終:地図の謎
城に戻った私たちは、真っ先に執務室で地図を広げた。
「……やっぱり、大陸の最東端って、聖王国よね」
地図上ではそう記されている。
と、オロチは聖王国の左端、僅かに突起状に飛び出した半島部分を指差した。
「私が視たのはこの辺りでした」
その土地の形状に、違和感を覚える。
結界魔術は、特殊な場合を除き、基本的には術者や対象を中心として球形か半球形となる。
それが一番強度が出るからだ。
聖王国の国境の壁も大きく弧を描くような形をしていた。聖王国の結界も球形であると見ていいだろう。
聖王国は大陸から少し飛び出すような形をしていて、北側から南東くらいまでは海に囲まれている。
海岸線は当然凸凹していて正円ではないが、地図の縮尺を下げて見れば綺麗に湾曲していて、国境の線と結ぶとおおよそ円形になるのがわかった。
そして、オロチが示した半島は、その円からちょこんと飛び出している。
帝国の東側にあるのは聖王国のみという先入観があり、その更に東にそんな半島があることに今まで気付かなかった。
帝国配下の国ではなくあくまで友好国だということも大きいだろう。
「……オズワルドに聞いてみよう。東側の地は聖王国の領土なのかと」
オズワルドは少し前に即位したばかりのプレアデス聖王国の新国王だ。
「そうね。もしかしたら、単純に結界で囲みきれなかっただけで、領有権自体は聖王国にあるかもしれないし」
私が頷くと、クロヴィスはすぐにオズワルドに手紙を書いて伝書魔術でそれを飛ばした。
友好国ではあるが、帝国配下ではないため通信の魔具は渡していないのだ。
また、伝書魔術も聖王国の結界を通過することはできないので、一度国境の関所を通ることになる。通常より時間がかかるが、ファブリカティオ帝国の皇族の紋章入りの蝋封印がされた手紙なら、即座に国王まで届けられるはずだ。
「……考えられるパターンは、東端の半島が、聖王国の領土内だが結界の範囲外、聖王国の領土内で結界の範囲内、聖王国の領土外の三つだな」
「聖王国のものかどうかはさておき、なるべく早く出向いて調査しないとね」
「ああ……」
頷きつつクロヴィスは浮かない顔をしている。
聖王国の領土外だとしたら許可取りは不要だし、もし領土内だとしても国王に許可を取ればいいだけのはずだ。一体何を懸念しているのだろう。
私は小首を傾げ、クロヴィスの表情を覗き込んだ。
「……なにか、気掛かりなことでも?」
「……ああ」
彼は視線を落とし、机に広げた地図を指でなぞった。
「もしも領土外だとしたら、今まで帝国側がそれを認知していなかったのは不自然だと思ったんだ」
「確かに……」
指摘されて気づく。
何故帝国が、長い歴史の中でその土地の存在を知らなかったのか。
現在竜王国ドラコレグナムがある場所も、元々はどの国の領土にもなっていない土地だったが、北の僻地として認知はされていた。
「それに、領土内で結界の範囲外だった場合、聖王国からこれまで帝国に対してそのような話が無かったことも気にかかる。少なくとも、聖王国の領土内は結界で覆われていては魔物が一体もいない、という話が覆ることになる訳だしな」
「領土内で結界の範囲内だったとしたら、今度は、強制召喚で結界を擦り抜けたことが疑問になるわね……」
聖王国の結界は特殊で強固だ。王の許可なしには誰も通過できない。
それは内側から召喚しようとした場合も同じだ。
それができるのは、王の許可を得たものを召喚する場合か、結界を生成した国王が召喚を行う場合のみとなる。
店主が聖王国でも何かしらの犯罪を犯していて、強制召喚されたのだとしたらまだ良い。
万が一、店主と国王が繋がっていて、帝国の捜査の手が伸びるのを恐れて回収するために強制召喚したのだしたら、とても厄介だ。この線はあまり考えたくないな。
「いずれにせよ、オズワルドの回答次第だな」
クロヴィスの声は静かだったが、その瞳の奥に緊張が宿っているのが分かった。
私も無意識に拳を握り締める。
帝国の東に広がる未知の地。
その存在が、国同士の均衡を揺るがす可能性があるのだ。
それから数日後、国境の関所を経由して、聖王国からの返書が届けられた。
桃色の封蝋に押された聖王国王家の紋章。クロヴィスがそれを受け取って視線を落とす。
「開けるぞ、アリス……」
「ええ」
短く名を呼ぶ声が、妙に硬い。
私は固唾を呑み込みながら、彼が封を切るのを見つめた。
書状に目を走らせたクロヴィスの表情が、一瞬で険しく変わる。
「……やはり、東端の半島は……」
彼はそこで言葉を切り、紙面を私の前に差し出した。
視線を落とした私の目に飛び込んできたのは、オズワルドの直筆で記された一文。
『あの地は聖王国の結界の外であり、我が国の領土ではない』
納得と驚きが半々で襲ってくる。
「……え?」
更に続く文章に、私は思わず声を漏らした。
『彼の地は、古くより禁断の地として、聖王国の人間は立ち入りを禁じられている。
だが、帝国の方が足を踏み入れることを止める資格は我らにはない。
我が国を経由せずに彼の地へ赴くのならば、こちらは何も言わない。』
聖王国には、禁断の地として伝わっている場所。
つまり、そこに何があるのか、誰がいるのか、それは誰も知らないということ。
私はクロヴィスと視線を交わす。
その瞳に映るのは、同じ決意。
「行くしかないわね……未知の地へ」
こうして、私たちの旅は新たな方向へ舵を切るのだった。
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