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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十四章 新婚旅行

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捌:カルタス子爵

 降り注いだ魔力は数分で薄らぎ、やがて霧散していった。


「……とりあえず、大至急この場の人達を城か神殿に避難させた方が良さそうね」

「そうだな」


 どちらにすべきか、と顔を見合わせて、私達の身分を明かしていないことから神殿を避難先に決める。

 通信の魔具でジャンに状況を説明し、オロチに転移魔術でマルヴォも含めた八人を神殿に送ってもらう。


 ガレスとオリヴァーには人身売買の取引について調査を続けてもらう必要があるが、屋敷に留まるのは危険なので、必要な資料を纏めて一旦城へ引き上げさせることにした。


 ガレスは騎士団を率いて城に戻るための転移の魔具を所有しているので、私達の誰かが魔力を消費して転移させる必要はない。


「俺達は、エスティームへ向かおう」

「そうね。カルタス子爵を見れば、今の魔力の主かどうかはわかるでしょうし」


 私とクロヴィスは顔を見合わせ、エスティームへ移動するにした。

 幸い、の町へはオロチがごく近くまで行ったことがあるらしく、転移魔術で行けそうだ。


 ガリューが子狐の姿に戻り、私の肩に乗ったところで、オロチが転移魔術を発動させる。

 視界が真っ白になり、直後に目に入って来たのは、草原のど真ん中にどんと構えた、高い壁に囲まれた町だった。

 

「あれが?」

「はい。カルタス子爵領のエスティームです。ベルリグナムでも有数の大きな町ですね」


 子爵領にしては、確かに大きな町だ。

 あれだけの規模の町ならば、壁に囲まれていることも珍しくはない。

 しかし、妙な違和感が胸を掠めた。


「ベルリグナム王国の文化を考えたら、壁に囲まれた町というのは珍しいな……」


 私の違和感の正体を、クロヴィスが呟いた。


 そうだ。

 ベルリグナムは緑溢れる豊かな国だ。自然と共生することが基本的な考えであり、伝統的な文化も自然に根差したものが多い。

 そんな中で、文化と自然を遮断するような壁は、非常に珍しい。

 王都でさえ、森の都と呼ばれ、自然と溶け合うように造られているのだ。


「……それを考えると、隠したいものがあるように思えてくるわね……」

「同感だな」


 見る限り、町への入口は一つだけのようだ。

 そこから町へ入る際に手続きを必要とさせることで、領主であるカルタス子爵が、誰が何の目的でやって来たのかを把握できるようにしているらしい。

 もし子爵が何かを隠しているのだとすれば、その仕組みは非常に有利だ。

 自分に不都合な人物が町にやって来た場合、町の入り口の時点で、見られたくないものを隠す猶予を作ることができるのだから。


 と、クロヴィスは町の上空を指差した。


「……だが、対魔術結界は張られていないようだ。飛翔魔術で入れるだろう」


 私達は遮蔽魔術を掛け、飛翔魔術で直接町の中にあるカルタス子爵の屋敷を目指すことにした。

 子爵邸がどこにあるかは知らないが、おそらく町で最も大きな屋敷であろうことは想像に難くないので、上空から見ればすぐにわかるだろう。


「……あれが一番大きな屋敷みたいだけど……」


 町の正面入り口から見て真正面の奥に構える大きな屋敷。

 立地的にも規模的にも、あれが子爵邸と見て間違いなさそうだ。


「どうする?」

「直接屋敷を訪問してみるか。本来なら町の入口に来た時点で、見られたらまずいものを隠す猶予を得られるはずなのに、それがなく突然皇太子と聖女が現れたら、動揺してぼろを出すかもしれない」

「でも、マルヴォが裏切って自供しようとしたことを把握してるのなら、急に私達が来たら警戒するんじゃない?」

「まぁ警戒はするだろうが……マルヴォの持っていた魔具は、作動したことを黒幕に伝える機能はついているが、その時の状況や会話までは伝わってない、というのがオロチの見立てだ……つまり黒幕は、その相手が皇太子と聖女だということを知らないはず」

「そうか……魔具が作動したことはわかっても、その時の詳しい状況はわからないのね」

「ああ。魔具が作動したことだけを把握している状態で、突然俺たちが訪ねてきたら、間違いなく動揺するはずだ」


 クロヴィスの言葉に、オロチが頷く。


「それは妙案かもしれません。ついでに、アリス様が子爵の気を引いている間に、私が分身を出して屋敷を探って参りましょう」


 オロチの提案を採用し、達は屋敷の玄関にひらりと舞い降りた。直後、オロチの気配が私からすっと離れていく。

 扉を叩いて、出て来た男に笑顔で名乗る。


「突然の訪問で申し訳ありません。ファブリカティオ帝国今代聖女の、アリス・ロードスター……じゃなかった、アリス・ファブリカティオと申します」


 うっかり旧姓で名乗って言い直した私に、隣のクロヴィスが小さく笑ったのが気配でわかった。


「皇太子のクロヴィス・シーマ・ファブリカティオだ」


 先触れもなく、護衛もつけずに唐突に現れた私達を見て、執事の男は当然ながら不審そうな顔をした。


 私は神殿の紋章が入った短剣を、クロヴィスは皇帝の紋章入りの長剣を相手に見えるように持ち直して、更に口を開く。

 神殿の紋章と皇帝の紋章は、帝国に属する者ならば誰でも知っている。

 偽造して身分を偽る輩がいない訳ではないが、露見すれば死罪は免れず、リスクとメリットの割が合わないため、貴族に対してそれを行う者はほとんどいない。


 その事情も知っているらしい執事は、顔を引き攣らせながらも背筋を伸ばして深々と頭を下げた。


「これはこれは、大変失礼いたしました……! 聖女様と皇太子殿下がお見えになるとは……!」

「いいえ、こちらこそ、本来であれば事前にご連絡をすべきところ、緊急事態につき直接失礼いたします。実は、エスティーム近辺で穢れの報告がありまして、その浄化に来ていたのですが、それよりも濃い気配を、この屋敷から感知したのです」


 五十代前後とみられる執事の瞳を覗き込む。

 昏い光は一切見えない。


「そうだったのですね。それはそれは……ひとまず応接間にご案内いたします。すぐに主人に伝えますので」


 執事は慌てた様子で私達に入るよう促し、玄関から程近い部屋に通してくれた。

 現時点では、不審な様子は一切ない。


 そしてほとんど時間をおかず、家主であるカルタス子爵は部屋にやって来た。

 何かを隠せるだけの時間ではない。


「聖女様、クロヴィス殿下、よくぞこのような辺境の地へいらっしゃいました。私がこ町の領主ダルガン・カルタスでございます」


 部屋に入るなり恭しく一礼したのは、六十代くらいの男だった。

 金髪にグレーの瞳で、若い頃はさぞかし男前だったのだろうと思われる端正な顔立ちだ。


 しかし、そのグレーの瞳の奥には、あの昏い光が炯々としている。


 やはり。

 私は思わず目を細め、それを誤魔化すように笑顔を貼り付けた。


「初めまして。今代聖女のアリス・ファブリカティオと申します。急な訪問で申し訳ありません。穢れの気配をこの屋敷から感じたものですから」

「そうですか……生憎私は魔力がなく、その穢れというものがよわからないのですが……私はどうしたらいいでしょうか?」


 尋ねてくる口調は至極穏やかだ。

 私やクロヴィスに対する態度も、不自然な様子は見受けられない。


 そして魔力をもたないというのもおそらく本当だ。

 つまり、あのパレット男爵邸に降り注いだ魔力の主ではないということ。


「少し屋敷の中を見せていただけますか?」

「ええ、それは勿論、構いませんよ」


 即答で応じる子爵。


 もし屋敷に何かを隠しているのなら、こんなにもあっさり快諾するだろうか。

 いや、怪しまれないための演技である可能性も否定できない。


 とにかく、私も屋敷の中を調査しようと、立ち上がったその時。


『アリス様、見つけました。隠し通路です。地下に通じており、その先には牢屋がありました。通路は町を囲む壁の外に出られるようになっている模様です』


 オロチからの報告が頭に直接響いた。

 案の定というべきか、パレット男爵邸と同じやり口だ。


 私は、オロチに隠し通路の入口がどこにあるのかを確認し、まっすぐにそこ、ダルガンの書斎へ向かった。

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