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陸:真犯人と実行犯

 城に戻ったところで、タイミングよくオスカーとラシェルに鉢合わせた。


「兄上! アリス様! 丁度よかった!」


 私たちの姿を見るなり駆け寄って来たオスカーとラシェルは、挨拶もそこそこに語り出した。


「つい今し方、魔具設置の真犯人を捕らえ、騎士団に引き渡してきたところです」

「真犯人を捕らえた?」


 それは流石に展開が早過ぎやしないか。

 驚く私をよそに、ラシェルが続ける。


「犯人は、ダイス貴族学校の下級生、セシル・ステージアでした」

「ステージア伯爵令嬢か……」


 クロヴィスが眉を寄せる。


 ステージア伯爵の名前は聞いたことがある。

 確か、リバティ元侯爵の遠戚にあたる人物だ。

 リバティの余罪が全て明らかになっていないため、裁判が終わるまで、親類はその家族も含め自宅の屋敷に軟禁状態になっていたはずだ。

 リバティは余罪が多過ぎることと、私に対する直接的な傷害容疑もあるため、定期的に捜査の報告書が届くのだ。


 そんな私とクロヴィスの疑問を察して、オスカーが頷く。


「セシルは特殊な魔具を使い、見張りの目を誤魔化してリバティ邸の地下室へ転移していました。そこで魔物を合成して、それらを召喚するための魔具を創り出していたんです」

「捕えて問い詰めたところ、リリアナさんに暗鬱魔術を掛けたこと、召喚の魔具を城に置くようにと渡したことも自白しました」

「そう。お手柄だったわね、ラシェル」


 オスカーの功績もあるだろうが、十中八九セシルの魔力を探知したのはラシェルだろう。


「いえ……それで、全てを聞き出す前に抵抗したセシルと戦闘になって、私が押さえ込んだのですが、彼女は気を失ってしまって……召喚の魔具は四つありましたが、リリアナさんが一人で全てを設置したとは考えられないのですが……」

「そうね。他に容疑者として考えられるのは……」


 私が思考を巡らせると、オスカーが言いづらそうにしつつ口を開いた。


「証拠はありませんが、僕は宰相の弟、ケイン・プレサージュとその娘が怪しいかと」

「宰相の弟?」

「はい。プレサージュとその娘は、二人とも魔力が無いのです。リリアナは魔具に遮蔽魔術を掛けて会場に持ち込んでいましたが、そんな芸当ができる魔術師は、招待客、使用人含めそういません。魔力が無い者なら、魔具を設置したとしても魔具に魔力が残ることもありませんから」


 それは確かに、その通りだ。


 魔力が無い者を、魔力で探知することはできない。魔具を置いた者が魔力を有していなければ、探知魔術で追えなかったのは当然だ。

 魔術師団員なら、リリアナがやったように遮蔽魔術を使って持ち込むことも可能かもしれないが、もし私が犯人の立場なら、自身より格上の魔術師であり皇帝に忠誠を誓っている魔術師団員に接触するのは避けるだろう。


 ふむ、と頷きつつ、オスカーを見ると、彼は言いづらそうな顔で呟いた。


「それで、その……証拠はないので……」


 私は彼の言わんとするところを察して、笑顔で頷いてみせる。


「わかったわ。拷問は得意だから任せておいて!」


 私はそう返すと、クロヴィスを伴ってその場を離れた。


 諜報員としての訓練を受けた精鋭が相手であれば、拷問したところで情報を得られるとは限らないが、相手がただの貴族であれば話は別だ。

 

 足早に移動する私の横に並ぶクロヴィスが、私の顔を覗き込むようにして尋ねてくる。


「アリス、いきなり仕掛けるのか? ステージアの事情聴取を先にした方が……」

「こういうのは、相手に準備する時間を与えないことが肝要よ。相手が国外にでも逃げたら厄介だから、そうなる前に捕らえないと」


 私はにっと笑い、玉座の間の隣の部屋に向かった。

 そこは宰相の執務室だ。つまり、くだんのケイン・プレサージュの兄の部屋である。


「失礼するわ」


 ノックして応じる声があったので中に入る。

 栗色の髪に青みがかったグレーの瞳の壮年の男が、書類仕事をしている手を止めてこちらを見た。


 シャルフ・プレサージュ。公爵家当主にして現宰相。皇族に次ぐ権力を有する男だ。

 これまで接する機会は何度もあったが、性格は至って真面目で誠実、かつ合理的な判断を好む印象だ。

 瞳の奥に昏い光も一切見当たらない。


「クロヴィス殿下、アリス様、何か御用でしょうか?」


 立ち上がって尋ねる彼に、私は歩み寄る。


「貴方の弟とその娘に話があるの。大至急、ここに呼んでもらえるかしら?」

「え、はい、わかりました」


 怪訝そうにしながらも、彼は使用人に弟にとその娘を呼んでくるように伝えた。

 彼の弟ケインは、大臣としての役職にこそついていないが、宰相の秘書として政務に携わっているらしい。

 そして娘のカーラは行儀見習いとしてフェリクスの母親である第二皇妃アデリーナ様の侍女をしているらしい。


 つまり二人とも城内にいるので、呼べばすぐに来るということだ。


 聡明なシャルフは何かあったということを悟っているようだが、私とクロヴィスが何も言わないので理由を尋ねるようなことはせず、ただ共に弟と姪の到着を待つのだった。


 やがて、部屋のドアがノックされ、見覚えのある女性が入ってきた。


「失礼します。伯父様、御用とは……」


 侍女の制服である紺色のワンピースに白のエプロンを纏い、褐色の髪を綺麗に纏め上げた、女性。シャルフの姪であるカーラ・プレサージュである。


 彼女は私とクロヴィスを見てぎょっとした。


「クロヴィス殿下!」


 入り口で固まる彼女の背後に、怪訝そうな顔をした男が顔を出した。


「兄上、私とカーラに用とは……」


 カーラの父でありシャルフの弟であるケイン・プレサージュだ。


 彼もまた、兄に呼ばれてやって来たら皇太子がいたという状況に、真底驚いた顔をしている。


「……皇太子殿下並びに、聖女アリス様にご挨拶申し上げます」


 慌てて取り繕い、恭しく一礼したケイン。

 私は彼とカーラに向かいの先に座るよう促した。


「単刀直入に聞くわ。夜会の日に、城内に魔物を召喚する魔具を置いたのは貴方たちね?」


 駆け引きも何もなく、ずばり問う。

 ケインはあからさまに動揺した。


「なっ! 何を馬鹿な……! 私とカーラがそんなことをするはずが……!」


 私は目を細めた。


「あら、魔物を召喚する魔具が城内に置かれていたことについては、驚かないのね?」


 そう、あの魔具の調査は魔術師団が極秘で行うこととなり、魔術師団員以外で知っているのは私とクロヴィス、皇帝陛下とオスカーとラシェル、そして宰相であるシャルフのみ。

 極秘、と言うからには、真面目な性格であるシャルフが弟にもその話をするはずがない。


 クロヴィスがシャルフを一瞥すると、彼は「自分は話していない」という意思表示でぶんぶんと首を横に振った。


「そ、それは……ま、魔術師団が、話しているのを、聞いたので……」

「そう? それはいけないわ。魔具の調査は極秘なのに、聞き耳を立てられるなんて……注意をするから、魔術師団員の名前か、ローブの色を教えてくれる?」


 私が静かな口調で尋ねると、ケインは青褪めた。

 隣に座るカーラは、先程からしきりに視線を泳がせている。


 そもそも魔術師団が、周囲に人がいる状態で極秘の任務について話す訳がない。

 ここで適当なことを言えば、保身のための嘘が露見して罰せられるのはケインの方だ。


「……まぁ、そもそも、貴方たちがしたということはわかっているのだけど……何しろ、魔具を創った本人から、貴方たちの名前を聞いたのだから」


 それはハッタリだ。

 だが、既に平静を保てなくなっているケインは、ぐっと言葉を呑み込んだ。

 この状況での沈黙は、肯定に他ならないというのに。


「アリス様、それは本当なのですか? まさかケインが、そのようなことを……」

「ええ。リバティ元侯爵の遠戚のセシル・ステージアが自白したの。召喚の魔具を作ったのは自分で、ある貴族に設置させた、とね」


 私の言葉を受けて、ケインはばっと立ち上がった。


「は、ハッタリだ! 皇帝陛下に抗議するっ! いくら聖女様とはいえ、プレサージュ公爵家の私に対する侮辱は許されませんぞ!」

「……そう。ここで認めて素直に謝罪するなら、反省の色ありとして多少の恩情は見せてあげられたんだけど、残念ね」


 私はわざとらしく溜め息をつくと、右手を掲げた。


 この魔術を使うのは久し振りだ。あの時を思い出す。


暗転魔術テネブリス!」


 私は私とケインとカーラのみを、闇の幕で覆った。


 暗転魔術はゴーチエを粛清する際にも使用した魔術で、元々は戦闘時に敵の目を眩ますためによく使用されるものだ。


 外からは大きな真っ黒の球体があるだけで私達の姿は見えなくなる上、簡易的な結界の役割も果たすため、外部からの干渉は受けないし私の許可無しでは出ることもできない。


「……さて、じっくり、話し合いましょうか」


 私はあえてにっこりと微笑んで見せる。

 ケインとカーラは、私の顔を見てがたがたと震え上がったのだった。

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