玖:元侯爵の取り調べ
詰所を出た私は、まっすぐに城の西側へ向かった。
「アリス? 何処へ行くんだ?」
「地下牢よ。リバティにも話を聞かないと」
私が答えると、クロヴィスは少々嫌そうに顔を顰めた。
「わざわざアリスが出向く必要があるか?」
「私じゃないと聞き出せないこともあると思う……それに、皇帝陛下の兄君が持ち出した禁書の一部を何故リバティが所持していたのかは、一刻も早く明らかにする必要があるわ」
聖女としても、皇太子妃としても、帝国における不穏分子は潰す必要がある。
合成魔術や凶悪な魔物を召喚する魔術の術式が書かれている魔術書ならば尚更だ。
しかし、クロヴィスは渋い顔で唸る。
「アリスが言い出したら聞かないのはよく知っているが……お前に恨みを抱いている囚人に直接会うのは……」
「大丈夫よ。リバティは魔術師でもない上に私の拳一撃で吹っ飛ぶくらい弱いし、そもそも牢屋越しに話を聞くだけだもの」
クロヴィスは最終的に私の意図を汲んで、渋々頷いてくれた。
罪人が収監されている地下牢への入口は、西の棟にある。
騎士団と魔術師団が合同で見張る厳重な警備の中、地下への階段を下っていくと、重たい鉄扉の向こうにいくつもの牢屋が見えた。
案内役の騎士についていくと、最奥より少し手前の牢屋の前で足を止めた。
「……こちらです」
促されて牢屋の前まで行くと、褐色の髪の男が、奥の壁に凭れて虚空を見つめていた。
最後に見た時とは打って変わって、髪も髭もぼさぼさで、やつれ果てている。元高位貴族が見る影もない。
「ヴァルガス・リバティ」
私が名を呼ぶと、徐に顔を上げ、目を見開いた。
「アリス・ロードスター……!」
そのグレーの瞳に、ぎらぎらと憎悪が燃える。
あの昏い光は変わらず炯々と瞳の奥に揺れている。ここまで変わらないとなるといっそ清々しい。
「久しぶりね。元気そうで良かったわ。ああ、私もう結婚したから今はロードスターじゃなくてファブリカティオよ」
皮肉も込めて微笑んでやると、彼は忌々し気に顔を歪めた。
他にナイフがあればそのまま突進してきそうな形相だ。
リバティ相手に、悠長に世間話をするつもりはない私は、即座に魔力を放出した。
「ひっ……!」
リバティが震え上がる。
多少の魔力を有するだけで魔術は使えない彼にとって、私が意図的に放出する魔力は本能的に畏怖を覚えるだろう。
強い魔力を有する魔術師のセシルでさえ怯えるほどの魔力だ。リバティには耐えられまい。
「単刀直入に言うわ。二十四、五年前、神殿の図書室から禁書が紛失したの……その行方について、知っていることを言いなさい」
私の言葉に、リバティが露骨に視線を逸らす。
何か知っていることは明白だ。
私がじっと睨むと、彼はやがて観念した様子で口を開いた。予想より呆気ない。
「……私が侯爵位を継いですぐの頃だった……現皇帝の兄君で当時皇太子だったディルク殿下が、私に持ちかけてきたのだ……聖女グレースと結婚するために協力するなら、褒美は惜しまないと……」
それは予想通りだ。
陛下の兄君は、グレース様と結婚するためにあの手この手を尽くしたと聞いている。
当時、侯爵家を継いで当主となったばかりのリバティに恩を売りつけることも兼ねて声をかけたのは想像に難くない。
「皇太子の頼みだ。どの道断ることなどできなかった」
「それで、陛下の兄君は具体的にどんなことを貴方に頼んできたの?」
「神殿の図書室から禁書を持ち出すからそれを隠して保管してくれと言われた。しかしそれを受け取った直後、あの方は廃嫡となってしまった」
「その魔術書はどうしたの?」
「神殿の図書室から持ち出された禁書をずっと隠し持つのは怖かった……だからすぐに闇競売で売り払った」
なるほどね。
これで話の辻褄が合った。
「貴方の屋敷の地下室から、合成魔術に関する記述がされた書面が見つかったわ。鑑定の結果、それは紛失した魔術書の一部であると判明した……これはどう説明する?」
私が重ねて尋ねると、リバティはぐっと一瞬言葉を呑み込み、やがて観念して答えた。
「合成魔術は利用価値があると思って、そのページだけ切り取ったんだ」
「合成魔術は法律で禁止されているけど、それを遠戚に当たるセシル・ステージアに研究させていたのも貴方なのね?」
「っ!」
投獄されていたため、セシルが捕まったことを知らなかったリバティが目を瞠る。
「合成魔術で創り出したキメラは兵器として売るつもりだったのよね? 売り払った先は?」
「わ、私が捕まった時点では、まだセシルの合成魔術は不完全で、キメラは生成できていなかった……! だからどこにも売ってはいない! 本当だっ! 押収品の中に裏帳簿もあるはず! 確認してくれ!」
ぶんぶんと首を横に振るリバティ。その様子を見る限りでは嘘ではなさそうだ。
「……じゃあ最後の質問、闇競売で魔術書を買ったのは誰?」
闇競売というからには、売り手も買い手も当然正体を隠しているだろう。
それは承知の上だ。
「わ、わからない……だが、金髪に翠の眼をした若い男だった」
「姿を見たの?」
「顔は仮面で隠していたが、髪と眼の色だけはわかった。あと、背は高かったぞ!」
ふむ、二十四年程前の時点で若い男ということは、今は五十歳前後だろうか。
わかっていたが、それだけではあまり有力な手掛かりとは言えない。金髪に翠の眼をした男は、帝国にも少なくはない。
「闇競売の主催者は?」
クロヴィスが問うと、リバティは視線を逸らした。
「それは、い、言えない……」
「言えない?」
「言ったら殺される」
「牢屋にいるんだから殺される訳ないでしょう?」
「殺されるんだ! そういう呪いなんだ!」
呪い、その単語にクロヴィスが目を細める。
「呪いとは穏やかじゃないな」
「……なるほどね。おそらく、宣誓魔術で主催者に関する情報を漏らさないように縛ったのよ……」
宣誓魔術は誓いを立てて魔術で縛り、誓いを破ったら相応のペナルティを科すというもの。ペナルティは術者が決められるが、リバティの反応を見る限り、本当に命を奪われるのだろう。
当然だが、違法な物を取引する闇競売は、主催も参加も重罪だ。
主催者が己の主催者が己の情報を漏らされないようにするため、宣誓魔術を掛けないと参加できないいう条件を出すのは頷ける。
ただ、宣誓魔術は比較的高度な魔術だ。
まして、ペナルティに命を要求し、複数の対象相手に半永久的に保持するなんて、その辺の魔術師が簡単にできるとは思えない。
「……二十四年前に存在した、宣誓魔術が使えるほどの魔術師を洗い出した方が良さそうね」
私とクロヴィスは顔を見合わせて頷き、地下牢を後にした。
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