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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十七章 禁断の魔術書

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壱:夜会の準備

 夜会当日、登城した私は自室で準備を整えた。

 正式に結婚したので、部屋はクロヴィスの隣で、扉一枚で繋がっている上に、寝室は一つである。普段は神殿で過ごしていることもあり、まだこの状況には慣れないでいた。


 と、身支度が終わったところで、クロヴィスが事前にフェリクスの婚約者であるルシーラ王女と顔合わせをすると言って呼びに来た。

 ルシーラ王女は客室を宛がわれているそうなので、向かいの棟まで移動しなければならない。


 客室へ向かう途中、廊下の向こうに二人の人影が見えた。

 近づくと、そのうちの一人が私の顔を見て、慌てた様子で頭を下げた。


「こ、皇太子殿下並びに聖女様にご挨拶申し上げます。ラシェル・ブルーバードと申します」


 綺麗な青のドレスを纏った、金髪に紫の瞳の気の強そうな少女だ。

 その隣にいたのは、クロヴィスの末弟、第三皇子のオスカーである。


 オスカーもまだ婚約者は決まっていないが、もしやパートナーを連れて来たのか。

 怪訝に思いつつクロヴィスを一瞥すると、彼はラシェルと名乗った少女を見て微笑んでから、オスカーに目を向けた。


「……オスカー、お前がパートナーを選んだというのは本当だったんだな」

「ええ。ちょっと、事情が事情なもので」


 苦笑するオスカーに、クロヴィスは何かを思う風情で頷く。


「まぁ、そうだな。できることは俺も協力するから、遠慮なく言えよ」

「ありがとうございます。でも、新婚であるお二人の邪魔になりかねませんし、大丈夫ですよ」

「そうか?」


 オスカーが少し冗談めかした様子で言うと、クロヴィスはやたら嬉しそうに私の肩を抱き寄せた。


「ちょっとクロヴィス! 人前で……!」


 思わず抵抗するが、クロヴィスは上機嫌で肩を竦めるだけだ。


 恥ずかしくなって、ちらりとラシェルを見る。

 私とクロヴィスのやり取りが意外だったのか、少し驚いた顔をしている。


 が、それ以前に、改めて彼女見た瞬間に、感じ取った。

 この子、間違いなく滅茶苦茶強い。宿している魔力の量だけでも、大神官最強の魔力を有するトリスタンと同等かそれ以上だ。しかも体つきと佇まいを見る限り、おそらく体術も優れていると思われた。


 念のため彼女の紫の瞳を見るが、あの昏い光は見当たらない。

 そのことにほっとする。


「……アリス様、もし兄上に嫌気が差したらいつでも僕に言ってくださいね。では、僕達はこれで」


 オスカーは軽口を叩くと、ラシェルの手を引いて去っていった。


「……クロヴィス、何か事情が?」


 後ろ姿を見送ってからクロヴィスを振り返ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ああ……フェリクスの婚約で、最もとばっちりを受ける羽目になるのはオスカーだからな」

「とばっちり?」

「皇族に娘を嫁がせたい貴族は山ほどいるからな。俺が聖女と結婚したことで、フェリクスとオスカーに流れた縁談の申し入れが、フェリクスの婚約によって今度はオスカーに集中するのはわかりきった話だろう?」


 なるほど。それを牽制するためのパートナーか。


「……それにしては、青のドレスなんて……」


 通常、婚約者同士や夫婦で出席する夜会で、互いの瞳の色や髪の色に合わせた服を纏うのは、仲が良好であることのアピールでもある。

 逆に言えば、兄弟にエスコートしてもらう場合や、友人同士で出席する場合にそのようなことは絶対にしない。


 そして、ラシェルが纏っていたドレスは、私にもわかるくらい上質なものだった。


 ブルーバードという名前の貴族は聞いたことがない。

 おそらく、彼女はオスカーが通うダイス貴族学校の級友なのだろう。


 ダイス貴族学校は、皇族が設立した超名門貴族学校であるが、魔術専科だけは身分に関係なく、実力に応じて特待生制度が用意されている。つまり平民でも魔術の才があれば入学できるのである。つまり、ラシェルは平民である可能性が高いということだ。

 平民にあのドレスを用意できるとは思えない。となると、ドレスを用意したのはオスカーだろう。


 正式な婚約者でもないのに、自分の瞳の色と同じドレスを送るとは。

 オスカーはラシェルのことが好きなのだろうか。それとも、牽制のために、ラシェルに許可を得て、あくまで協力の上で青のドレスを着てもらっているのか。


 ラシェルが納得しているのなら良いが、そうでないなら看過できない。

 少し様子を見ようと心に決めて、私は気を取り直してクロヴィスと共にフェリクスとルシーラが待つ客室へ向かった。


 いざ対面すると、ルシーラはとても落ち着いた淑女で、育ちの良さが全面に滲み出ているかのようだった。

 彼女を見つめるフェリクスの視線も甘く、二人が想い合っているのが見て取れて微笑ましい気持ちになる。


「フェリクス、婚約おめでとう」

「兄上、ありがとうございます」


 兄弟が言葉を交わしている間、ルシーラがその深い緑の瞳を私に向けていることに気付いたので、にっこりと微笑み返した。


「ルシーラさん、おめでとう」

「あ、ありがとうございます。帝国の聖女様に祝福されるなんて、光栄でございます」

「そんな畏まらなくていいのよ。これからは義理の姉妹になる訳だしね。どうぞ気軽にして」


 そう告げると、彼女はふっと肩の力を抜いた。


「ありがとうございます」


 夜会前は準備もあるだろうと、挨拶もそこそこに、私とクロヴィスは部屋を退出した。


「……夜会まで時間があるが、何か予定はあるか?」

「特にないから部屋に戻るつもりだけど……」


 夜会開始まで、私は自室で休むつもりだったが、クロヴィスがやや不満そうな顔をしているのに気がついた。


「……言いたいことがあるならはっきり言ってほしいんだけど」


 思わずそう口にすると、クロヴィスは唇を尖らせた。


「俺の部屋に来ればいいだろ」


 クロヴィスの言葉に正直面食らう。


「別にどっちの部屋でもいいわよ。扉一枚で繋がってるし」


 何をそんなに不服そうにしているのだ、と思っていると、クロヴィスは私の手をぎゅっと掴んだ。


「数日ぶりに顔を合わせたのに、お前はもっと俺といたいとか思わないのか?」


 不貞腐れたように呟くクロヴィスが何だか子供みたいで、思わず笑ってしまう。

 と、ますますクロヴィスはむすっとしてしまった。いけない。


「ごめんって。じゃあ、クロヴィスが私の部屋に来たらいいじゃない? 神殿からお茶を持ってきたから、一緒に飲みましょ?」

 

 そう誘うと、クロヴィスは小さく嘆息して頷いたのだった。

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