漆:聖女の拷問
前世の殺し屋時代、依頼の中には、標的の持つ秘密の情報を聞き出せという類のものもあった。そのため、標的を殺さずに拷問する機会はそれなりにあった。
今も前世も、人を故意に痛めつける趣味はないが、世界平和のために必要があるなら、私はそれを厭わない。
今回のこの件が世界平和に直結する訳ではないかもしれないが、少なくとも法を犯した者を自白させるのは、聖女としても皇太子妃としても必要な正義である。
「……さて、貴方たちが罪を認めて自白するまで、私は貴方たちをとことん拷問するから、覚悟してね」
「ご、拷問……?」
カーラが信じ難いものを見るような目を私に向ける。
拷問をする時、真顔で冷淡な態度で行うのと、笑顔で行うのと、相手によって効果が異なる。
今回この二人には、聖女が笑顔で拷問してくる、という絵面の方が恐怖心を植え付けるのに効果的に思えたため、私は満面の笑みで頷いて見せた。
「ええ。まずは爪を一枚ずつ剥していくわ。それでも言わないなら次は指を折る。次は足、その次は耳を削ぎ落そうかしら……貴方たちはどこまで耐えられるかしらね」
「ひっ!」
怯える娘の肩を抱きながら、ケインが震えつつも私を睨む。
「せ、聖女が、そんなことをして許されるとでも……!」
「あら、大丈夫よ。最後はちゃんと治癒魔術で治してあげるから。貴方たちが話したくないなら、頑張って痛みに耐えればいいだけの話よ。ああ、殺しはしなから、安心してね」
「く、狂ってるのか……?」
「失礼ね。私は至って冷静よ……ああ、でも聖女が直接拷問したっていう事実はあまりよくないかしら」
私は一瞬思案し、眷属の名を呼んだ。
「オロチ」
「此処に」
黒髪の青年が顕現する。暗転魔術の中は結界と同じだが、眷属であり私に呼ばれたオロチは問題なく入ることができるのだ。
「この男が、例の魔具を置いた容疑者よ。殺さない程度に痛めつけて、情報を聞き出してちょうだい」
「承知いたしました」
私に一礼したオロチは、つかつかとケインに歩み寄っていく。
「人間、私はアリス様ほど優しくはありません。口を割るなら今のうちです。容赦はしませんので」
穏やかで丁寧な口調で言いながら、オロチは右手を掲げる。
だが実は、既にオロチは魔力を放出して威圧を始めていて、彼の魔力にあてられたケインは完全に歯の根が合わなくなっていた。
やはり、オロチは人間を怯えさせるのが上手い。
人間とは異なる魔力と、その強さもそれを際立たせている。
魔力を持たない人間は魔力を感知できないが、逆にいうと魔力に対する耐性もないので、強い魔力を浴びると身体は委縮して思うように動かせなくなるのだ。
「さて、どこから行きましょうか。暴れられても厄介ですので、まずは足を切断して……」
ぶつぶつとオロチが呟いたところで、ケインは慌てて口を開いた。
「は、話すっ! 話しますっ! だからどうかっ! どうかご容赦を……!」
震えながら黒い地に両手を衝くケインにオロチは小さく嘆息した。
「そうですか。賢明な判断ですね」
オロチが私を振り返ったので、私はケインの目の前に立った。
「じゃあ聞くわ。召喚の魔具を城の中に置いたのは貴方たちね?」
「……はい。私が中央階段、娘が庭園の池に……」
「魔具を用意して貴方達に渡したのは、セシル・ステージア本人だった?」
「名前は知りませんが、十五、六歳ほどの娘でした。髪色はローブのフードで見えませんでしたが、眼はグレーでした」
セシル・ステージアはオスカーの一つ下ということだから、十七歳だ。年頃は合う。
「何処で、いつ声をかけられたの?」
「自宅の屋敷の前で、夜会の前夜に……突然目の前に現れ、この箱を城に置けば、目障りな人間を消すことができると言われ……」
「……誰を狙うつもりだったの?」
尋ねると、ケインは一瞬言い淀み、しかしすぐに諦めた様子で言葉を紡ぎ出した。
「兄、シャルフです」
「シャルフを? 何でまた……」
兄を害して、ケインに何の得があるというのだろう。
シャルフは既婚で息子もいる。次期公爵は決まったいる状態だ。
そう思っていると、ケインは思い詰めたような顔で吐き捨てた。
「……先に生まれたというだけで、全てを手中に収めているのが許せないんだっ! 公爵家の当主でありながら宰相まで務めて……! 私はずっとプレサージュ殿としか呼ばれない……!」
これはまた、いっそ清々しいまでの妬みだ。
「あのねぇ……シャルフが宰相になったのは、彼が優秀だからよ。公爵家の当主だからじゃない。そもそも、宰相は皇帝陛下が直々に優秀な者を選ぶんだから、貴方が優秀であれば貴方が選ばれていたはずでしょう? 生まれた順番は関係ないわよ」
そう、それはファブリカティオ帝国の伝統でもある。宰相や大臣は世襲ではなく、皇帝陛下が直々に選任するのだ。家柄は関係ない。
「っ! だがっ! 嫡男として教育を受けたが故の……!」
「貴方だって、プレサージュ家の男児として生まれたんだから、遜色ない教育は受けているはずでしょう?」
その言葉がとどめになったようで、ケインは押し黙った。
「……カーラは? 誰を狙うつもりだったの?」
「……フェリクス殿下の、婚約者を……」
「ルシーラ王女を……?」
カーラはてっきりオスカーを狙っているのかと思ったが、それは父親だけだったか。
クロヴィス、フェリクス、オスカーの三人は、タイプは違えど皆美形だ。カーラは確か十九歳。年齢を考えたら、今年二十歳になったフェリクスに惹かれるのは無理もない話である。
「……その魔具を差し出してきた娘のことは疑わなかったの? どう考えても怪しいでしょう?」
「それが、その時はそのように思うこともなく……」
魅了魔術でも使ったか。
相手に無理矢理好意を抱かせる魔術を使えば、無条件に相手を信じさせることが可能だ。
ちなみに、魅了魔術そのものは禁術とはされていない。
習得が難しい上に、相手を盲目的に自分の虜にさせるような状態を長時間維持することは更に困難で、実用には不向きだからだ。
ただし、相手に魅了魔術を掛けて婚姻に持ち込んだり何かを契約させたりする行為は法律で禁じられている。
かつてノーラがクロヴィスに魅了魔術を掛けて皇太子妃の座を奪おうとしたことがあったが、仮にクロヴィスに魅了魔術が効いたとしても、長時間維持はできなかっただろう。効果を維持している間に子を成して既成事実とするつもりだったのかもしれないが。
夜会の前夜から魔具を設置する夜会の直前くらいまで、相手が自分を疑わない程度の好意を抱かせる魅了魔術なら、それなりに熟練の魔術師であれば可能だろう。
セシル・ステージアはダイス貴族学校の魔術専科に通う優秀な生徒だというし、それができたとしても不思議はない。
「……さて、必要な情報は得られたわね。オロチ、ありがとう。戻って良いわよ。ガリュー、二人を束縛魔術で縛っておいて」
「御意」
「はいよー!」
オロチがその場から掻き消え、ガリューが私の肩にちょこんと現れたところで、私は暗転魔術を解除した。
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