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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十七章 禁断の魔術書

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伍:魔具設置の犯人

 翌日、神殿にいるジャンから通信が入った。

 その内容は、ダイス貴族学校から大至急聖女に来てほしいという要望があったというもの。

 曰く、「生徒一名が暗鬱魔術と思われるものに掛り、咄嗟に催眠魔術で眠らせている状態」だという。


「……暗鬱魔術……」


 思わず剣呑に呟いてしまう。


 それはとても古い魔術だ。

 呪いの一種であり、その魔術を受けた相手は心の中を暴かれ、嫉妬心や憎悪などといった負の感情が剥き出しになって暴走し、最悪の場合は心を狂わせて自ら命を絶つこともあるという、恐ろしいもの。

 

「そんなもの、誰が、何のために……?」


 クロヴィスも怪訝そうにしている。


 暗鬱魔術を、ダイス貴族学校の生徒が受けたというのが引っ掛かる。

 敵対派閥の貴族によるものか。いや、こんなに回りくどくリスクの高い嫌がらせをする理由がない。

 もしも敵対貴族に対する嫌がらせとして暗鬱魔術を使用するなら、その家の令息令嬢ではなく、当主に直接掛ける方がよほど効果的だ。


 そんなことを考えつつ、急ぎなので城から直接転移魔術でダイス貴族学校へ向かうことにする。

 ダイス貴族学校はクロヴィスの母校でもあるため、すんなり医務室へ転移する。


 と、そこにはベッドに横たわる女子生徒と、付き添う青年がいた。

 黒髪に金色の双眸、どこかで見たことがある顔だ。


「レナード先生、お久しぶりですね」

「クロヴィス殿下、ご無沙汰しております」


 クロヴィスに恭しく一礼したその青年、教師だったのか。


 レナードと呼ばれた教師が、私の視線に気付いた様子でこちらに向き直って頭を下げた。


「聖女様にはお初にお目にかかります。レナード・デイズと申します」


 デイズ。その名前は聞き覚えがある。


「アリス・ファブリカティオよ。ねぇ、もしかして貴方、トリスタンのお兄さん?」

「はい。弟が大変お世話になっております」


 納得だ。面差しだけでなく、魔力の気配も強さも似ている。


「……で、そちらの生徒が?」

「はい、対峙した魔術専科の特待生の生徒が言うには、暗鬱魔術だろうということです」


 私はダイス貴族学校に通っていた訳ではないのであまり内情には詳しくはないが、魔術専科の特待生になるにはかなりの技量と才能が必要だと聞いている。

 それこそ、皇子として申し分ない魔力を有するオスカーと同等か、それ以上の。


 そんな人物、私は一人しか知らない。


「魔術専科の特待生って、もしかして、ラシェル・ブルーバード?」


 尋ねると、レナードは僅かに目を瞠った。


「聖女様、ブルーバードをご存知なのですか?」

「ええ、ちょっと顔を合わせる機会があって……」


 オスカーのパートナーとして夜会に参加したということは学校内では知られていないのだろうか。

 隠しているのだとしたら私が暴露する訳にはいかないので適当に誤魔化しておこう。


「そう、ですか……聖女様の御前で粗相をしていなければよいのですが……」


 無表情ながら、僅かに心配そうな声色だ呟くレナード。

 どうやら、ラシェルは普段相当なお転婆のようね。


「それは大丈夫よ。ラシェルはとても魔術が上手だし、さらに強くて頼りになるわ。卒業後は是非神官になって私の補佐をしてほしいくらいよ」

「そう、ですか……」


 少々信じ難そうに頷くレナードに、私は話を戻す。


「それで、ラシェルが暗鬱魔術だと見抜いたの?」

「ええ。この生徒が急に現れ、何やら興奮した様子で、暴言を吐いてきたそうです」


 なるほど、それでラシェルは暗鬱魔術と判断し、催眠魔術を掛けた、と。

 対処も完璧だ。暗鬱魔術や操作魔術などは、その場で解除できない場合、眠らせるのが有効なのだ。

 ヘルバの魔薬で正気を失ったニールを、トリスタンが催眠魔術で眠らせたのも同様だ。


「先生の見立ては?」

「ここに運ばれてきた時点で、既に催眠魔術が効いて眠っている状態でしたので、私には何とも……何かしらの操作魔術のようなものが掛けられているまではわかりますが……」


 つまり、暗鬱魔術によって興奮した状態は直接見ていない、と。


「ラシェルがそう言うなら、きっとそうなんでしょう……」


 私は言いながらベッドに歩み寄った。


「あら? この子……」


 昨日の夜会でラシェルを睨んでいた、魔術師団長の娘では。


「リリアナ・ジューク……ジューク魔術師団長の長女です」


 魔術師団長の娘で、魔術専科に入れるくらいなら、それなりに魔術に対する知識も耐性もあるはずだ。

 それが暗鬱魔術に掛かるとは、術者は一体何者なのだろう。


 疑問に思いつつも、私はリリアナに向き直って右手を掲げた。


浄化魔術プルガティオ


 唱えると、彼女に掛けられた魔術が綺麗に消えていく。


「……この子の保護者……魔術師団長には?」

「神殿の次に伝書魔術を飛ばしました。もう読まれている頃かと」


 レナードが答えたところで、リリアナが目を開けた。


「……あら? 私……どうして……? っ! 聖女様にクロヴィス殿下!」


 視線を巡らせたリリアナが私とクロヴィスを見て、大慌てで立ち上がろうとしたので、それをそっと制する。


「そのままでいいわ。落ち着いて」

「は、はい……あの、私、一体何が……?」

「覚えていないのか? 気を失う前に何があったのか……」


 レナードが問う。彼女は小さく頷いた。


「はい……とにかく怒りの感情で、前が見えなくなってしまったことだけ……思えば、この数か月間、妙に感情のコントロールができなかったような……」


 つまり、暗鬱魔術を掛けられたのは数か月前か。

 じわじわと時間を掛けて彼女の心を蝕んだのだろう。

 そうでなければ、彼女の異変に周囲の人間も、彼女自身も気付いたはずだ。


「……昨日の夜会のことは覚えている?」

「え、はい……あら? 登城したことは覚えているのですが……何だか記憶に靄が掛かったみたいに……」


 額を抑えて唸る。

 と、そこへ慌ただしい足跡が響いてきた。


「失礼します! 娘がっ! 娘が倒れたと聞き……!」


 荒々しくノックしてきた人物の声は聞き覚えがある。

 台詞からしても、リリアナの父、リヒター・ジュークで間違いない。


 レナードがドアを開けると、つんのめる勢いで部屋に入ってきた四十代くらいの男。

 褐色の髪にグレーの瞳、城で何度も顔を合わせたことがある、帝国が誇る国立魔術師団の団長だ。

 彼は団長の証である深紫色に金糸で魔術師団の紋章が刺繍されたローブを纏っている。


「お父様!」

「リリアナ! 良かった! 無事だったのだな! って、クロヴィス殿下! アリス様!」


 娘の無事を喜んだのも束の間、私とクロヴィスを見てぎょっとする。忙しい男だ。


「殿下が、何故ここに……?」

「ここの生徒が暗鬱魔術に掛かったと連絡を受け、浄化魔術で解呪するために来たの。浄化魔術はさっきかけたから、もう心配はないわ」

「あ、暗鬱魔術ですと? まさかリリアナに? 誰が、何故……?」


 混乱するリヒターに、私とクロヴィスは顔を見合わせた。


「昨日の夜会で、魔獣召喚の魔具が設置されていた件は聞いているでしょう?」

「は、はい、もちろん……陛下かから命を受け、城に張っている結界に、許可のない魔具の持ち込みの禁止や、遮蔽魔術を掛けられたものを通さない効果を付与するための術式を構築中です」

「……確証はないけど、リリアナが魔具を持ち込んだ可能性があると、私は思っているわ」

「えっ! そんな馬鹿な! 娘は昨日私と共におりました!」


 慌てて娘を庇うリヒターだが、彼では庇いきれない。


「リヒター、貴方は昨日朝から城にいたでしょう? 夜会の直前にリリアナと合流したはず。つまり、それまでの間、彼女は一人だった。魔具を置く時間は充分あったわ」

「わ、私が、城に、魔物を召喚する魔具を……?」


 彼女自身、信じ難いと言いたげに呟いた直後、痛みを堪えるように頭を押さえた。


「っ! 確かに、城へ入る時、何かを持っていた気が……」

「リリアナ、まさか……」


 愕然として青褪めるリヒターが妙なことを口走る前に、私は早口で捲し立てた。


「リヒター、暗鬱魔術に掛けられてやったことであれば、本人に対する咎めは殆どない。学生のリリアナが暗鬱魔術を跳ね除けるなんて不可能だしね。だから必要以上に貴方が責任を感じる必要はないのよ。それに、真犯人が捕まっていない以上、リリアナがやったという証拠もない。不安だとは思うけど、しばらくは静かに待機していて」


 そうは言っても、彼は真面目な性格の男だ。きっと責任を感じてしまうだろう。


 何と励ますべきか、と考えた矢先、クロヴィスが何か気付いた様子でレナードを振り返った。


「そう言えば、ここへ運んできたというラシェルは?」

「彼女はジューク嬢を運んできた後、何やら急いだ様子でオスカー殿下と共に飛び出して行きましたよ」

「……犯人の手がかりを掴んだか」


 ふむ、と頷くクロヴィス。


「ラシェルならきっと大丈夫よ。私たちは何かあった時に動けるように、城で待機していましょう」

「そうだな」


 クロヴィスが頷いたので、リリアナのことはリヒターとレナードに任せて、私達は転移魔術で城に戻ったのだった。

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