンクアから脱走する者がいる。数百年前にもあった。その者が大陸のどこかに移り住み、短命種と婚姻して子を成したのだろう。お前が、短命種にしては強い魔力を有しているのはそのためだろうな」
私の父は彼らと同じ金髪翠眼だったが、ラフェスタ侯爵家の次男で、魔力は少なく魔術は使えなかった。母は燃えるような赤髪と碧眼、少数民族の出身だったと聞いている。魔力はあったと思うが、当時の私は聖女として覚醒もしておらず、あまり覚えていない。
「まぁ、いずれにしろお前たちはここで死ぬ。出自を知る必要もあるまい」
言うや、彼は右手を私たちに向けた。
フィリーが放ったのと同じ、いや、それより遥かに強い魔力の砲弾が放たれると直感した直後、オロチがオスカーとラシェルを一瞥し、転移魔術を発動させようとした。
しかし、その時だった。
耳を劈くような咆哮が、天から降り注いだ。
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