壱:夜会の準備
夜会当日、登城した私は自室で準備を整えた。
正式に結婚したので、部屋はクロヴィスの隣で、扉一枚で繋がっている上に、寝室は一つである。普段は神殿で過ごしていることもあり、まだこの状況には慣れないでいた。
と、身支度が終わったところで、クロヴィスが事前にフェリクスの婚約者であるルシーラ王女と顔合わせをすると言って呼びに来た。
ルシーラ王女は客室を宛がわれているそうなので、向かいの棟まで移動しなければならない。
客室へ向かう途中、廊下の向こうに二人の人影が見えた。
近づくと、そのうちの一人が私の顔を見て、慌てた様子で頭を下げた。
「こ、皇太子殿下並びに聖女様にご挨拶申し上げます。ラシェル・ブルーバードと申します」
綺麗な青のドレスを纏った、金髪に紫の瞳の気の強そうな少女だ。
その隣にいたのは、クロヴィスの末弟、第三皇子のオスカーである。
オスカーもまだ婚約者は決まっていないが、もしやパートナーを連れて来たのか。
怪訝に思いつつクロヴィスを一瞥すると、彼はラシェルと名乗った少女を見て微笑んでから、オスカーに目を向けた。
「……オスカー、お前がパートナーを選んだというのは本当だったんだな」
「ええ。ちょっと、事情が事情なもので」
苦笑するオスカーに、クロヴィスは何かを思う風情で頷く。
「まぁ、そうだな。できることは俺も協力するから、遠慮なく言えよ」
「ありがとうございます。でも、新婚であるお二人の邪魔になりかねませんし、大丈夫ですよ」
「そうか?」
オスカーが少し冗談めかした様子で言うと、クロヴィスはやたら嬉しそうに私の肩を抱き寄せた。
「ちょっとクロヴィス! 人前で……!」
思わず抵抗するが、クロヴィスは上機嫌で肩を竦めるだけだ。
恥ずかしくなって、ちらりとラシェルを見る。
私とクロヴィスのやり取りが意外だったのか、少し驚いた顔をしている。
が、それ以前に、改めて彼女見た瞬間に、感じ取った。
この子、間違いなく滅茶苦茶強い。宿している魔力の量だけでも、大神官最強の魔力を有するトリスタンと同等かそれ以上だ。しかも体つきと佇まいを見る限り、おそらく体術も優れていると思われた。
念のため彼女の紫の瞳を見るが、あの昏い光は見当たらない。
そのことにほっとする。
「……アリス様、もし兄上に嫌気が差したらいつでも僕に言ってくださいね。では、僕達はこれで」
オスカーは軽口を叩くと、ラシェルの手を引いて去っていった。
「……クロヴィス、何か事情が?」
後ろ姿を見送ってからクロヴィスを振り返ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ああ……フェリクスの婚約で、最もとばっちりを受ける羽目になるのはオスカーだからな」
「とばっちり?」
「皇族に娘を嫁がせたい貴族は山ほどいるからな。俺が聖女と結婚したことで、フェリクスとオスカーに流れた縁談の申し入れが、フェリクスの婚約によって今度はオスカーに集中するのはわかりきった話だろう?」
なるほど。それを牽制するためのパートナーか。
「……それにしては、青のドレスなんて……」
通常、婚約者同士や夫婦で出席する夜会で、互いの瞳の色や髪の色に合わせた服を纏うのは、仲が良好であることのアピールでもある。
逆に言えば、兄弟にエスコートしてもらう場合や、友人同士で出席する場合にそのようなことは絶対にしない。
そして、ラシェルが纏っていたドレスは、私にもわかるくらい上質なものだった。
ブルーバードという名前の貴族は聞いたことがない。
おそらく、彼女はオスカーが通うダイス貴族学校の級友なのだろう。
ダイス貴族学校は、皇族が設立した超名門貴族学校であるが、魔術専科だけは身分に関係なく、実力に応じて特待生制度が用意されている。つまり平民でも魔術の才があれば入学できるのである。つまり、ラシェルは平民である可能性が高いということだ。
平民にあのドレスを用意できるとは思えない。となると、ドレスを用意したのはオスカーだろう。
正式な婚約者でもないのに、自分の瞳の色と同じドレスを送るとは。
オスカーはラシェルのことが好きなのだろうか。それとも、牽制のために、ラシェルに許可を得て、あくまで協力の上で青のドレスを着てもらっているのか。
ラシェルが納得しているのなら良いが、そうでないなら看過できない。
少し様子を見ようと心に決めて、私は気を取り直してクロヴィスと共にフェリクスとルシーラが待つ客室へ向かった。
いざ対面すると、ルシーラはとても落ち着いた淑女で、育ちの良さが全面に滲み出ているかのようだった。
彼女を見つめるフェリクスの視線も甘く、二人が想い合っているのが見て取れて微笑ましい気持ちになる。
「フェリクス、婚約おめでとう」
「兄上、ありがとうございます」
兄弟が言葉を交わしている間、ルシーラがその深い緑の瞳を私に向けていることに気付いたので、にっこりと微笑み返した。
「ルシーラさん、おめでとう」
「あ、ありがとうございます。帝国の聖女様に祝福されるなんて、光栄でございます」
「そんな畏まらなくていいのよ。これからは義理の姉妹になる訳だしね。どうぞ気軽にして」
そう告げると、彼女はふっと肩の力を抜いた。
「ありがとうございます」
夜会前は準備もあるだろうと、挨拶もそこそこに、私とクロヴィスは部屋を退出した。
「……夜会まで時間があるが、何か予定はあるか?」
「特にないから部屋に戻るつもりだけど……」
夜会開始まで、私は自室で休むつもりだったが、クロヴィスがやや不満そうな顔をしているのに気がついた。
「……言いたいことがあるならはっきり言ってほしいんだけど」
思わずそう口にすると、クロヴィスは唇を尖らせた。
「俺の部屋に来ればいいだろ」
クロヴィスの言葉に正直面食らう。
「別にどっちの部屋でもいいわよ。扉一枚で繋がってるし」
何をそんなに不服そうにしているのだ、と思っていると、クロヴィスは私の手をぎゅっと掴んだ。
「数日ぶりに顔を合わせたのに、お前はもっと俺といたいとか思わないのか?」
不貞腐れたように呟くクロヴィスが何だか子供みたいで、思わず笑ってしまう。
と、ますますクロヴィスはむすっとしてしまった。いけない。
「ごめんって。じゃあ、クロヴィスが私の部屋に来たらいいじゃない? 神殿からお茶を持ってきたから、一緒に飲みましょ?」
そう誘うと、クロヴィスは小さく嘆息して頷いたのだった。
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