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肆:弱肉強食

 私はできる限り偉そうにみえるように、腕を組んでザイラスを睨みつけた。


「所詮は女とは、一体どういう意味でしょうか?」


 強い口調で尋ねると、ザイラスは私からの言葉が予想外だったのか、きょとんと眼を瞬いた。


「これはこれは、帝国聖女殿。どうもこうも、言葉通りの意味ですよ。女は所詮女。男には全てにおいて劣り、男に守られる生き物です」

「女である私は、男である貴方に劣ると? だから侮辱しても良いと? 」

「ええ、その通りです。聖女殿も、素直に我々にかしずけば良いのですよ」


 ふふん、と鼻を鳴らすザイラスに、私が何か言うより早く、ガリューが魔力を放出した。

 炎が燃え上がるように大きく伸び上がり、ザイラスを包み込む。


「ひっ! な、何だっ! この魔力は!」


 ザイラスは身動きが取れないようだ。


「……威嚇、ガリューも使えるようになっていたのね」


 魔力で威圧して相手の身動きを封じるのは、元々オロチの得意技だ。

 まぁ今のガリューの魔力量を考えたら、使えてもおかしくはないのだけど。


「僕はアリスの眷属だ。主であるアリスは、当然僕より遥かに強い……僕の魔力に怯えるお前が、アリスより優れている訳がないだろう」


 ガリューの緋色の眼に、明らかな憤怒の色が浮かんでいる。


「優れている方が敬われるべきであるなら、傅くのはお前だ」


 ガリューが付き出した右手を、ぐっと握った。


 ザイラスは、がくっと膝を折った。

 見えない何かに押さえつけられるかのように、両手を大理石の床につく。


「ぐっ……こ、こんな屈辱……っ! これはっ! 帝国からの、宣戦布告と受け取りますぞっ!」

「最初にこちらを侮辱したのは、ザイラス殿では?」


 クロヴィスが冷淡に答える。


「こちらとしても、モンフォスリウムから帝国相手に喧嘩を売ってきたと、そう捉えても構いませんが。そもそも招待状の返信では、到着は明日だったはず。こちらに確認もなく一日早く到着した挙句、城内を好き勝手歩かれ、挙句結婚式の予行中に乱入して、我が国の聖女に暴言を吐いたのですから、どちらが無礼なのか、誰が見ても明らかでは?」


 クロヴィスが早口に付け加えると、ザイラスはぐっと言葉を呑み込んだ。


 モンフォスリウムは大国ではあるが、リベラグロ王国、ドラコレグナム竜王国、ロレンマグナ王国、トリブス王国、イアスピス王国をも配下にした今の帝国と戦うには、明らかに軍事力で劣る。


 彼はそれを理解しているのだ。理解した上で、それでも帝国の機嫌を損なう言動を止められなかった。


「一応忠告しておくけど、もしも全面戦争になったら、僕と僕より強い奴の二体で、真っ先にお前達の首を取りに行くことになる」


 ガリューが無表情で言い放つ。


 ザイラスとエドリスが、顔面蒼白になり奥歯をカタカタ鳴らし始めた。


「ち、父上……あんなのが二体も攻めて来たら、我が国の魔術師団でも、太刀打ちできるかどうか……」


 こそこそと父親に囁くエドリスの声を、私の耳は漏らさず聞き取ってしまう。


「だ、だが……」

「今なら謝罪を受け入れてもいい。我が国の聖女であり、俺の婚約者であるアリスへの非礼を詫びるなら、結婚式前ということを考えて大目に見てやる。それさえもしないのであれば、お前達が帰る国は無くなると思え」


 クロヴィスが私の肩を抱き寄せて牽制すると、ザイラスは物凄く屈辱的な様子で唇を噛み締め、それから蚊の鳴くような声で「失礼を働き、申し訳ありませんでした」と絞り出した。


 謝罪を受けて、クロヴィスがガリューを一瞥する。

 ガリューは私を見てから、ふっと手を下ろした。

 ザイラスとエドリスを押さえ込んでいた魔力が掻き消え、二人が目に見えてほっと息を吐いた。


「今後、お前達のアリスへの接近は禁じる。花嫁への侮辱は俺への侮辱として、相応の対応をするので、そのつもりで。当然だが、明日の食事の誘いは断らせてもらう」


 言い放ち、クロヴィスは私の肩を抱いたまま身を翻した。


「……想像以上ね」

「だろう? あれの相手をすると、物凄く疲れるんだ」


 クロヴィスがげんなりした顔で頷く。


「まぁ、あれだけ脅したから、しばらくは大人しくしているんじゃないかな?」


 子狐の姿に戻ったガリューが私の肩に飛び乗る。


「……だと良いんだがな。アイツらは自尊心が果てしなく高い上に、執念深い……今回のことを根に持って何かしら仕掛けてくる可能性は高いだろう……まぁ、流石に今の帝国と全面戦争をするほど馬鹿ではないだろうから、精々社交界での嫌がらせくらいだとは思うが」

「結婚式までの間、アイツらは城に留まるんだろう? 僕が見張っておこうか?」


 珍しくガリューがそう申し出てくれたが、クロヴィスは首を横に振った。


「いや、俺に考えがある」


 そう言いつつ、次の仕事が待つ執務室へ向かう。


 執務室に入ると、彼は通信の魔具を取り出した。


「ラウル」


 トリブスの元諜報員である青年の名を呼ぶと、彼はすぐに応じた。


『お呼びでしょうか』

「仕事を頼みたい。今は城の警護中だろう? キリの良いところで執務室へ来い」

『承知しました。すぐに参ります』


 私に対しては今まで敬語など使うことのなかったラウルだが、クロヴィスに対しては丁寧な口調で返している。

 帝国に従うことを選んだ時点で皇族は主なので、その態度は当然であるが、それを目の当たりにするとなんだか新鮮だ。


 そして彼は宣言通り、程なくして執務室へやって来た。


「モンフォスリウム王国の国王と王太子が来賓として来ているだろう? 滞在中、その二人を見張ってほしい」

「……承知しました」


 怪訝そうな顔をしつつも、追及はせずに頷くラウル。


 隠すことでもないので、私は先程の経緯を話した。

 彼らの人間性を知っていれば、彼らが起こしうるトラブルも想定しやすいだろうと思ったからだ。


「……なるほど。モンフォスリウムは、確かにそういう国だな……」


 彼は少々呆れ気味に頷き、クロヴィスを振り返った。


「聖女様は暁の女神様の力を授かりし、帝国が誇るべき選ばれた存在だ。それを侮辱するのはすなわち俺への侮辱……俺がその二人を徹底的に見張ることを約束します」


 きりっとした表情でそう言い、彼は退出していった。


「……女神様の力って凄いわね」


 先のビュート解放事件が収束した後、突如現れた暁の女神様を前にしたラウルは、クラリスに失恋した直後だと言うのに、完全に女神様に心を奪われていた。

 あれ以来、「女神様に恥じない立派な人間になる」と言って、毎日大真面目に働いているらしい。

 怪我の功名というべきか。女神様は偉大だと、ある意味で思い知らされた私だった。


 そんな私の呟きに、クロヴィスも乾いた笑みを浮かべて頷くのだった。

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