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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十五章 鎖国国家の秘密

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肆:仕掛けられた罠

 何の罪もない人を、自分の快楽のために捕らえ、命を奪うなんて、絶対に許せない。 


 殺しなど、不快なだけだ。


 前世の私は、一度として自ら望んで誰かを手に掛けたことはない。

 最初で最後、自らの意思で殺したのは、他でもない自分自身だったのだから。


 前世は過酷な世界だった。物心ついた頃から、殺し屋ギルドにいた。

 ただ自分が生きるために、金を得るために、殺しの仕事をこなしていた。

 気付いた時には殺し屋だった。だから、最初の頃はその仕事に疑問さえ持たなかった。 


 技術はいつの間にか身についていた。親代わりだった人が叩き込んだから。

 標的は、悪人の時も善人の時もあった。


 そして仕事をこなす内に、少しずつ、『不快』が心に積もって、やがて疑問へ変わった。

 良心の呵責に耐えきれなくなった前世の私は、自ら命を絶つことを選んだ。


 前世の自分を棚上げするつもりはない。

 だからこそ、この人生では、贖罪のために世界平和のために尽力すると誓ったのだ。


「……アリス様、どうなさいますか?」


 そう尋ねた直後、オロチが目を剥いた。


「……アリス様、分身がやられました」

「え?」

「一瞬でした。気配さえ察知する間もなく消されました」


 オロチの分身は、本体には遠く及ばないものの魔力を有しており、その辺の魔術師よりは強いと聞いていた。


「ヴェルシス公爵の屋敷に、魔術師がいるのかしら……」


 私が呟いた、その時だった。


「っ!」


 凄絶な魔力が、突然目の前に顕現した。

 遮蔽魔術を掛けていたが、その魔力の主が私達を認識していると確信する。


結界魔術オービチェ!」


 オロチが即座に結界を生成し、そこに強烈な魔力がぶつかる。


「っ! この気配は……!」


 オロチとガリューがほぼ同時に呟く。

 私も、その気配で直感した。


 この魔力の主は、人間ではない。

 魔物だ。


 それも、かなり強い。


「そこだ!」


 私は右手を振り払った。

 魔力が刃となって飛ぶ。


 しかし、それは呆気なく振り払われてしまった。


「……よく我の居場所がわかったな」


 陽炎のように空気が揺らぎ、そこに一人の青年が現れた。

 すらりとした長身と長い黒髪の、作り物めいた美貌を有した青年だ。

 見た目は二十歳前後ほどだが、魔物であれば実年齢はわからない。


 そして、血を吸ったような緋色の瞳の奥には、あの昏い光が強く灯っている。 


「お前は誰だ?」


 ガリューが全身の毛を逆立てながら唸る。


「我は、この町ではヴェルシスと呼ばれている」

「貴方が、ヴェルシス公爵?」

「ああ、そうだ」


 魔物が、公爵だと言ったのか。

 だとしたら、オロチの分身が見つけた地下室というのは。


「ファブリカティオ帝国から、人間を買い取っていたのは貴方?」

「ああ、我が買い取ったと言うと語弊があるが、間違いではないな」


 妙に引っ掛かる言い回しだ。奴隷を買い取った人間は別にいるということか。


「……それで、買い取った人達はどうしたの?」

「喰った。我は人間の生命力を喰らう」

「っ!」


 生命力、それは命そのもの。生き物が生きる力。尽きればそれは死を意味する。

 

 疲労や負の感情を喰らう魔物がいるのだから、人間の生命力を喰らう魔物がいても不思議はない。


「何故、魔物が人間の国で公爵を?」

「公爵の地位は便宜的に与えられているだけのこと」


 このヴェルシス公爵を名乗る魔物の言い方は、いちいち引っかかる。


「……人の生命力を喰らうために、公爵の地位に就いているの?」

「答える義理はない」

「……生命力を喰らうということは、肉体まで喰らう必要はないはず。しかし、貴方の家の地下からは死体も見つからず、血生臭いニオイがした……それはどういうことでしょう?」


 オロチが尋ねる。

 その問いを受けて、ヴェルシスはこちらを馬鹿にするように、唇を歪めて嗤った。


「我は生命力を主食とするが、肉体を喰わない訳ではない。我にとって人間の肉体は副菜だ。我は出されたものは残さずに喰らう主義でな。血の一滴たりとも、残してはおらん」


 人間を喰う魔物にとっては、人間は餌でしかない。

 人間にとっての牛や豚と同じ、それだけのこと。


 だからコイツを非難する道理はない。人を喰わなければ、コイツは餓死してしまうのだから。


 だが、だからといってはいそうですか、どうぞご自由に人間を喰ってください、となる訳ではない。

 帝国の法律でも、人間に害を成す魔物については、討伐する決まりになっている。

 ここは帝国の外であるが、喰われたのが帝国民であるならば、喰った魔物は討伐対象だ。


「……じゃあ、貴方を討伐しないとね」


 私は、手加減はしないつもりで、右手に魔力を集中させた。


 先程コイツが顕現した際に感じた魔力量は、今まで出会った魔物の中でも群を抜いている。

 少なくとも、ガリューを凌ぐ魔力であることは間違いない。

 オロチと同等か、下手したらそれ以上かもしれない。


攻撃魔術インペタム!」


 唱えた刹那、魔力が無数の刃と化してヴェルシスに向かう。

 並の魔物であれば瞬殺できる程の高出力だ。


 しかし、ヴェルシスは微動だにせず、軽く右手を振り払っただけで、それらすべてを弾き飛ばしてしまった。


「……流石に強いわね」


 続けて魔力を放とうとした直後、ヴェルシスが地を蹴って間合いを詰めてきた。


「っ!」


 それを飛び退いて躱し、腰の後ろに隠し持っていた短剣を引き抜く。

 その剣を構えた直後、そこにヴェルシスの振り下ろした手がぶつかる。

 見ると、彼の爪が、まるで猛獣のそれのように鋭く伸びていた。


 私は脚に魔力を込めて彼の腹を蹴り飛ばし、体勢を整えてから、自ら相手の懐に飛び込む。

 短剣での攻撃も全て躱され、数度攻守のやり取りがあった後、ヴェルシスは僅かに目を瞠って大きく後ろへ飛び退いて、何かを思案するように口元に手を当てた。


「……お前、名は?」

「魔物に名乗る名はない」

「では質問を変える。お前は、血濡れの乙女(レディ・クリムゾン)か?」

「っ!」


 予想外の言葉に、私としたことが動揺を隠せなかった。

 即座に否定しなかったことで、ヴェルシスは唇を吊り上げた。


「そうか! お前が、血濡れの乙女(レディ・クリムゾン)なのか! お前を我が君の元へお連れすれば、我は我が君から褒めていただける!」

「我が君……?」


 私を、いや、前世の私を探している人物がいるのか。

 この魔物が我が君と呼ぶ相手。では、その相手も魔物だろうか。


「来てもらうぞ! 血濡れの乙女(レディ・クリムゾン)!」


 ヴェルシスはそう言うや、唐突に強大な魔力を放出した。

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