弐:皇帝との晩餐
幸い野営中に襲われることもなく私達は帝都に到着した。
城に着くなり、満面の笑みのクロヴィス皇太子殿下が出迎え、私は顔を引き攣らせながら挨拶をした。
「クロヴィス皇太子殿下にご挨拶申し上げます……」
「俺とお前の仲じゃないか。堅苦しい挨拶も敬語も敬称も不要だぞ」
にこにことやたら上機嫌なのが、かえって不気味だ。
何を企んでいやがる。
「……今回聖女に登城を要請した理由は?」
お言葉に甘えて敬語を止めつつ、できる限りの愛想笑いを浮かべて尋ねると、殿下は得意げな顔で答えてくれた。
「勿論、俺とお前の婚約式の件だ」
「求婚は断ったはずだけど」
「言ったはずだ。これは決定事項で、皇帝陛下も了承済みだと」
にやにやとした笑みを浮かべているクロヴィスに、苛立ちが募る。
くそう、こんな面倒な奴なら、初めて会った時に呪いを解いたりしなきゃ良かった。
そんな事さえ過ってしまう。
「ま、まあまあ、聖女様、とにかく一度お部屋に……」
メルが気を遣ってくれたので、私は気を取り直して客室に案内してもらう事にした。
荷物を置いたら、早速皇帝陛下に謁見できると言われたので、「こうなったら、陛下に直談判してやる」と密かに拳を握り締めた。
果たして身支度を整えた後に玉座の間に足を踏み入れると、先日会った時より遥かに顔色も良く元気そうな皇帝陛下が笑顔で出迎えてくれた。
「聖女アリス、よく来てくれた! その節は本当にありがとう! 不思議と呪いに掛かる前よりも体調が良くてね! 感謝してもしきれない!」
「はぁ……それは何よりです」
予想以上のハイテンションに、正直肩透かしを食らった心地だった。
「それに、息子クロヴィスとの婚約も引き受けてくれたようで……」
「引き受けてません。勝手に決められ、皇帝陛下の了承済みで覆せないと言われて困っています」
失礼を承知で陛下の言葉を遮って早口でそう言い放つと、陛下は驚いた顔をして息子を振り返っていた。
「クロヴィス」
「はい、父上」
「お前、まさか本人に何の断りもなく、勝手に花嫁に推挙したのか?」
「花嫁に推挙する旨は事前に伝えていました」
「了承は得たのか?」
「う、それは……」
クロヴィスが言い淀む。陛下は額を押さえて深々と溜め息を吐いた。
「アリス、愚息が暴走したようで申し訳ない」
お、これはいい流れだ。このままいけば婚約破棄できるかもしれない。
そう思ったのも束の間、陛下は申し訳なさそうに眉を下げた。
「だが、聖女との婚姻は皇族としても是非進めたいのだ。心底我が息子クロヴィスの事を嫌っている訳ではないのならば、せめて一考してもらえないだろうか」
皇帝陛下にここまで言われてしまっては、聖女とはいえ元々ただの庶民だった私にはどうにも逆らいづらい。
答えに窮した私に、陛下は更に言い募る。
「……まぁ、皇族に嫁ぐには覚悟がいるだろう。互いを知る時間も必要になる。ひと月時間をやろう。その間に、息子との結婚について考えてくれ」
ひと月。その期間で判断した結果がノーならば、諦めてくれるのだろうか。
それならば、答えは決まっているがやってやろう。
と、すっかり皇帝陛下のペースに乗せられてしまった事に気付く。
クロヴィス皇太子殿下との婚約破棄を訴えるつもりが、どういう訳か一ヶ月間考える事になってしまった。
当事者に意見を聞かずに話を進めてしまう辺り、間違いなくクロヴィスの実の親だ。
よし、いざとなったら逃げよう。そうしよう。
私はもう話し合いをする気力さえなくなっていた。
玉座の間から退出し、そのまま晩餐が用意されているという広間に移動する際、クロヴィスが隣に並んだ。
「アリス、その、すまない……」
珍しくしおらしい様子でそう切り出した彼に、私はあえて睨むような視線を向ける。
「何に対しての謝罪ですか?」
「う、それは、勿論、勝手に婚約の話を進めたことだ……」
「謝罪するくらいなら、撤回してほしいんですけどね」
溜め息を吐くと、彼は言葉を詰まらせた。
「それは……嫌だ」
「これじゃまるで、子供の我が儘じゃないですか」
「そうだ。俺の我が儘だ」
素直に認めたクロヴィスは、私の前に回り込んだ。
「だからこのひと月、全力で口説くぞ」
「どうぞ? やってみてください」
その身体じゃ、私をときめかせるなんてできないでしょうけどね。
内心でそう付け加える。
すると、まるでそれを聞き取ったかのように、彼は私に尋ねた。
「……一応聞いておくが、どんな男が好みなんだ?」
前世の記憶が甦ってからというもの、私の好みのタイプは完全に『筋肉質な身体であること』になっている。正直顔は二の次である。
絶妙な筋肉量に惹かれるので、ゴリゴリのマッスルボディにも興味はないが、クロヴィスでは細すぎる。
背は充分高いので、もう少し筋肉量がほしい。
しかしこれを正直に言って良いものか。
「……強い人が好きです」
少し歪曲させてしまったが、あながち間違ってもいない。
私がそう答えると、クロヴィスはぐっと言葉を飲み込んだ。
彼は私がゴーチエを粛清した時にその場にいた。私の強さは目の当たりにしている。
それを知っていて尚強い男が好きだと答える私に、自分の強さが通用するのか考えているのだろう。
強い男は好きだ。それに嘘はない。
だが、必ずしも私以上である必要はないし、この場合の強さというのは精神面も含めている。
要約すると、筋肉質でがっしりした体格でかつ、いかなる時も冷静でいられる心の強さを持ち合わせた男に、私は惹かれるのである。
しかしそこまで親切に教えてやるつもりはない。
何やら難しい顔をして黙り込んだクロヴィスを尻目に、私はさっさと晩餐が用意されている広間へ向かったのだった。
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