拾:結婚式の朝
翌日、陽が昇ったくらいの早朝にメルに起こされた私は、目まぐるしく働く使用人達によって、あっという間に飾り立てられた。
今回特別に作られたウェディングドレスは純白で、無駄なフリルやレースの無い、ごくシンプルなデザインのもの。
最高級の絹で作られたそれは、体のラインが出るシルエットで、太ももの当たりから緩やかに裾が広がっている。
「聖女様、いよいよですね」
専属侍女であるメルが、興奮気味にそう声を掛けてくる。
「そうね……」
気付けばクロヴィスと出逢って間もなく一年が経とうとしている。
一年前は、まだ自分も聖女どころか一介の神官見習いでしかなく、魔術だって精々ちょっとした回復魔術と解毒魔術、それと不完全な浄化魔術しか使えなかった。
それが、たった一日で全てが変わってしまった。
聖女に選ばれ、前世の記憶が戻ったことで能力が覚醒した。
そのきっかけとなったのが、デボラの嫉妬による突き飛ばしだったのだから、ある意味では彼女に感謝しないといけない。
あの一撃が無ければ、私を含めた神官達全員がゴーチエの傀儡とされ、皇帝もクロヴィスも、呪いによって命を落としていただろう。
そう思うとより感慨深い。
「聖女様、皇太子殿下がお見えです」
私の準備が整った頃、使用人の一人がそう声をかけてきた。
部屋を出ると、婚約式の時と同じ、皇室の正装である煌びやかな軍服を纏ったクロヴィスが立っていた。
やはり、この正装のクロヴィスは格好いい。
体を鍛えただけあって、出逢った時より筋肉のついた身体に軍服がよく似合っている。
と、彼を見ると、私を見たままぽかんとしていた。
「……クロヴィス?」
「っ! あ、ああ。すまない。あまりに綺麗だったから、ついな……」
「ふふ、ありがとう。クロヴィスも、正装似合ってるよ」
「ん、そうか。ありがとう」
彼は少し照れたように笑って、私に左腕を差し出す。
彼の腕に手を絡め、共に結婚式の会場となる礼拝堂に向かう。
今日の結婚式の流れとしては、城内の礼拝堂で国賓と上級貴族のみが参列できる結婚式、大広間で中級貴族までを招待した披露宴、更にその後は低級貴族まで招いた夜会となる。
大広間に設えた簡易祭壇での儀式だけで済む婚約式と異なり、結婚式の場合は丸一日かかるのが通例だ。
ちなみに、婚約式では国内の中級貴族までの招待で、城の大広間で全てが完結したが、結婚式から夜会まで合わせると招待客は婚約式のおよそ五倍に上る。
当然だが、警備はより厳重になり、城の至る所に武装した衛兵が配備されている。
そして今日に限っては、オロチも呼び寄せて、気配を絶った状態で城内の警戒をしてもらい、ガリューにもその補佐を担てもらっている。
礼拝堂の入口に着くと、大扉の前にエルガが立っていた。
彼を見て、クロヴィスが眉を顰める。
「来賓は皆、もう着席しているはずだが?」
エルガも竜王国ドラコレグナムの王太子という立場なので、当然結婚式から招待されている。
未だに私を諦めていない様子の言動が見られているから、当日に何かしでかすのではと思っていたが、まさか結婚式の前に堂々と現れるとは。
「一言だけ言いに来たんだ。邪魔するつもりはねぇよ」
「一言?」
「ああ。俺は、無理に皇太子からお前を奪おうなんてしない……でも、アリス、もしもコイツに嫌気が差したら、俺はいつでもお前を受け入れるからな」
エルガは晴れやかに笑ってそう言い、それを聞いたクロヴィスが露骨に不愉快そうな顔をする。
「お前、いい加減に……」
クロヴィスが不穏な表情で口を開きかけたが、私はそれを遮った。
「ありがとう、エルガ。でも、その心配は要らないわ。クロヴィスと喧嘩することはあってもそれは私達でちゃんと解決するから」
私の言葉に、エルガがふっと笑みを零す。
彼は彼なりに、祝福の言葉を伝えに来てくれたのだとわかった。
「それに、安易なことは言わない方が良いわよ。もし私がクロヴィスと喧嘩して竜王国に家出したら、苛立ちを紛らわせるためにアンタを一発殴っちゃうかもしれないから」
いくらなんでも、そんな八つ当たりで突然誰かを殴ることはしないけど、エルガの逃げ道を作るために軽口を叩いておく。
「……はは、アリスの一撃は重いからな。勘弁してもらおう」
私の意図に気付いたエルガが、苦い笑みを浮かべる。
「結婚おめでとう、アリス、幸せになれよ」
「大丈夫。今でも充分幸せだから」
「……そうか」
私の答えを聞いて、彼は少しだけ切ない笑みを零し、大扉ではなく横の通用口から礼拝堂に入っていった。
「……何だったんだ、アイツは」
「純粋に、祝福の言葉を言いたかっただけだと思うよ」
彼の姿を見た時は、「このまま俺と一緒に逃げよう」とか言い出すのではと思ったが、私が考えていた以上に、エルガは大人だったようだ。
とういうか、よく考えたら、礼拝堂の前にいる時点でオロチがエルガの存在に気付かないはずはない。オロチからの報告がなかったということは、エルガに他意がなかったということだ。
エルガが私を攫う気でそこに居たら、おそらくオロチが気配で見抜き、ガリューと共に先回りして処理していたに違いない。
「そうなら良いが……」
「それより、行きましょう。皆が待ってる」
「そうだな」
気を取り直して、私とクロヴィスは、大扉の前に立った。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援頂けると励みになります!




