陸:交渉
辺りは一面真っ暗なのに、ラシェルの姿と自分の身体は視認できる。
これは暗転魔術だと、直感した。
エルフは人間が使う魔術は使えない、もしくは使わないのかと思っていたが、そうでもないらしい。
「せ、聖女様、これは……?」
ラシェルが戸惑いながら私を見る。
「暗転魔術だと思うわ……多分、フローリアンって奴が使ったんだと思うんだけど……」
「フローリアン? さっき聖女様の前に部屋に入ってきた男のことですか?」
「ええ」
頷いた直後、私たちの目の前に、金髪の青年が姿を現した。
「危なかったね。あのままだと君たちはフィリーの魔力弾の直撃を喰らって死んでいたよ」
「まさかとは思うけど、私たちを助けたつもり?」
警戒しながら尋ねると、彼は小さく笑った。
「まぁ、それで恩が売れるとは思っていないけどね。それより、取引をしよう」
「取引?」
「そう。僕は君たちがとても気に入った。特にそっちの君、その細腕で大剣を振り回す姿が堪らない。君が僕の花嫁になるなら、銀髪の男二人を解放するよう、フィリーを説得してもいい」
フローリアンは、変わらずにこにこと笑っている。
つまりラシェルをこの男に差し出せば、クロヴィスとオスカーは戻ってくると。
私は込み上げる怒りに、拳を握り締めた。
「巫山戯ないで。そんな提案、乗る訳がないでしょう?」
「そう? じゃあ、君たちの負けだ」
フローリアンは右手を掲げた。
「僕はフィリーと違って、嫌がる女の子を無理矢理どうこうする趣味はないんだ。だから、君が自らの意思で僕の元に来てくれることを願っていたんだけどね。それが叶わないなら、君たちは誰も救えないまま、フィリーに殺されることになるよ」
不気味な笑顔でそう告げると、彼の魔力が僅かに動いた。
その瞬間、ラシェルが剣を振るった。
「断て!」
ラシェルの怒号が響いた瞬間、漆黒の空間に白い光が一閃し、フローリアンの魔力諸共真っ二つに割れた。
瞬き一つの間に、私たちは元々いたフィリーの部屋と思われる場所に戻った。
クロヴィスが拘束された状態のまま、自分とオスカーを囲む結界を張っている。
フィリーがその前に立ち、結界を破ろうと魔力弾をぶつけている。だが、先程ラシェルに向けて放ったものより格段に威力が弱い。甚振って遊んでいるのか。
「あら? お兄様、邪魔者は始末してくださるんじゃなかったの?」
再び現れた私とラシェルに嫌悪感を露わにするフィリー。
「断られちゃった。その子の剣、とんでもない力が込められてる。僕でも押さえ込めなかった」
フローリアンが肩を竦める。
「短命種の女って本当に野蛮ね。だから嫌いよ」
舌打ちしたフィリーに、ラシェルは剣を構え直しなが僅かに微笑む。
「奇遇ね。私もエルフは傲慢で嫌いよ」
ぶん、と剣を横に薙ぎ払う。
大きな魔力が爆ぜ、フィリーに襲いかかる。
「くっ!」
初めて、彼女の表情から余裕が消えた。
魔力の壁を使ってラシェルの攻撃を躱すが、明らかに彼女の魔力量が減っている。
「フィリー!」
フローリアンが驚いた顔で妹の元へ駆けつける。
「もう一発……!」
ラシェルがすかさず剣を振り翳した、その時、オスカーが血相変えて叫んだ。
「ラシェル! やめろ!」
その刹那、ラシェルの身体がふらりと傾いだ。
そうだ、彼女はあの不思議な大剣を使うことでとんでもない威力の攻撃が放てるが、それと引き換えに大量の魔力を消費してしまうのだ。
私は慌てて彼女の肩を支えた。
「す、すみませ……」
ぜえぜえと肩で息をするラシェル。完全に魔力切れだ。
「代わるわ。ラシェルは一度休んで」
短くそう告げ、短剣を引き抜こうとした私はふと思い立ちラシェルに尋ねる。
「ねぇ、その剣、私が使ったらダメかしら?」
「え……聖女様が……?」
ラシェルは、この剣を「呼べば来る」と言っていた。
魔具や武具が眷属のようになるとは聞いたことがないが、似たようなものであると解釈している。
「この剣は、剣自身が主と認めた者でないと握ることもできないとされていて……」
申し訳なさそうに答えるラシェルに、私は手を差し出した。
「なら、試す価値はあると思うわ」
「……わかりました。何が起きるかわからないので、まずいと思ったらすぐに手を放してくださいね」
念を押されて渡された剣を握った瞬間、剣の声が聞こえた気がした。
『お前じゃない』
そう言われたように感じたので、私は柄を強く握って剣に対して言い聞かせるように呟いた。
「貴方の主がラシェルなのはわかってる。でも、そのラシェルが危ないの。力を貸して。他でもない、貴方の主を助けるためよ」
その後剣の声は聞こえなかったが、しかしふっと剣の重量が変わった。
ふむ、今回だけ、ということで受け入れてくれたらしい。
「良い剣ね。レイブレイドって言ったかしら?」
「は、はい……聖女様、大丈夫なんですか?」
「うん、なんか大丈夫みたい。今回ばかりは、ラシェルのために剣が力を貸してくれるようよ」
触れてわかった。これは相当強い剣だ。
ラシェルが魔力切れになるのも頷ける。
でも、私の前世譲りの特殊能力『武器であれば初見でも使いこなせる』が効いているのか、私の魔力がごっそりもっていかれる感覚はない。
ただそれは、逆に言えば、ラシェルが使うときほどの攻撃力は出せない、ということだろう。
「いいわ。剣として正しく使ってあげる」
私は大剣を構えた。
「斬裂魔術!」
私の魔力を纏わせ、切れ味を高める。
魔力を込めた脚で間合いを詰め、フィリーに斬りかかった。
剣を持っていない彼女とフローリアンは咄嗟に後ろに飛び退いたが、それさえも、もう一歩の踏み込みで再び詰める。
「くっ!」
フィリーが魔力の壁を形成したが、私の斬裂魔術を纏わせたレイブレイドは、その魔力の壁をあっさり両断した。
フィリーは続けて、魔力の砲弾を私に向けて放ったが、レイブレイドはそれをも斬り裂いた。
「な、何なのよっ! 短命種の女がっ! 何でこんなに強いの……!」
動揺するフィリーに、私は剣の切っ先を据えた。
「クロヴィスとオスカーを解放して。今すぐ。そうでなければ、その綺麗な顔に傷がつくわよ」
私が告げると、彼女は心底忌々し気に舌打ちして、小さく右手を払った。
刹那、クロヴィスとオスカーの拘束を解かれる。
オスカーがラシェルに、クロヴィスがこちらに、それぞれ駆け寄る。
一方、私の右手側でその様子を見ていたフローリアンが、目を輝かせた。
「……すごい……! やっぱり君たちは素晴らしいよ! やっぱりどちらかは僕の花嫁に……」
言いかけたのを睨んで黙らせる。
「駄目かぁ……君が探していた魔術書、多分僕が持ってるんだけどなぁ……」
急に切り札のように提示してきたフローリアンに、私の苛立ちは更に募る。
「……それは元々私たちのものだから返してもらう。でも私もラシェルも、貴方の嫁になんてならないわよ」
いくら禁書とはいえ、魔術書一冊と私やラシェルの人生の価値が同等だと、この男は本気で思っているのだろうか。
だとしたら、いくらエルフからしたら短命種とはいえあまりに私たちを軽んじすぎではないか。
腹が立ってレイブレイドを握り締めた、その時だった。
フローリアンともフィリーとも異なる、更に強大な魔力がその場を包み込んだ。
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